最大の武器は猫の巻
何でも屋で『猫を連れた剣士』がいると聞いたのを思い出した。しかしあの怖そうなマダラが小動物を溺愛しているとは……見かけで人を判断してはいけないと改めて思い知らされた。
「優勝したらもっとうまいものを食べさせてやるからな、今は巨大魚の肉を……」
私たちが川で倒してそのまま置いていったやつか。お金がない人たちが持っていくだろうと言われていたけど、マダラもその一人だった。
「……ム!」
「わっ!!」
尖った石が飛んできた。慌てて避けると、次の瞬間にはマダラが目の前にいた。安全のために距離は取っていたはずなのに、私の気配を察してすぐに攻撃できる態勢になっている。かなりの実力者だ。
「……見たのか?」
「………は、はい。見ました」
嘘をついても仕方ない。大人しくしていれば見逃してくれるかもしれないから、両手を上げた。
「で…でも猫と仲良くすることなんか、隠れてやる必要はないような……」
「………私の外見で?」
確かに隔たりはある。初めて見る人はびっくりするだろう。とはいえあのサキーが害虫を大の苦手としているように、誰にでもそういうところはある。
「えっと……この子の名前は?」
「………『ジュエル』」
「どうしてこの大会に?」
「………金が欲しい。副賞もな」
「マダラさんほどの腕ならお金には困らないはず……」
「………安定した職がない」
言葉は短いけど質問には答えてくれた。この人は極端な人見知りのせいで無愛想に見えてしまい、仕事探しに苦労しているようだ。兵士や冒険者はチームを組んで活動するから、これでは厳しいのも事実だ。
闘技場の闘士になれば強いだけでいい。その代わり毎日のように真剣勝負をするから身体への負担が大きい。特に今はリングでの戦いが主流で、サキーぐらい強くないと剣士はなかなか勝てない。
「………」
「じゃ、じゃあそろそろ始まりそうなのでこれで。マダラさんも遅れないように気をつけて……」
うまく逃げることができた。むこうも私を捕まえる気はなかった。
(強さの秘密は猫……でいいのかな?)
いや、違うか。猫はおまけだ。マダラの戦いには一切関係ない。逆転勝利の謎はそのまま残った。
「サキーの勝利を見届けるだけだね」
「最終戦だから出し惜しみなし、それが心配ですね。相手の頭を割っちゃうかもしれませんよ」
勝つのは確実、やりすぎなければいい。まあ事故が起きたとしても、マキがいるからすぐに治せば助かる。手加減の必要はない。
「闘技大会とスーパー闘技大会、どちらもサキーさんは3位です。初の栄冠は目前ですね」
「こんな小さな剣術大会優勝したところで……って話だけどな。特に得るものはないだろ」
あまり意味はない優勝だとしても、神々からの加護を受けた勇者として、ここで負けるわけにはいかない。
『勇者サキーの勝利は決まったも同然ですが、それでも何が起こるかわからないのが勝負!マダラはどこまで食らいつけるか!?』
「サキー!サキー!」 「サキー!サキー!」
サキーは軽く首や肩を回し、マダラはひたすらサキーを睨む。互いに集中していた。
「では………始めっ!!」
開始の合図が出ても、サキーとマダラは動かない。互いに相手が出てくるのを待っていた。
「どうした?一か八か、当たって砕けるのもありだろう。かかってこい」
「……………」
サキーはどんな展開になっても勝てる。しかしマダラはカウンターぐらいしか勝つ方法がない。じっと我慢してチャンスを待っていた。
『どうした!?全く動きがないぞ!』
「少しは見せ場を与えてやろうと思ったが、情けを受けるつもりがないならもういい!終わらせてやろう!」
相手の得意な形になっても力の差でねじ伏せるのが真の強者だ。サキーが一撃で仕留めようと前に出た。
『サキーがいった!これで決まりか!』
剣術大会はサキーの圧勝で決着……のはずだった。
「終わりだ……あっ!?」
「あっ!!」 「!!」
サキーが急に止まった。これはサクマアとサリーがやられる直前と全く同じ………。
「ここだ!ぬうおりゃっ!!」
「な……に………」
サキーの頭に剣が迫り、髪の毛まで触れたところでそれ以上振り下ろされることはなかった。完全に勝負は決まったからこそできる、相手を傷つけない決着だった。
『あ……ありえないことが起こってしまった!寸止めの余裕まで残してマダラが勝利、優勝決定!しかし勇者サキーはなぜ最後……』
「ま……待てっ!そいつの胸のあたりに猫がいた!だから攻撃を躊躇ってしまった!」
両手を広げてサキーが訴える。マダラが猫といっしょにいたのを私は直前で見ていた。
「や……やはり!何らかの動物がいたのは我も見た!」
「見間違いではなかったのか。確かに猫だった!」
サクマアとサリーもこれに続いた。まさかほんとうにマダラの強さの秘密が猫だったなんて……。
「こいつの服の中を調べろ!隠しているはずだ」
試合が終わってすぐにサキーが抗議したから、あの白猫を逃がす時間はない。まだマダラのそばにいる。
(いや……あのマダラがそんなことをするかな?)
優しい声と笑顔で、名前までつけてかわいがっていた。服の中に仕込んで危険な目に遭わせるとは思えない。木の剣とはいえ、小さな猫が全力で叩かれたら死んでしまうかもしれない。
(でも無関係のはずは………)
「マキ……マダラに魔力があるか調べられる?」
「わかった。見てみるね」
幻術の可能性もある。突然猫が現れたら誰でもびっくりする。勝負の途中で本物か偽物かを瞬時に見分けるのは難しく、結局動きを止めてしまう。一瞬だけ相手に止まってもらえば勝てるのだから、本物を連れていく必要は全くなかった。
「い、いない!どこにもいないぞ!」
マダラをしっかり調べても何も出てこなかった。
「お姉ちゃん……あいつ、魔力は全くないね」
マキが言うなら間違いない。マダラは無実だ。
「マダラさん!ジュエルちゃん、連れてきましたよ」
「あっ!白猫!」
「むこうで昼寝をしていましたが、せっかくの歓喜の瞬間です。さあ、どうぞ」
これでサキーたちの訴えは完全に退けられ、マダラの優勝が決まった。マダラがいくら隠そうとしても、いつも猫といっしょにいるのは有名だったようで、身体や服についた匂いや毛が幻を見せたのではないかと地元の人たちは言い始めた。
マダラ……猫を連れた剣士。元ネタはあの『まだら鬼』。
ジュエル……マダラが連れている猫。元ネタのドラマでは特にシーズン2の第8話、久太郎と玉之丞が入れ替わった回は必見。




