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大聖女の姉  作者: 房一鳳凰
第五章 アーク地方での冒険編
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勝利を焦るサキーの巻

「お前の綺麗な手のひらを傷つけるのは私も心苦しいが……我慢してくれよ」


「ちょ!ちょっと待って………深呼吸する」


 ほんの少し血が出るくらい切るのではなく、深く印を刻むつもりでいる。激痛は避けられない。


(やるって言っちゃったから後戻りできないよ………いや、そんな気持ちじゃだめだ!)


 痛そうだからやめようなんて言えない。それにこの契約自体は私も大賛成で、サキーが強くなれるなら鋭い刃ぐらいかかってこいだ。



「よし……いいよ。右手にやって」


「そうか。それなら私は左手にしよう。手を繋いだ時に印が合うからな……」


 サキーが私の手の上に短刀を置く。このまま始めるのかと思いきや、目を閉じて小声で何かを呟いていた。


「~~~………~~………」


(契約の祈り………すっかり忘れてた)


 まずは神々の前で誓いの祈りを捧げる必要がある。そんな当たり前のことすら覚えていなかったなんて、サキーには秘密にしておこう。呆れ果ててしまって契約は中止、そんなことは絶対に避けたい。



「……これで痛みは感じなくなるはずだ。ジャッキー、お前もしっかり祈ったか?」


「えっ?ああ……うん」


「適当にやると痛いままかもしれないからな。真面目なお前に限ってそんなことはないだろうが、一応聞いてみた」


 適当どころか何もしていない。神様たちの温情に期待しよう。もし大目に見てくれなかったら歯を食いしばって耐える。



「今日から私たちの関係は新たなものになる。それを明らかにするための印を……刻むぞ」

 

 お揃いの何か、神様への祈りと誓い、新たな関係……まるで結婚するみたいだ。


「お前にはかつて婚約者がいた。確かルリ・タイガーの兄だったが、お前が聖女なら婚約破棄されることなくそのまま夫婦になっていたのだろう」


「ん?まあそうだね……」


「しかしこの契約さえ結べばあいつよりも親密で愛深き仲になれると信じていた………一度は閉ざされた未来、今ここに!」



 サキーの子どものころからの悲願がついに叶う時が来た。私の右手に短剣の先が入っていく。


「あぎゃっ………あっ、痛くない!すごいね……」


「おい、驚かすな!手元が狂うだろ」


 つい声が出てしまったけど、痛みはなかった。実は熱くないのに熱いと思い込んでコップを触ってしまった時と同じ反応だ。


(痛くはないけど……いっぱい血も出てるし、うわわわわ………)


 痛覚だけがない状態だ。肉が削られ、出血している感覚はある。直視できず、目を逸らしていた。



「………よし、できた。この日のために粘土で練習したかいがあったな………次は私に頼む」


「あっ!そうか、私がやるんだよね……」


 痛くないとしても、自分の時以上に勇気がいる。私は一度も練習なんかしていない。


「うまくできなかったらどうしよう……」


「この印はシンプルな形だ。私が慎重だっただけで、本来練習の必要はない」


 私はとても不器用だ。他の人が言う『簡単だよ』、『誰でもできる』は信用していない。


「それにこの契約は互いの絆が一番大切だ。細かいミスがあっても無事に成功したのを何度も見ている」


 私に痛みを感じさせないようにしてくれたことも考えると、契約に関わる神様たちは融通がきくようだ。もっとサキーと親密になりたい、その気持ちをわかってもらえた。



「じゃあ………いくよ」


「いつでもいい。やってくれ」


 怖がりながらやるとミミズみたいな仕上がりになりそうだ。これはサキーがずっと望んでいたことだと思えば、躊躇わずにその手のひらに傷をつけられる。頬を叩いて気合いを入れた。



「ふ―――っ、ふ―――っ………」


「いいぞ……いい感じだ」


 サキーが刻んでくれた印よりも大きくなって、真っすぐにならなかったところもある。それでもサキーは私が書いている間、ずっと優しく褒めてくれた。



「ふぅ。終わった………どうかな?」


「………完璧だ。さあ、合わせよう」


 立ち上がり、私の右手とサキーの左手を合わせた。そして指を絡ませると、私たちの傷が光り始めた。



「こ……これは!?」


「お前の力が流れ込んでくる!そして私の力もお前の身体に向かって出ていくぞ!」


 剣聖と聖女の契約は、勇者と大聖女の姉でもうまくいった。さすが融通がきく神様たちだ。ありがとうございます。


「あれ?印が……動いてる!」


「私のは小さく、お前のは大きくなっている!全く同じ形になったぞ!」


 失敗したと思ったところもうまく直っていた。気がついたら血も止まっていて、奇跡をたくさん体験できた。ところがまだ不思議な現象は終わっていなかった。




「……手が熱い。聖なる力の影響か……いや、手だけじゃない!全身が熱い!」


「わ、私も熱いよ。サキー………」


 どうしてこうなるのかわからない。しかし今の私たちはこの熱に抗えなかった。


「んむっ!んんっ……」


「んあっ………」


 ここまで深い、貪るようなキスはあまりない。私もサキーもだらだらよだれがこぼれるほどで、それでも構わず続けた。



 私の右手とサキーの左手を繋ぎながらキスしている。互いにもう片方の手は空いていて、先に動かしたのはサキーだった。


(伸ばしてきた………えっ!?)


 腰あたりを抱いてくると思っていたら、いきなり一番大事なところを触ってきた。いくらお互いそういう気持ちになっているとはいえ、これは………。


「んっ!!んむ―――っ!!」


「……………」


 私の数倍は興奮しているサキーを相手に、口が塞がったこの状況では何も伝わらない。



(仕方がない……やり返そう!)


「おっ!?」


 私も同じことをした。ただしこれは『この先』に進んでもいいというサインではない。この場を終わらせるための最終手段だった。


「――――――――――――っ!!」


 一瞬触れるだけでサキーは大きく飛び跳ね、その場に倒れた。鼻血を流し、幸せそうな顔で意識を失っている。



(……強くなりたいのならまずはここから直していかないといけないような気がするけどな………)


 スーパー闘技大会準決勝と同じ勝ち方だった。あの時もサキーは積極的に私の身体を触ってきたくせに、反撃されると簡単に沈んだ。


(焦りすぎだね。じっくり攻めていけばいいのに……私だって嫌じゃなかったんだから)


 サキーの課題が見えた。剣術大会に続きまたしても勝利を逃したと知ったら、とても悔しがるだろう。

 スターナイトメア

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