危険人物、ハチのムサシの巻
『第2試合は剣士サキーの勝利!しかし喜んではいられません、準決勝は大聖女マキナ様との一戦です!』
一回戦以上に激しい戦いになるのは確実だ。二人は早くも闘志を熱く燃やしている。
「この大観衆を、何よりジャッキーを悲しませることになるが私も優勝したいからな……勝たせてもらう」
「あんな相手に苦戦してたくせにわたしに勝てるなんて、本気で言ってるのかな?あなたの頭が心配だよ」
今にも始まってしまいそうだ。でもその前にまだ二つ試合がある。サキーは回復のためにフィールドから出ていった。
『さて、次は第3試合ですが……大闘技場の熱気がここまでの試合と比べてやや下火、静かになっています。無名の選手同士の戦いですので仕方がないことかもしれませんが……』
痩せ気味の翻訳家フランシーヌとハチのモンスター人間ムサシ。昨日の予選ではくじ引きと銅像上げしかしていないせいでどんな戦い方をするのか全くわからない。
『フランシーヌは外見で判断するならば魔法の使い手でしょう!ムサシはパワーファイトを得意とするはずですが、背中の羽や毒針も気になります』
マユがくれた情報だと、二人とも王国やアントニオ家を憎み、壊そうとしている。しかも残虐で極悪な戦いが得意だという。
「いかにも凶暴そうなムサシはともかくフランシーヌが残虐な戦い方をするとは思えませんけどね」
「こんな大会に出るようにも見えないよね。まあ私が言うなって話だけど」
フランシーヌが弱そうに見えても、少なくとも私よりはずっと強いはず。像の試練も自力でクリアしている。ただ、マキシーやムサシのような危険な人間とは思えなかった。
『両選手リングに上がり開始の合図を待つだけ……あっと!鐘が鳴る前にムサシが動いた!』
私がマキシーを倒せばこの試合の勝者と準決勝だ。じっくり観戦しようと思っていたら、ムサシが奇襲に出た。これはのんびりしていると危ない。
「ギャハハハ!非力なカス女が!」
「うっ………ううぐっ」
『これはひどい!丸まって身を守るしかないフランシーヌを殴る蹴る!戦いに性別や種族は関係ないとはいえ、卑劣極まりない!』
エンスケとヤブサが敗退して、ムサシが唯一の男性選手だ。リングに上がるまでは男の意地を見せてやれという歓声も聞こえていたけど、今はもう罵声とブーイングばかりだ。
「この野郎!恥を知れ、卑怯者!」
もちろんムサシには響かない。フランシーヌに馬乗りになって攻撃を続けながら観客席を睨んだ。
「うるせぇ馬鹿が!勝ちゃあいいんだよ、勝ちゃあ!おい、俺の悪口を言ってる連中!こいつら全員ぶっ倒したら次はお前らだからな!」
ムサシに目をつけられたら安全な場所などない。そしてこの男が王国にとっても危険な存在であることはすぐに明らかになった。
「そう、俺はこのまま決勝まで勝ち進み、大聖女も痛めつけてやるつもりだ!徹底的に蹂躙し凌辱する……もう生きていたくないと自ら命を絶ちたくなるくらいに身も心も破壊してやる!」
「そんなこと許されると思っているのか!」
「構わねーよ!どうせ大聖女が死ぬか廃人になればアントニオ家は終わり、その混乱に乗じて俺と仲間たちがこの国をめちゃくちゃにしてやるんだ!治安も衛生も最悪、殺人強盗強姦何でもあり、そんな素晴らしい国に俺が変えてやる!」
こいつはどうしようもない。今すぐ試合を中止して捕まえたいところだけど、まだ具体的な計画は話していないし、実際の行動に出るまでは罪に問えないかもしれない。
「く、国を破壊して……あなたは何を望む………うっ」
フランシーヌは頭や額から流血していた。それでもどうにか言葉を発した彼女の背中をムサシは毒針で刺した。この毒は麻痺させる種類のようで、フランシーヌの動きがますます鈍くなった。
「暴力や飢餓により弱者は死ぬ、だが強き者たちは生き延びる!そいつらを率いて他国を侵略し領土を広げる!世界中を支配し武力で統一してやるんだ!」
王国から弱い人間がいなくなってから王になり、精鋭たちと共にますます強い国を築き上げる。極端に好戦的で、稀に見る危険人物だ。
「さて、こいつはもう動けない。大聖女を辱める前に予行演習といくか。おい観客ども、喜べ!今からこの女を裸にして味わい尽くしてやるぜ―――っ!」
「待て、それ以上は失格に……ぶっ!!」
止めに入った審判すらも殴って失神させた。もはやリング上は無法地帯だ。こうなったら私が乱入してムサシを止めようと立ち上がると、試合は全く予想できなかった結末へ向けて動き出した。
「邪魔するな、ゴミが。さて、お楽しみの時間……」
倒れるフランシーヌに右手を伸ばしたムサシ。ところがその手に異変が起きた。急に燃え始め、焼けるというより溶けている。並の火炎魔法とはレベルが違う熱さだ。
「がああっ!?俺の手……いや腕がっ!くそ!」
全身に広がる前に自分で腕を捨てたムサシだったけど、もう遅かった。あれだけ攻撃を受けて毒まで食らったはずのフランシーヌがゆっくりと立ち上がり、苦しみに悶えるムサシを見下ろす。
「……最初はこんな感じ、腕一本程度で終わらせようと思っていた。しかしあなたは全世界の罪なき人たちの血を流そうとしている……許されるはずがない」
「な、何をする気だ!?」
「太陽の炎があなたを燃やす。熱さの調整はできるから骨くらいは残るようにする」
フランシーヌが両手を広げ、肘をまっすぐにして前に出した。すると小さな『太陽』が現れ、ムサシを飲み込んでいった。このリングでは魔法の威力を抑えられているはずなのにこれだけのパワー……まさに太陽と呼ぶにふさわしい。
「あ!あづい!あぢゅい!あっぢゅいっ!」
「うわああっ」 「きゃあ――――――っ!」
ムサシが生きたまま焼かれていく。あまりの恐ろしさに私とラームは目を閉じて抱きつきながら互いの耳を覆っていた。見たくない、聞きたくない。
「……………」
『……こ、これは火葬です!ムサシは極悪人ではありましたがこの壮絶な死は………場内凍りついています』
マユの報告は正しかった。フランシーヌも危険すぎる人間だった。
確かにムサシは死にました。




