ビューティ家の巻
命を捨ててもいい覚悟で挑んだら、運よく勝ってしまった。まあ夜中に奇襲してくるような邪道だ。頭を使うのがうまくても実力はなかったらしい。
「……ははっ、見事だ。この俺がパンチ一発で沈むとは……とんでもない女だな。落ちこぼれっていうのは嘘だったようだな」
「私の妹はこんなものじゃないよ。ちょっと力を使えば一瞬でこの世から消えてる」
マキがこのオニタに負けることはありえない。道連れ上等の戦法に巻き込まれるのが怖かったからここで撃退しようと思っただけだ。とはいえ私にあっさり負けるくらいだから、余計な心配だった。
「ぐ……世界は広いな。S級の冒険者どもをまとめてぶっ倒していい気になっていたか。しかし一瞬の勝負だったがお前のような真の強者と戦えた……負けて悔いなしだ………がはっ!」
(え?S級冒険者?)
危ないところだった。てっきり駆け出しのチームを壊滅させたものだと思っていた。オニタはちゃんと強かった。先に聞いていたらこんな思い切った作戦はできなかった。
「……誰か暴れてんのか?」
「………!」
街の人が近づいてきて、思わずその場を離れてしまった。何も悪いことはしていないのだから逃げなくてもよかったのに、気がついたら現場から離れていた。そのまま宿に戻って何事もなかったかのように朝を待った。
「あれは……昨日の魔物!街に戻ってきていたのか!」
「やつに襲われた門番が重傷だが命は助かる。そして卑怯な邪道を仕留めたのは剣士のエンスケだ!まさかあいつがこんな大仕事をやるとはっ!」
知らない誰かの手柄になっていた。でも私はこれでよかった。オニタが死ぬのを見届けずにいなくなったから、あの剣士がとどめを刺してくれたんだろう。それに私の家はマキのおかげで国からたくさん援助を受けている。必要なところにお金が回ったほうがいい。
「まさかやつが……見抜けなかった!無事に朝を迎えられたからよかったものの、危うくお嬢様が………くっ、大失態だ!」
「泊まろうって言ったのは私だし、こうして元気なんだから失態なんか何もないよ」
真相を知っているのは私とエンスケという剣士だけだ。もしかするとエンスケも暗闇のせいで私の姿を見ず、現場に着いてみたら魔物が一人で倒れていたと思っているかもしれない。このまま家に帰ろう。
「………………」
「ただいま………おぶっ!」
馬車を降りたと同時にお腹に衝撃が走る。いきなりの突進攻撃は手荒すぎる出迎えだった。
「けほっ…あれ、マキ!どうしてここに?」
「近くの街に魔物が出たから遠征は中止、みんな家に帰ったよ。お姉ちゃんが魔物に襲われなくてよかった〜〜〜!」
オニタがはぐれの魔物だとは誰も知らない。魔王軍の斥候、もしくは他国の使い魔の可能性もあるとなれば、しばらくは守りを固めるべきだ。侵略の準備をしている間に本拠地が陥落なんてことになったら、笑い話だけど笑えない。
「おお、ジャッキー!心配したぞ!さあ、早く中へ!」
「やはり外は危険が多いわ。護衛の数を増やさないと……」
これからはずっと屋敷にいろと言われなくてよかった。私が魔物の目の前に立ったと知られたらそうなるだろうし、プダンさんも首が危ない。二人だけの秘密にした。
「王太子様はお元気だった?」
「うん。元気じゃないほうが嬉しいんだけどね。あんなのと結婚しなきゃいけないなんてとっても憂鬱だよ」
数百年に一人現れるかどうかという大聖女を王家が放っておくわけがない。大聖女の血を入れ、ますます王権を盤石なものにするのは当然の動きだ。
「あいつをどうにか他の女に夢中にさせて……婚約破棄とかしてくれないかな?あいつとわたしは合わないよ」
「そんな不敬な言い方しちゃ駄目だよ。さすがに大聖女を捨てて違う人を愛するってのはありえないでしょ」
親に決められた相手が気に入らず、「真実の愛を見つけた」と別の人間を連れてくる王子はたまにいる。元々婚約していた令嬢がとんでもない悪女だったときもあれば、後から来た女のほうがお金や権力目的で王子を騙していたときもあるそうだ。
「王太子様の悪い噂は聞かないが、何が問題なんだ?」
「お姉ちゃんを馬鹿にするんだよ。歴史に残る無能とか、数百年に一人の出来損ないとか……殺したいのを我慢したんだから褒めて!」
あんな魔物ですら知っているのだから、当然全国民に私のことは知れ渡っている。次女に聖女の座を奪われた哀れな女をまだこの家に置いてくれているお父さんとお母さんにはほんとうに感謝しかない。
「なるほど……そうか、ではやつが偶然死ねばいいわけだ。事故に見せかけて除き去ってしまおう!」
「ちょ、ちょっと待った!落ち着いて!もっといい方法があるから!」
暗殺だろうが堂々とやろうが絶対駄目。別の方法で対処するべきだ。
「私が強くなって見返す………それがいいんじゃないかな?マキほどじゃなくても自分の身は自分で守れるくらいはできると認めさせたら、みんな黙るよ」
「………は?」 「ジャッキーが?いやいや」
この私が強くなる、誰かと戦うというのを理解できていない反応だ。全く頭の中にない。
「………お姉ちゃんはわたしが守るからこのままでいいんだよ。危ないことはしてほしくないな〜〜〜っ」
「いや、私もビューティ家の一人として恥じないように……」
オニタを倒したお手柄を譲ったのは失敗だったかもしれない。二度と危ないことはするなと怒られそうでこうしたけど、これじゃあ話が進まない。どうしようかと思っていたところで、流れを変える声があった。
「待った!その方はビューティ家どころか王国の頂点に立てる力があります!私がそれを保証しますっ!」
「え?」 「いや………」 「誰?」
勢いよく扉を開けて叫んだのは………見たことのない子どもだった。誰?
この作品を面白いと思っていただけたら、ブックマーク&星での支援をお願いします。もし中央競馬の馬主資格を持つ読者様でしたら、加藤和宏厩舎への預託もぜひお願いします。