前夜祭の巻
「マキの命を狙うつもりなら容赦しないよ。私がこの大会に出たのはそういう危険な人間からマキを守るためなんだから」
「……なるほど、大聖女の姉である以外は何もないと噂だが……口だけは立派なようだ」
ここで倒さないといけない相手だ。一回戦で当たったのが私でよかった。でもこのマキシーが王家の打倒を目指し、そのためにマキを殺そうというのならわからないことがある。
「暗殺向きの魔法を使うのに、一番それを使いやすい舞台の大乱闘を自分で潰すなんて変な話だね」
「こっそり命を奪う必要がない……なぜなら私は真正面から戦っても大聖女に勝てるから。革命の先頭に立つためには私の力を皆に見せつける必要がある」
真っ向勝負にも自信がある魔女に私が勝てるのか。弱気になったらいけないけど、柔軟な選択を迫られるかもしれない。攻略法を探すことを優先する、引き分けで両者敗退に持ち込む……マキを守る方法は勝利だけじゃない。
『第300回の記念大会、全試合熱戦となることは確実です!席のお買い求めはお早めにどうぞ!優勝者を予想する王国公認の『投票券』も販売します!手堅く優勝候補の大聖女様に賭けるもよし、大穴に賭けて一攫千金を狙うもよし!』
この賭けが恐ろしいのは選手自身やその家族、大会のスタッフも投票券を買えてしまうことだ。裏で手を組んで八百長を計画する選手も過去にはいた。
ただし闘技大会はとても大事なイベントだから、その決勝トーナメントで不正が発覚した場合、関係者は全員処刑される。だから簡単にはできない。それに今年はお金に困っていないマキが大本命だ。大聖女に無気力試合をお願いする選手なんかいない。
「金が絡む八百長は厳禁だが、負傷や戦意喪失を理由に棄権するのは認められている。決勝まで進むような実力者たちが試合前に負けを認めるなんてほとんどないけどな」
「例外もあるぞ。例えば同じギルドの仲間や闘魂軍同士、家族……そんな同門対決ならどちらかを無傷で勝ち上がらせるために試合放棄することもある。まあ今回は全員所属が違うから……」
私が決勝進出なんてありえない未来を考える必要はないから、私とマキがぶつかったらと心配する声は一切聞こえなかった。
『では本日はこれにて終了!選ばれし8人は城でのパーティーに参加、その後は最高級の寝室で疲れを癒やし最高のコンディションで戦ってもらう!』
王族や貴族、各界の大物たちも集まる場だ。ここで権力者と知り合うことで大会後にいい仕事や立場が手に入る。優勝までは考えずに決勝トーナメント進出を目標にする参加者が多いのはそのためだった。
ちなみにこのパーティーでは選手同士が周りに誰もいないところで話していたり距離が近かったりすると兵士の監視がつく。八百長の相談をしていないか確認する必要があるし、試合は明日なのに熱くなりすぎて乱闘騒ぎを起こされたらパーティーが台なしだ。
(暗殺者がマキを襲うには条件が悪い。でも油断しないで見張ろう。特にマキシーを)
監視役の兵士に化けているかもしれないし、その場で殺されるのを覚悟でマキの命を奪おうと捨て身の攻撃に出ることもありえる。マキシー以外にも怪しい人間がいると考えて、警戒は怠らないと決意した。
「ようエンスケ、大会後は闘魂軍に入るのか?もっと金は出すから俺が新しく作ったギルドに来いよ。この世界のど真ん中をいこうぜ、マグマのように熱くな!」
「………少し考えさせてください」
そしてパーティーが始まると、早速名門ギルドのリーダーや各地の貴族たちが選手と接触する。ただの挨拶程度で終わることもあれば、具体的な報酬額まで言ってスカウトする動きもある。
「冒険者は稼ぎが不安定で大変でしょう?私の家なら楽な仕事で安定した収入がありますよ」
「ありがとうございます。大会後に改めて……」
サキーもいろんなところから誘いを受けている。ここでの出会いがきっかけで、仕事だけでなく縁談が決まった前例もそれなりにあるという。もしサキーが新天地へ向かうとしたら残念だけどチームは解散だ。寂しさを隠して笑顔で送り出してあげよう。
「………食べて飲むしかやることがないなぁ」
一応ビューティ家も貴族ということでお父さんたちが招かれている。マキの護衛はこっちでやるから新たな交友を楽しんでこいと言われて放り出されたところ、誰一人近づいてこない。会話に忙しいライバルたちのぶんまで食事を楽しませてもらった。
(ま、馬鹿にされるよりは静かなほうがましか)
明日の試合もブーイングやヤジの嵐に襲われるだろう。対戦相手のマキシーも観客から応援されそうな感じには思えず、闘技場の空気が今から心配になる。そのマキシーですら魔女の力を必要とする人たちに囲まれ、不人気レベルでは私の圧勝だ。
「次は何を食べようかな………あれ?」
「お食事中に失礼します、ジャクリーン・ビューティ様。お時間よろしいでしょうか?」
髭を生やした男の人が話しかけてきた。年齢は30歳前後、締まった体つきをしているけど戦闘能力は低そうに見えた。これは私が勝手にそう予想しているだけで、話してみたら全く違うかもしれない。
「私の名前は『トミー・カーリン』!設立して間もない『オール・エリート・ギルド』のトップです。あなたと話がしたいと思っていました」
「え?は、はい!」
世間話だけなのか、その先があるのか。私の運命を変える出会いになるかもしれない。
マグマ、ど真ん中………何のことでしょう?




