奇跡の逆転劇の巻
魔物兄弟の破滅をもたらす合体技の前にサキーが倒された。観客席は凍りついている。
『ダ、ダウンカウント!ワン、ツー……』
10秒以内に立ち上がれないと負けになる。いや、あんな大技を受けたのだから戦い続けるのは無理だ。ようやく動けるようになった役立たずの私はリングに入ってサキーを助けようとした。
「サキー!もう試合は………」
「…………」
私がロープの間を潜ろうとした時、サキーは腕を伸ばして私に『待て』の合図を出した。
「し…心配するな。私はまだやれる!」
『どうにか立ったか!本人が続行の意思を明確に示しているためこのまま再開だ!』
サキーのダメージは深刻で、これ以上は危険だ。
「……この技を受けて……立ち上がるのか」
「俺たちもダメージが大きい……完璧じゃなかった。だが手応えはある。あれは痩せ我慢だ」
必殺技で仕留められなくても魔物たちは平然としていた。終わりが少し遅くなっただけだからだ。
「早くこっちへ!私とタッチして交代しよう!」
「………そこにいろ。私は勝つ、黙って見ているんだ」
一度下がって休むことすら拒否された。足手まといの私は何もするなと試合の序盤に言われていて、絶体絶命のピンチを迎えてもサキーは一人でやりたいようだ。
そうなるとある疑問が浮かぶ。手遅れになる前に明らかにするしかない。
「だったらどうしてあっちが提案した一対一を受けなかったの!?二対二……いや、実質一対二の勝負なんかこうなるのはわかっていたはずなのに……」
私が必死に叫ぶのに対し、サキーは静かに答え始めた。声を出すのも辛いだろうに、はっきりと、心からの言葉で。
「そんなの決まってる……ジャッキー、お前とはこれからずっとチームを組みたい。大事な相棒と共に勝利の喜びを味わいたかったからだ」
「…………」
「ルリとかいうのが昨日現れて、お前のことを昔から愛していると言ったが………そんなもの私も同じだっ!あいつ以上にその思いが強く、しかも私ならお前を守れる!それを見せたかった……」
わたしを入れて勝たないといけない理由。その熱い気持ち、しっかり伝わった。
「だからこんな雑魚二人、私だけで勝てる!」
「雑魚だと!?虫の息のくせに―――っ!」
兄弟による一斉攻撃。サキーは簡単に倒され、二人がかりでの踏みつけ攻撃の餌食になった。
『無情なストンピング!これは厳しいか!?』
サキーは丸まって攻撃を耐えるだけで、反撃できる余力はない。
「どうしたどうした!ハハハァ!」
「………!」
家族と同じくらい大切な存在になったサキーが一方的にやられている………もう我慢できなかった。
「やめろ―――――――――っ!!」
「ジャッキー様!?」 「その光は!」
ラームたちが何かに驚いているようだけど気にしている暇はない。サキーのもとへ走った。
『ジャ、ジャッキーだ!ジャッキーがサキー様を救出するために入ってきた!よし、そのままサキー様を逃がして代わりにお前がやられろ!お前はどうでもいい!』
「サンシーロ―――っ!!もう我慢ならん!この場で制裁してやるぞっ!」
『うわっ、何しやがる!この親馬鹿が!お前の娘なんか肉壁としてサキー様を守るくらいしか……』
お父さんたちが場外乱闘を始めた。これも無視だ。
「……何をやってんだ、あのおっさんどもは?」
「さあ……だがこれで審判がいなくなっちまったぞ」
兄弟の攻撃が僅かに和らいだ瞬間、私は手前にいたハナに向かって突撃した。
「ガハッ!!」
飛び込みながらの頭突きがハナの腹部に突き刺さり、そのままリング下まで吹っ飛ばした。
「やった!あんな巨体を一発で!ジャッキーさん、強化魔法を使っていたんだ!」
「ジャッキー様の脳天や首のほうが危ないかと思ったけど、今のはすごい!」
命中させる寸前に肩から上を強くした。持続時間は数秒、オニタを倒した時と同じ魔法だ。
「ぐばはぁっ………」
「ハ……ハナ!しっかりしろ!おいっ!」
リングから落ちて倒れたままのハナを心配するあまり、ウミの攻撃がストップした。その隙にサキーを連れて私たちの陣営に戻った。
「ジャッキー……今のは………」
「肉体強化魔法……だけどもう使えない。この試合を終わらせるのはやっぱりサキーじゃないと!」
魔力の少ない私だから、もう一度身体のどこかを強化するのは無理だ。それでもサキーを回復させる力は残っている。
「最低クラスの回復だから全快とはいかないかも。それに前は失敗してるから、何も起きなかったらごめんね」
「お前の頑張りとこの温もりだけでだいぶ力が戻った。失敗してもいい、癒やしの魔法を見せてくれ」
スライムの集落では何も起きなかった。あの時は目に見える全員を完璧に治そうとしたのがまずかったのかもしれない。私の手を握るサキーをちょっとだけでも確実に回復させたらいい、その思いで回復魔法を発動した。
「……癒やしの奇跡の力よ、今ここに!」
「おっ……いいじゃないか…………おおおっ!?」
サキーの様子がおかしい。目に見える傷は塞がったけど、全身が震えている。またやらかした!?
「サ、サキー!まさか失敗………」
「いや!体力も気力も試合前に……違う、それ以上だ!癒やされただけでなく普通を超えたパワーが体内で滾っている!こんな感覚は初めてだっ!」
勢いよく立ち上がったサキーが剣を振る。するとそこから真空の刃が発生して、離れた場所にいるウミにまで届いた。
「……この痛みはなんだ………はっ!」
「わからなければ教えてやる!くらえっ!!」
もはや触れる必要もない。剣から放たれる風だけで敵の皮膚は避けていき、血が吹き出した。
「こ……こんな………」
ウミの足が産まれたばかりの小動物みたいになって、立っているのも限界だ。とうとう前のめりに沈みそうになったところで、
「最後は二人でいこう!サキー!」
「ああ!」
倒れゆくウミの背後に回り込み、タイミングを揃えてその背中を蹴った。私たち二人のダブルキックを受けたウミは顔から落ちて、うつ伏せのまま動かなくなった。
大社長と世界一性格の悪い男の最終決戦は『都電荒川線』!大社長はそれ以外にも楽しみなシングルマッチが控えていて、本当に休業するんだなと淋しい気持ちになります。




