剣聖と聖女の契約の巻
「入るよ、サキー……」
「……ジャッキーか。天下のスーパー闘技大会優勝者様がこの負け犬に何か用か?」
部屋の隅で転がっていた。剣や上着、それ以外の物も床に汚く散らばって、サキーの荒れっぷりが伝わってきた。
「私はこんな田舎の剣術大会すら優勝できないクズだ。ジャッキーと対等に話せる人間じゃない」
優勝してもあまり意味はないけど、優勝を逃した場合は大事件になる……大会前に話していたことが現実になってしまった。
「運がなかっただけだよ。いきなり猫が出てきて、躊躇わずに攻撃を続けるほうが人間として疑うよ」
「……本物の戦場でそんなことが言えるのか?あまりにも弱い、情けない、価値がない………」
何を言ってもだめそうだ。慰めや励ましが響かないのなら、思いきって突き放してみよう。作戦変更だ。
「そうだね。じゃ、またあとで」
「………え?」
「みんなが戻ってくるまでに片づけておいてね。今日はとりあえずお疲れ」
くるりとサキーに背を向けて部屋を出ていこうとした。すると足首を掴まれ、前に進めなくなった。
「……行かないでくれ………」
「………ちょっと意地悪だったかな?わかったよ。まずは何か食べよう。料理を少し持ってきたからね」
「………ああ」
宴会の料理を小さな箱に入れていた。昨日の夜からサキーはあまり食べていなかったし、お腹が満たされたら心も回復していくはずだ。
「……あってはならない敗北だった。ジャッキー、なぜ私は負けたと思う?」
「さっきも言ったけど、ついてなかった。もう一回戦えば絶対に負けないでしょ」
ジュエルの秘密は誰にも話さないと決めている。口が軽いと信頼を失うからだ。
「やり返す機会はいくらでも作れる。お城の闘技場に招待して、特別試合を組めばいいよ」
「そうだな……決着戦は必要だ」
リベンジできれば優勝を逃した悔しさも少しは和らぐはず。試合に出たらマダラもお金が稼げるから、負けても得るものがある。
「私はどこでも2位か3位だ……さっきまでは落ち込んでいたが、それでいい。中心にいるべきはお前で、私はその隣に控えていれば……」
「そんなこと言わないでサキーも中心を狙ってよ。でもそのためには私じゃなくてマキに勝たないといけないけどね」
マキのいない舞台を選べばいつかは優勝できるだろうけど、それではサキーも物足りないだろう。かなり難しいとは思うけど、マキを倒してもらうしかない。
「いや……私はずっと言っているはずだ。真の大聖女はジャッキーだ。お前の妹も同じ考えだ」
「理解できないね。私は大聖女どころか聖女ですらないのに……」
「フッ、懐かしい話だ。お前は聖女になれず、私は剣聖ではなく……互いに惨めな存在だったな」
全くいいところがなかった私とは違い、サキーはS級冒険者として活躍していた。私と再会しないままでも、いつか勇者の力が覚醒しただろう。
「今は大違いだ。お前がスーパー闘技大会のチャンピオン、私は勇者と呼ばれている」
「サキーは一生勇者だけど、私は王座を失ったらまた何もない状態に逆戻りだよ」
全く元に戻るわけではないとしても、『大聖女の姉』や『元チャンピオン』といった呼ばれ方になる。その陥落の日はおそらく間近で、今が私の人生のピークだ。
「……なるほど。戻ってみる………その手があるかもな」
「………へ?」
何かに気がついたという感じでサキーが言う。
「私が剣聖になり、ジャッキーが聖女になると疑わなかった子どものころを思い出した。何度も遊び、競い合っていた日々を……」
「いいライバルだったよね………あっ!まさか私に勝つために今後は別行動をって言うんじゃ……」
「ハハハ!お前から離れる?それはありえない。確かに私たちはライバルだったが、将来は組もうと約束していた仲でもあったよな。私たちが力を合わせたらとんでもないことになると!」
人数の多い軍隊でも数人しかいないチームでも、剣聖と聖女は共に行動することが多い。剣聖は聖女を守るように前で敵と戦い、聖女は後ろから補助魔法や回復で剣聖を支える。かなり昔に確立された戦術だ。
「剣聖でも聖女でもない私たちだが、今こそあれをやろうと思う。私だけでなくお前のパワーアップにもなるからな……」
「………あれを!?」
サキーが戻ると言った理由がわかった。幼かった日の口約束を実行しようとしていた。
「家族よりも固い絆で結ばれた剣聖と聖女は契約を結ぶ。その契約はどちらかの死以外では決して破棄できないが、互いの力を一度だけ使えるようになる」
激しい戦いになると仲間の救出が間に合わず、目の前で大切な人を失う悲劇が起こる。この契約はそんな非常事態に備えたもので、剣聖は治癒魔法を一回、聖女は剣聖のような戦闘力が数秒使える。
「絶体絶命の窮地を脱出して仲間と合流するための術だ。それで命が助かったって話も聞くよね」
「使ったらまた補充すればいい。リングで戦う時にも役に立つ………全てにおいて剣聖を上回る勇者、そして大聖女ならできるはずだ」
私の魔力は普通の聖女と比べて遥かに劣る。それでも治癒魔法一回分をサキーに渡すだけなら、体内に流れる魔力を残らず注ぎ込めばいけると思う。
「私たちに固い絆があるかどうか……今更聞くまでもないだろう?」
私は黙って頷いた。他の何かが条件を満たさなかったとしても、これだけは必ずクリアできる自信がある。
「よし、やるぞ。覚悟はいいな」
「覚悟?確かお揃いの物を用意するだけじゃ……」
形が全く同じ指輪や耳飾り、腕輪などを身に着けていれば契約を結べる。秘術を発動する時も、両者がその品を持っていなければ失敗する。
「いや…それでは不十分だ。私たちの絆の強さはもっと強く、深くなければ……」
「サ…サキー?どうしたの?急に様子が……」
「今日もいたな。サリーとシロ……蚊の二人組だ。あいつらの手のひらには同じ傷があった。試合会場からこの宿に戻る前にあいつらに見せてもらったんだ」
どうしていきなりサリーたちの話をするのかわからずにいると、サキーは床に落ちていた袋を拾い、その中から短剣を取り出した。
「……まさか………」
「私たちも書こう。固い絆の証を!」
死ぬまで続く契約なら、一生残る傷をつけてもいいということか。装飾品とは違い紛失の心配はないとはいえ、確かに覚悟が必要だ。
手のひらを傷つけ合い Lの字を書いた




