練習できない能力の巻
「……こんなに薄くなってしまうのか!?」
「うっすらとあるような、ないような………」
私とサキーの契約の印はほとんど見えなくなっていた。血が止まった時に傷もほぼ完璧に塞がったようだ。
「私たちに見せびらかすつもりだったのでしょう?残念でしたね」
「フン……しかし特別な関係になったことに変わりはない!私たちは常に心で繋がっているんだ!」
私たちが契約を結んだことをみんなにも教えた。サキーの名誉のために、その後の暴走については黙っている。
「ジャッキーさんが強くなった、それは素直に喜びましょう。今日はもう夜ですからまた明日、その力を見せてもらいますね」
契約に成功したと二人で喜んだけど、まだ実際に試してはいない。正式な剣聖と聖女ではないせいで、期待していたほどの効果はないかもしれない。
「明日は予定がない。道場での訓練に専念できるな」
「いつ魔王が襲ってくるかわかりませんからね。技のキレを磨き、仕上げていきましょう」
アーク地方に来た目的の一つは修行だ。これまで遊んでいたぶんを取り戻すだけでなく、成長する必要がある。厳しい訓練になりそうだ。
「さて、明日からの過酷なトレーニングに備えて……」
「しっかり食べて飲まないと!」
暴飲暴食を正当化するために特訓を頑張るわけではないと言い訳しておこう。身体を絞りすぎても試合に勝てない。攻撃を受けても倒れない重さがほしい。
(………いや、これ以上太ったら………)
ますます鈍くなってしまい、相手のスピードについていけなくなる。お腹の肉を指で押した時の感触からしても、ここが限界だ。
(やっぱり食べる量を抑えたほうが……でもこのごちそうを目の前にして諦めるのは………)
悩んだ末に、明日の私に頑張ってもらうことにした。誘惑に負け、後で後悔する道を選んだとも言える。
「はぁ……はぁ………」
「リングに上がらないんですか?基礎運動を繰り返しているようですが……」
汗を流して体重を落とすには、実戦練習よりもこっちだ。足腰を鍛えるのは地味な見た目に反してかなり負荷がかかる。
「チャンピオンだからこそ基本を大切にするものなんだな。見習わないと……」
練習生たちは私の姿を見て感心していた。昨日のお酒を抜くためにやっているとは当然誰も思わない。
「ジャッキー様!汗をお拭きします!」
「ありがとう、ラーム」
「すぐに水も持ってきますね!」
ラームがいつも以上に働いてくれる。そのサポートのおかげで内容の濃い時間になっていた。
「次は腕のトレーニングですね?道具をきれいにしておきます!」
「いや、それくらい自分で……」
「ぼくがやりますから!ジャッキー様は待っていてください!」
今日は朝からこんな感じで、着替えや荷物の用意までやってもらっている。ラームの熱意に押し切られて、結局全てお願いする形になった。
「どうしたんだろう、急に……」
「……あの子に代わり、私から説明しましょう」
同じオードリー族のトゥーツヴァイは、ラームが張り切っている理由を知っているようだ。私の隣に座り、話し始めた。
「あなたはこの数日、仲間たちから能力を受け取りパワーアップし続けています。皆が競うようにあなたの一部になろうとしているのに、自分には分け与えるものがないと苦しんでいるのです」
「別に気にしなくていいのに……」
「だからできるところで全力を尽くそうという思いですよ。他の方々に取り残されないように」
ラームから何かを貰おうだなんて考えていない。私がラームにたくさんあげるべき立場だ。
「我々オードリー族の力は他人に分けることはできません。子孫が受け継ぐことはありますが、特別な方法で渡すというのは……」
「それが普通ですよ。他のみんなが珍しいだけで」
宿屋に帰ったら、人と比べる必要はないとラームに言おう。焦らずにラームのペースで成長していけばいい。
「そろそろどうですか、リングに!」
「そうだね。少しはやらないと勘が鈍る」
午前中はずっとリングの外で身体を動かしていた。お昼の休憩時間が終わってからしばらくして、みんなに促されてリングに上がった。
「じゃあまずは……わたしとやろっか!」
「いきなりマキと!?まあ……いいよ」
今の私はマキを相手にどのくらい通用するのか。もしこれまでと何も変わらなければ、魔王との試合もマキに代わってもらうべきだ。
「おいジャッキー!早速私と結んだ契約の力を使う時が来たぞ!私たち二人の力なら大聖女にも勝てる!」
マキに勝てるかは別として、その力を発動すればどんなことになるのか試したい。サキーのような鮮やかで強烈な攻撃が、たった数秒だけとはいえ私にもできる……とても楽しみだ。
「サキーさんの力……お姉ちゃんにとってプラスになるとは思えないけどなぁ。不純物が入り込んでむしろマイナスに……」
「フン。今のうちにほざいておけ」
「残りのクズ連中も同じだよ。お姉ちゃんの役に立ってると思ったら大間違い。無意味なゴミを受け取ってもらえたのはお姉ちゃんがとっても優しいから、それを忘れないようにね」
サキー以外のみんなのこともマキは煽っている。道場が一気に熱くなった。
「グ…グム―――」
「ジャッキーさん!やっちゃってください!」
練習だとどうしても緩い空気になってしまい、力を出しきれないことが多い。マキはみんなを怒らせて、本番の試合と同じ雰囲気にしてみせた。
「さすがマキ………冴えてるよ」
これなら私もサキーとの契約で得た力を出せそうだ。あえて悪役を演じたマキに感謝だ。
(………妹様はそこまで考えていないと思います)
(私たちを見下してるだけのような………)
「あははは!それっ!それっ!」
「ううっ……やっぱり強い。こうなったら!」
私とマキの練習試合が始まった。案の定私は劣勢で、逆転のためには新技に頼るしかなかった。
「よし、ここだ!剣聖と聖女……いや、勇者と大聖女の姉が結んだ………」
右手に力を込めた。ところが………。
「………全然発動する気配がしないよ」
「……くっ!やはりだめか!どれだけ熱くなっても練習は練習、互いを傷つける気はない。この術の発動条件は命の危機に陥ること、つまりそう簡単には……」
どうしようもないと思える状況から一人で生還するための力だという説明は聞いていた。だからこの契約がほんとうに成功したかどうかがわかるのは、いざその時になってからだ。
「死ぬ寸前まで追い詰められないといけないのか……できればずっと来てほしくない場面だね」
練習や実験ができない、ぶっつけ本番の能力だった。
DeNA、打線爆発!!これなら今年も下剋上での日本シリーズ行き、あるで!!リーグ優勝?ないです。




