みんながくれた力の巻
「馬鹿な!なぜ顔が砕けていない!?どうして言葉を発することができる!?」
技の不発に魔王は狼狽える。しかし私の姿を見て、すぐにその原因に気がつく。
「な………!ど、どうなっておるんだ、それは!?」
「………」
私の身体はスライムのように柔らかくなり、いくら顔を強く握り潰そうとしても指が食い込むだけだった。落下の衝撃もこれならダメージはない。
「……そのボディ!まさかスライムのマユから!?」
「正解だよ。私の中にはマユの一部が入ってる」
全身を変えるのは難しいと言われたから、顔と背中側だけスライムボディにした。それでもまだ余裕はあって、私とマユは思っていた以上に相性がいいらしい。
「直接触れて技をかけていたんだから、もっと早く気がつくものだと………」
「雑魚同士が合体しやがって!小賢しい!」
必殺技を発動している時は興奮してしまい、それしか考えられなくなるのは私もわかる。しかもこんな脱出方法、普通はありえない。私が言うのも変だけど、魔王に同情する。
「余の誘いを断ってこんなゴミに身を捧げるとは!マユ、代償は高くつくぞ。貴様だけでなくスライム族を皆殺しにしてやる!」
「くだらない脅しだ。ジャッキーさんがいる限りそんなことにはならない」
「今のうちに強がっておけ!スライムだろうが関係ない攻撃なんていくらでもある!フンッ!」
魔族の頂点にいるだけあって、技が多彩だ。次から次へといろんな攻撃が飛んでくる。
「悶え苦しめ!猛毒の霧―――っ!!」
口から猛毒を吐いてきた。あまりにも強い毒だと、じわりじわりと死ぬのではなくすぐに身体が崩れ落ちてしまうそうだ。
「余の猛毒は相手が最高に苦しんで死ぬように調整してある!楽に死ねると思うな!」
毒の濃さがどうだろうと、今の私には関係なかった。毒と聞いた時点で安心していたほどだ。
「………貴様、ほんとうに人間なのか?」
「まあ一応………」
毒攻撃も私には効かない。魔王は私が何者なのかわからなくなっていた。
(フランシーヌがくれた太陽が消毒してくれた!)
(私の太陽パワー……お役に立てて何よりです)
フランシーヌは純粋な人間だ。毒を防ぐだけなら人間でもできる。しかし魔王の猛毒をどうにかできるのは世界中探してもフランシーヌしかいないだろう。
「そろそろこっちからいかせてもらうよ!てりゃ!」
「あうっ!ううっ……!」
やっと私の番だ。この試合初の攻撃だ。
「せりゃ!せりゃっ!」
「こ…この程度で………」
単純なチョップや肘打ちの連打が意外と効いている。得意なのは攻撃で、防御は苦手なのかもしれない。その攻撃も試合開始直後に相手を行動不能にするものだから、守備に慣れていないのも納得だ。
「まだまだ!ダウンするまで……」
「調子に乗るな!ぬんっ!」
肘打ちが止められた。しかも魔王の手から何かが流れ込んでくる。
「これで貴様は余の忠実な下僕だ。さあ、余にひれ伏して足を舐めろ!」
洗脳攻撃まで使えるようだ。魔王軍の全員が魔王に心からの忠誠を誓っているわけではなく、中にはこうやって偽物の忠誠心を植えつけられた人もいるはず。見た目では判断できないから、救うのは難しい。
「よし、そのまま………うがっ!?」
「下僕になんかならないよ。もしかしたら仲間や友だちになる可能性はあるとしても、下僕はないね」
ひれ伏すふりをして、あごにパンチを食らわせた。私には心を操る術も効かない。マキシーが『洗脳系』と呼ばれる攻撃を完全に防げるようにしてくれたからだ。
「いいぞっ!逆にそいつを奴隷にしてやれ!休みなしで毎日ハードにこき使うんだ!」
「下衆なモンスター人間ごときが調子に乗るなよ!ジャクリーンの次に貴様を処刑してやるからな!」
