ジャッキーの初子の巻
「ジャクリーン様……お待ちしておりました」
「ルリさん!」
部屋に入ると、私を出迎えたのはルリさんだった。他のみんなは壁を背にして座っているけど、マキはいない。
「今回の旅でジャクリーン様は多くの贈り物を受け取ったと聞きました。そして残るはわたくしとマキナ様だけ……」
「まさかルリさんも何かくれるの?」
「はい。しかしこれはわたくしとマキナ様、二人で一つの贈り物となります」
二人で一つと聞いて、ますますわからなくなった。戦闘力のないルリさん、私以外とはほとんど協力しないマキ……この二人が組んで何をするのだろう。
「……わたくしが進めていた魔法の研究……ジャクリーン様はもちろんご存じですよね」
「ま………まさか!」
「ついに完成しました!人間の女性同士でも子どもを授かることができる……究極の魔法が!」
人間以外の種族で成功を重ね、出産後の安全や健康も確認していた。とうとう私たちがやっても問題ない状態まできた。
「そしてこの魔法を最初に使う夫婦はお姉ちゃんとわたしだよ!」
「……マキ!いつの間にドレスを……」
真っ白なドレスを着たマキが私に抱きつく。その身体からいつもよりも熱を感じた。
「わたしからのプレゼントは………赤ちゃん!わたしがお姉ちゃんの子どもを産んであげるね!」
「………い…いよいよこの日が………」
実の姉妹でも丈夫な身体の子どもが産まれる、それがこの魔法の凄いところだ。大きさや食べるものが全く違う異種族でも問題ないのだから、人間同士なら楽勝と言われても納得できる。
「あれ?でもこの魔法が完成したら自分が真っ先に実験台になるって言ってたよね。いいの?マキに一番を譲っちゃって」
「断腸の思いではありますが、最初は第三者の目線で見る必要が生じてしまいました。予想外の出来事への対処はわたくし以外にはできないことですからね」
ルリさんが一人で研究してきた魔法だ。何かあった時の代わりがいない。
「それに……魔法とは別のことで気になる点があります。そのせいで失敗する可能性がある以上……こうしなければなりませんでした」
「………?」
慎重すぎるほど実験を繰り返して、絶対にいけると思ったからこの魔法を発動させることにしたはずだ。それなのに失敗するかもしれない、しかも魔法そのものとは違うところに原因があるような言い方をしているのはとても気になった。
「……わからないことはその都度聞くとして……マキとルリさん以外のみんなが揃ってる理由は今のうちに聞いておこうかな」
「私たちもそいつと同じだ。もしかしたら、万が一と考えるやつもいれば、ほぼ確実に失敗すると思っているやつもいる」
それぞれ差はあっても、うまくいかないかもと考える何かがある。私には全く思いつかない。
「そうなった時のことを考えてみろ。お前の妹は間違いなく発狂する。それを止めるために私たちがいる」
「そして……その後は妹様に代わり、ぼくたちのうちの誰かがジャッキー様の初めてをいただきます。愛する人の初子を授かる機会……諦めていませんよ」
マキが暴れることも、代わりの席を争う戦いも、考えるだけで恐ろしい。誰も死なないことを最優先にしないと、大惨事になる。
「……惨めな負け犬どもは黙ってなよ。お前らに口はないんだから何も喋らないでね」
「い……妹様………」
「ここからは神聖な時間なんだから静かにしてよ。お前らにチャンスなんか来ると本気で思ってるの?」
マキはとても怒っていた。それも当然で、ルリさんの魔法が失敗する条件は『二人の間に愛がない』ことだけだ。私たちの愛を疑われたら冷静ではいられなくなる。
「邪魔だから下がって。ほんとうならお前らに権利なんかない。お姉ちゃんのそばにいるのはわたしだけでいいんだよ」
前に出ていたみんなが再び部屋の壁まで後退した。マキのオーラに圧倒されていた。
「子どもが誕生したら大聖女様は引退ということになりますか?いや、妊娠した時点で?」
「普通の聖女とは違う。前例がない」
(……前例がない………)
歴代の大聖女たちは誰も子孫を残していない。自分の幸せよりも世界の平和を追い求め、生涯大聖女として生きた人ばかりだ。
「記録がないだけで、大昔の大聖女の中には子どもがいた人もいるかもしれませんが……」
「今となっては確かめる方法はない。大聖女の力が失われなければ続けても構わないのでは?」
マキの力がどうなるのか、やってみないとわからない。数百年に一人の奇跡があっさり終わるかもしれないし、そのまま残っているかもしれない。マキは大聖女であることに未練はなく、どうなってもいいと思っている。
「ジャッキーさんとマキナ様の力を足せば100になる……二人の子にそのまま引き継がれると考えることもできますよね」
「わたしたちには不純物がないんだから、赤ちゃんは大聖女に決まってる……早く会いたいな。もし大聖女じゃなかったとしても、全力でかわいがることに変わりはないけどね!」
マキがどんなお母さんになるのか、想像がつかない。でもこの感じなら心配はいらない。私たちはいい両親、いい親子になれる。
「じゃあ………始めよっか。どうするんだっけ?」
「簡単です。まずはわたくしの第一の魔法をお二人に……」
ルリさんの手から白く光るオーラが放たれ、私とマキを覆った。しかし身体や気分に変化はない。
「次に、心からの愛を込めながら抱きあってください。第二の魔法がお二人の愛を調べ、この先に進む資格があるか判断いたします」
「いよいよ……唯一の試練だ」
失敗するとしたらここしかない。でも私たちなら難なく合格できるはずだ。
「お姉ちゃん………」
(マキはだいじょうぶ……大事なのは私の気持ちだ)
ルリさんの魔法を疑っていないだろうか。マキにとってこれが一番の幸せだと確信しているか。世界から大聖女を消失させてしまった時、その罪を背負う覚悟はあるか。
「……マキ!」
私も覚悟を決めた。マキを強く抱きしめた。
「おおっ!二人の身体が赤く光っている!」
「真の愛で結ばれている証です!この赤が金色に変われば生命が宿る準備が……」
あっさり乗り越えた。みんなが何を問題にしていたのかわからないけど、もはやどうでもいいことだ。
「……やったぁ!ついにお姉ちゃんと結ばれたんだ!」
お母さんのお腹の中にいた時からマキの夢はただ一つだった。互いに婚約者を用意され、世界を救う大聖女になってもその思いは変わらなかった。
「お姉ちゃんとわたしは生まれる前からこうなる運命だった!横取りしようとする人たちが束になっても意味がない!これがこの世の現実、真理だよ!」
「………!」 「グム―――ッ……」
私と同じ血が流れる姉妹であり、正妻でもある。マキ以上に私に近づける人間はいなくなった。
「お姉ちゃんは……ジャクリーン・ビューティは……わたしのものだ―――――――――っ!!」
高らかな勝利宣言だ。ところがこの直後、あってはならないことが起こってしまった。
「……………えっ?」
「な……なんだ?」 「二人を包むオーラが!?」
美しい金色になろうとした寸前に、色を失って真っ黒になった。確認するまでもなく、魔法は失敗した。
グレート・O・カーン、予選で散る!(知ってたけど)




