蹂躪と処刑の巻
「外見で判断することはできませんが……パワーファイターには見えませんね、あの魔王は」
「そうだな……しかし魔法次第でどうにでもなる。強化魔法のレベルは大聖女以上という可能性もある」
見た目は幼い女の子でも、指一本で私を粉々にできる力があるかもしれない。魔法や魔王の力を使えば何でもありというのは、マキに似たところがある。神々から愛された大聖女ならどんな戦い方も自在にこなせる。
「あの〜〜〜……しつこいかもしれないけど、ほんとうにマキじゃなくて私でいいの?マキと戦ったほうが楽しいと思うけど……」
「何度でも言ってやろう。貴様がいい。ジャクリーン・ビューティとの戦いこそが余を最高の喜びに導いてくれるだろう!」
もはやそれ以上の言葉は不要だと言わんばかりに、魔王は軽い準備運動を始めた。身体を動かしたということは、力と技を競いたい証明だ。補助として何かを使うとしても、打撃や関節技を中心に攻めてくると考えてよさそうだ。
「お姉ちゃん!そんなクソガキ、瞬殺しちゃって!」
「手加減さえしなければ楽勝です!」
魔王が何をしてくるかわからないからと、この試合は観客を入れずに行われることになった。だから実況役も解説者もいない。チーム・ジャッキーと数人の兵士たちしかいない大闘技場はとても静かで新鮮だった。
「私には仲間がたくさんいるけど……そっちは一人。ちょっと不公平かな?」
「案ずるな。姿が見えないだけで、どこかに潜んでいるかもしれないぞ」
魔王の性格やプライドを考えれば、手下を試合に介入させることはしないはず。私なんかを倒すためにそこまでしたら、名声に傷がつく。
私も同じ考えだ。観客の目がないのをいいことに、みんなで魔王を袋叩きにしてしまおうだなんて思わない。もし私の意に反してチーム・ジャッキーがリングになだれ込んだら、すぐに試合を放棄する。一対一の真剣勝負を望む魔王を裏切ったことになるからだ。
「この試合の勝敗が世界の未来を左右する……そんなことはひとまず忘れて、余と貴様にしかできない素晴らしい試合にしようではないか」
事故を防ぐために審判は外で試合を裁く。リング上は私と魔王だけだ。
「勝っても負けても恨みっこなし……一生の思い出になるような時間にしたいね」
「うむ……」
突然決まってそのまま始まってしまう、運命の一戦。それでも緊張や不安があまりないのは、魔王が正々堂々戦うと約束してくれているからだと思う。
「では……始めっ!」
握手で試合が始まった。時間は無制限、戦闘不能かギブアップでのみ決着するルールなのは確認するまでもない。
「………一つ、教えておいてやろう。余は強者との熱い戦いが好きだ。だが、それよりも遥かに好むものがある………わかるか?」
「……全く………」
いきなり聞かれてもわかるわけがない。何が好きなんだろうとのんびり考えていたら、魔王はにやりと笑った。場の空気が急変した。
「その答えは……抵抗できない雑魚を一方的に蹂躙し、処刑することだっ!」
「………!?」
「これから貴様は奴隷……いや、それ以下の家畜になる!ひれ伏せ、この圧倒的な闇のパワーで!」
魔王の両目が光った。そして全身が黒く光り、あの黒炎が一瞬で私を飲み込んだ。
「ああっ……ジャッキー様!」
「こいつの体力と気力はこれで空っぽだ。さて!立っているのもやっとな肉人形をじっくりと………」
エーベルさんたちがやられたのもきっとこの力だ。熱い試合なんて最初からやる気はなかったらしい。
「どれ………んっ!?」
「残念だったね。一方的な蹂躙ができなくて」
元気な私を見て、魔王はロープまで後退した。必勝の奇襲攻撃が破られ、とても戸惑っていた。
(マーキュリー!助かったよ!)
「………ジャクリーン」
リング下にいるマーキュリーと視線を合わせる。オナードの街でマーキュリーからもらった『闇への耐性』が私を守ってくれた。魔王との戦いではこれがなければまともに戦えないという予言も見事に的中したのだから、マーキュリーはやっぱりすごい。
「……そうか!カスみたいな量ではあるものの、貴様にも大聖女の力があり、忌々しい神々の加護を受けているのだったな!すっかり忘れていたわ!」
(………)
魔王は勘違いしているようだけど、訂正してあげる必要はない。次は何をするのか、様子見だ。
「ならば先に大聖女の力を封じる!それさえなくなれば貴様など無価値な存在だっ!」
魔王の人差し指から紫色のビームが放たれた。避ける暇もなく直撃してしまった。
「さあ、貴様は道端のゲロと同じように………えっ?」
「………何かした?何も変わらないけど」
今度はトゥーツヴァイが渡してくれた、『能力を無効化する能力を無効化する能力』が発動した。これがなければ魔王には勝てないとトゥーツヴァイも予告していた。いまだに少し混乱する名前の能力だ。
(トゥーツヴァイにも後でたっぷりお礼をしないと)
(勝ってください。ラームのため、そして私のために……)
大聖女の力があるからこそ、試合を締める最後の技がうまく決まる。狭い門ではあっても、勝利への道は確かに見える。
「かわいい女の子がゲロとか言ったらだめでしょ?」
「黙れ!愚民ごときが偉そうな口を叩くな!いいだろう………余を怒らせるというこの世で最も重い罪、もはや裁判はいらない!今すぐ処してやるっ!」
魔王の小さな右手が大きくなり、私の顔を鷲掴みにしてきた。この握力は予想できなかった。
「うっ!!」
「貴様が悪いのだ!大人しく闇の力に屈するか、勇者と大賢者のように特殊な能力を失っておけば、命は助かっただろう。しかしもはやその望みはない!」
片腕だけで私を宙に浮かせたのだから凄いパワーだ。魔王はそのままの状態で高くジャンプした。
「マットに背中から叩きつける!その瞬間、貴様の全身の骨があまりの衝撃で砕け散るだろう。そしてこの顔は握り潰し、見るに堪えないツラにしてやる」
「………!」
「貴様ごときに余の必殺技を出すことになるとは意外な展開だったが、確実に葬り去ってやろう!貴様の仲間たちも一匹ずつ後を追わせてやるからな、泣いて喜べ!」
もの凄い勢いで落下する。魔王の右手はどうやっても外せず、脱出できなかった。
「終わりだ――――――っ!『グレート・ドミネーター・エグゼキューション』――――――ッ!!」
試合後に聞いた話だと、リングが壊れるんじゃないかと思うほどの一撃だったという。そんな強烈な技をまともに受けたら即死だ。
「これで決着………なにっ!?」
「ふ―――っ………危なかった」
私は無傷だ。魔王が早々に繰り出した必殺技、グレート・ドミネーター・エグゼキューションを凌いだ。
グレート・O・カーン様がIWGP世界ヘビーを獲る、横浜DeNAベイスターズがリーグ優勝する……どちらが先かわかりませんが、私が生きている間は見られないかもしれません。