魔王に脅されてもマキシーは全く動じていなかった。かわいらしい見た目は当然として、ここまでずっと攻撃が不発に終わっているのも怖さを感じない理由になっていた。
「小細工は通用しないか……キエ――――――ッ!!」
「!!」
いきなり奇声を発した魔王は高く飛び上がり、両手を振り下ろしながら急接近してきた。私の首と肩のあたりを狙っている。
「キョエ――――――ッ!!」
(攻撃範囲が狭い!これなら………)
何もせずに受けたら下半身まで裂けてしまいそうで、手で止めようとしても切断されるだけだ。だから『あれ』で対処するしかない。
「ギャガッ!?」
「……よし!防御成功!」
ダイの鎧が魔王を跳ね返し、逆に出血させた。物理攻撃ならこの鎧に防げないものはないと改めて証明された。
「ジャクちゃん!魔王が弱ってるよ、チャンス!」
「わかった!一気に攻めるよ!」
生涯でたった一度だけ、ダイたちダンゴムシのモンスター人間は自分の鎧を誰かに渡せる。ダイの愛を受け取った以上、私には生きて帰る義務がある。
「くそっ!その黒光りした肩……あの役立たずの害虫のものじゃないか!それが欲しいから魔王軍で飼ってやってたのに裏切りやがって!」
魔王もダイの潜在能力に気がついてはいた。しかしダイは魔王ではなく私を選んだ。都合よく利用して自分だけが得をしたい……そんな考えでは洗脳でもしない限り誰もついてこない。
「ジャクリーン・ビューティ!さっきからどうなっとるんだ貴様ぁ!他人の力に頼りっきりではないか!卑怯だぞ、恥を知れ!」
「無視していいよ、ジャクちゃん。魔王がここまで使ってきた技も、全部奪ったり盗んだりしたものだから。それが魔王の能力なんだよ」
私と魔王はそっくりだった。ただし決定的に違うのは、私の場合はみんなが自分の意思で大事なものを分け与えてくれたということだ。みんなといっしょに戦っている。
「ダンゴムシごときが偉そうに……!そんなに死にたいのなら試合などもうどうでもよい!貴様から殺してやるぞ!」
「え……?いやいや、ちょっと待って………」
かつての下僕、しかも最も底辺にいたダイへの怒りで我を忘れたか、魔王はロープを上げてリングから出ていこうとする。
「まだ勝負の途中だよ。早く戻りなよ」
ダイを守るためにも、行かせるはずがない。背後から服を掴んで止めようとした、その瞬間だった。
「愚か者がっ!まんまと引っかかったな!死ねい!」
「………っ!!」
魔王の首がぐるんと回り、飛びかかってきた。ダイを襲う気などなく、私の油断を誘っていた。
「ナイフを持っているぞ!」
「危ない!逃げて!」
完全に不意を突かれ、魔王のナイフが心臓に突き刺さる寸前に奇跡が起きた。私の右手がこれまでにないほど熱くなり、同時に眩しく光った。
(この形は……サキーが刻んだ印だ!)
これが『剣聖と聖女の契約』か。命の危険が迫った時、命を守るために契約を結んだ相手の力が一度だけ使えるようになる。私だったらサキーの能力が。
「ジャッキーさんの手が……」 「剣になった!?」
右の手首から先が剣に変わった。剣を持っていないのにどうやってサキーの力を使うのかと疑問に思っていたけれど、そういうことか。
「迷うな!斬れ、ジャッキー!」
「おおおおお――――――っ!!」
私とサキー、二人分の気持ちを乗せた剣だ。私の心臓に伸びていた魔王の腕に向かって力強く振り抜いた。
「ふん――――――っ!!」
「グアッ………」
強い絆によって結ばれた契約の力が、卑劣な攻撃を打ち破った。魔王の右腕はナイフを握ったままリングの外へ飛んでいった。
ラストバトルなのに圧倒的!




