大聖女の宿命の巻
「ルリさん……これは………」
最後の最後で魔法の効果がかき消され、失敗に終わった理由を聞く。私とマキ以外は始める前からこうなる可能性があるとわかっていたからだ。
「ジャクリーン様……うっ!?」
「やってくれたね!わたしに協力するって言ってたのに、この裏切り!ねえ、何がしたいの?」
私とルリさんの間にマキが割って入り、首もとを掴みながら壁に追い込んだ。
「あぐ……マキナ様………」
「わたしを怒らせたかったのかな?それとも驚く顔や悲しむ姿が見たかったのかな?そんなくだらないことのためにこの世から消える危険を冒すなんて……頭が悪すぎるでしょ」
直前で魔法が止まったのはルリさんの演出で、馬鹿にされたと思っているマキは憤る。このままだとルリさんが危ない。
「マキ!落ち着いて!一度話を聞こう」
「……そうだね。それから罰を与えても遅くはないね」
マキは手を離した。しかし激しい怒りはそのままで、いつルリさんに襲いかかってもおかしくない。
「げほっ……ありがとうございます、ジャクリーン様。そしてマキナ様、この失敗はわたくしの企みではありませんが、原因はすでにわかっています」
「はぁ?」
「それはあなたが大聖女だから……わたくしたちが最初から懸念していたのはそのことだったのです。種族、年齢、性別、病に体質……あらゆる壁を乗り越えるわたくしの魔法でも、大聖女の宿命を打ち破ることはできませんでした」
「………!」
私たちの愛が足りないと言われたら、マキはすぐにルリさんの首を落としていたかもしれない。しかし大聖女の宿命と言われると、思い当たる節があったのか顔色が変わった。
「歴史の書を読むのが好きな、わたくしを含む幾人かがこの可能性を指摘していました。マキナ様も大聖女としての教育を受けていたのですから、薄々気がついておられるのでは?」
「………」
私もようやくわかってきた。見た目の華々しさに隠れがちだけど、大聖女が背負う宿命はとても過酷で重い。
「歴代の大聖女様たちが子孫を残さなかった話をしましたが……しなかったのではなく、したくても『できなかった』と表現するのが正確でした」
「人間同士の問題や魔界との争いを解決し、世界に平和をもたらすのが大聖女の役目!どの大聖女もかなり高齢になってから平和を実現させた。もう結婚や出産という歳ではないころに……」
それが大聖女だ。生き方を変えたいと思っても許されない。生物の常識を超えた魔法の力でも、神々の定めたルールを覆すことはできなかった。
「……何回試しても同じ結果になるでしょう。さて、これからどうするかですが………」
「あは……あははっ!あはははははははぁっ!!」
突然大声で笑いだすマキ。そばにあったテーブルを天井に放り投げると、真っ二つに割れて落ちてきた。
「世界の平和!?何十年かかるんだよ!できるわけないだろバカヤロー!」
「く……狂った!」 「お、落ち着いて!」
「ふざけるな―――――――――っ!!」
床を叩いただけで底が抜けた。ここは二階で、一階に直通の大穴ができてしまった。
「私が止めます!皆さん、加勢してください!」
マユがスライムボディでマキの上半身に絡みつき、身動きを封じた……かに見えた。しかし、
「こんな技でどうにかできると思ってるの?」
「う…腕の力だけで強引に!?」
脱出不可能なはずの関節技をあっさり外したマキは、そのまま両手でマユを抱え上げた。
「価値がない雑魚は消えろっ!」
すごい勢いで投げ飛ばした。その先には……。
「あぐっ!!」 「かはっ!」
避けきれなかったフランシーヌとマユが激しくぶつかった。スライムの身体とはいえ、大ダメージだ。
「イライラしてきたな―――っ!弱すぎるくせにお姉ちゃんに擦り寄ることだけは得意なやつが多すぎる………減らしたほうがいいよね」
「……ここは私が!私ならあの人の攻撃でも!」
みんなを守るためにダイが前に出た。丸まったままマキの行く手を封じ、壁になった。
「邪魔だよ、害虫が!」
「うあっ!!」
ところがダイの完全防御もマキには通用せず、キック一発で窓まで飛ばされ、
「うわ―――っ………」
「ダイ――――――っ!!」
ガラスを突き破って落ちてしまった。ダイの鎧なら落下の衝撃にも耐えられるはずだけど、全く無傷というわけにもいかない。
「やはり妹様は強すぎる!」
「全員で一斉にいくしかない!」
ついに私以外のみんなが同時に動いた。相手が最強のマキでも、止めるだけならこの人数差だ。ひとまずどうにかなるだろう。
「……………」
甘かった。たった1分程度でみんなは倒れ、部屋はボロボロになった。今のマキはいつも以上に強い。
「うう………」 「ここまでとは……」
「わたしがだめだったら代わりにお姉ちゃんと結婚しようとしてたんでしょ?残念だったね。お前らみたいなクズにその権利はないんだよ。さっさと自分で消えてくれないかな……さっさと消えろよっ!!」
そしてとても荒れている。言葉も行動も暴力的で、絶望に支配されていた。遠い場所から魔王が見ていて、これを待ち望んでいたと大喜びしながら笑っているような気配がした。
「わたしだけ絶対に幸せになれないじゃん!こんな世界、わたしの手で終わりに……」
マキが暗黒に堕ちようとしていた。どうすればいいか考える前に、私の身体は勝手に動いていた。
「お姉ちゃん………」
「だいじょうぶ……だいじょうぶだよ、マキ」
優しく抱きしめる。私の愛が伝わったのか、どす黒いオーラはすぐに消え、マキの目からきれいな涙がこぼれ落ちた。
「子どもができなくたっていい……結婚しよう」
「………いいの?」
「みんなを幸せにする大聖女が幸せになれない……そんな世界は私が変える。誰を敵に回してもね」
平和を乱す魔王はもちろん、マキを悲しませるなら神々でも……戦うべき日が来るかもしれない。
「そうだ……大聖女の運命に関わる問題は後回しでいい。愛があれば些細なことだ」
「サキー!それにみんなも……」
次々と起き上がってくる。無事とは言えないけど、重傷でもなかったようで何よりだ。
「安心してください。真の平和が訪れるまで、私たちも待っていますよ。一番最初にジャクリーンさんを愛したあなただけ置き去りになんかしませんから」
「全員でジャッキー様の子どもを産みましょう。そしていっしょに育てるのです」
マキが大聖女の役目から解放される日、いつになるかわからないその時をみんなは待ってくれる。私が親になるのもしばらく先のことになりそうだ。
「み……みんな………あんなにひどいことを言ったわたしを許してくれるの?」
「当たり前でしょう。同じ人を愛したのですから」
みんなの優しさにマキはまた涙を流した。
「ありがとう……弱すぎて底辺にいる情けない人たちだけど、いいところもあるんだね………」
「………」 「………」 「………」
余計な一言だった。感動の空気はあっさり壊れた。
「……やっぱり大聖女様抜きでやっちゃいましょうか」
「そうだな。こいつは最後でいいか」
半分冗談、半分本気だった。
「やだっ!待って!今のなし!ごめんなさい!」
私とマキの絆だけでなく、マキのみんなの距離も縮まった。終わってみればいい一日だった。




