馬車にいる主役の巻
釣り大会が終わり、私たちは昨日と同じ宿屋に泊まることにした。清潔で料理がおいしい、しかも私たちを狙う刺客が現れたらすぐに見つけられる場所にある。最高の条件が揃っていた。
「今日はマキシーとフランシーヌが夜の見張りか。眠くなるだろうけど頑張ってね」
「ああ。未来の国王……そして未来の旦那様を守るためだ、眠気ぐらい吹き飛ばしてやるよ」
私以外のみんなも守ってくれないと困るけど、まあわかっているだろう。ついさっき新たな関係になったばかりのマキシーに余計なことを言いたくない。
「でもいいのかな、毎日おいしいものをたくさん食べて、日中もほとんど遊んでいるけど……」
任務や修行がほとんど進んでいない。みんなで見知らぬ土地を楽しく観光しているだけだ。
「やるべきことはやってますから心配いりませんよ」
「いつ敵に狙われるかわかりません。そうなったら満足に食事はできず、夜も眠れないでしょう。平和な今のうちに楽しんでおいたほうがいいのでは?」
命を狙われるほどに状況が悪化すれば、我慢せず転移魔法で帰る選択もある。私たちはアーク地方で何が起きているか、反乱の動きはあるかを調べるだけでいい。
「明日は約束通り魔物退治の依頼を受けましょう」
「私たちなら楽勝!って思いたいけどね……」
アーク地方にはリングでの戦いがほとんど広まっていない。魔王軍の気配はなく、魔物たちもリングでルールを守った勝負なんかしないだろう。
「人間との戦いすら何でもありでしたからね。覚悟しておきましょう」
「どんな魔物が出てくることやら……」
独特の文化が発展し、知らない動物や植物をたくさん楽しめるアーク地方だ。魔物も私たちが見たことがない珍しい種族だったとしても驚かない。弱点や対処法がわからない時は、正攻法で押し切るだけだ。
「さあ、明日のためにもたっぷり食べましょう!お酒もどんどんいっちゃいますか!?」
「遠慮せずどうぞ!」
いつも以上にみんながお酒を勧めてくる。確かにこれは昨日の夜に出されたものよりもずっとおいしい。
「連泊だからサービスしてくれたのかな?」
「ジャッキーが王になるかもしれないと聞いて、慌てて最高級の酒を用意したのかもな。明日は料理の質も上がるんじゃないか?」
時間が経てば経つほど、王様になる気はないと言える空気ではなくなっていく。あまりのんびりしていると取り返しのつかないことになりそうだ。
「……………」
「うわっ……見事にやられてますね」
頭や目が痛い。身体が重い。調子に乗って飲みすぎたせいで最悪の朝だ。
「あのお酒……飲みやすかったから………」
「なかなか強い酒だったようだな。少ししか飲まなかった私たちですらダメージがあるぞ」
気持ち悪くはない。しかしこの痛みと重さを抱えていては、戦いに参加してもお荷物になるだけだ。
「馬車の手配をしましょう。外に数人いれば残りは中で休めます。体調が優れないジャッキーさんはもちろんずっと中にいてもらいます」
「私とフランシーヌも徹夜明けだからそれは助かるな。目的地に着くまで寝させてもらうとするか」
マキシーとフランシーヌは当然の権利として、私はとにかく情けない。ただの飲みすぎで離脱とは……。
(………ん?待てよ………)
マキならこれくらい簡単に治せるはずだ。私が苦しそうにしているのだから、いつもならすぐに癒やしてくれる。しかし今は休むようにと言うだけだ。
そして昨日はみんなで私にお酒をたくさん飲ませてきた。断る間を与えずに、次から次へと。
(最初から……狙いはこれか!)
私を安全な場所で待機させるための作戦だった。ここまで徹底していると感心するしかない。みんなの思惑通り大人しくしているか、あえて逆らってみるか……時間はあるからじっくり考えて決めよう。
何でも屋から魔物のいる場所へはそんなに遠くない。少し歩けばすぐに人の住んでいない荒野になるそうだ。
「アークの中では大都市なんだろ?それなのにあっという間にこの景色……田舎だな、やっぱり」
静かでいいところだと考えることもできる。首都は賑やかで楽しくても、人が多すぎて疲れる。
「危険な魔物を倒すことで、新たな街が誕生する可能性もあります。いくら素晴らしい環境でも、いつ襲われるかわからない土地には誰も住みたくありません」
「確かに……これから行く場所も、金が採れるかもしれないって話だったよね。凶暴な魔物がいるから手出しできない、それで私たちが退治を頼まれたんだ」
「しかしその魔物が実際には人を襲ったりせずに、平和に暮らしているだけだとしたら……私たちの行為は侵略そのもの。自分たちの利益のために元々の住民を追い出し、殺すのですから」
フランシーヌは戦争を憎んでいる。欲望のために立場の低い人たちが苦しむことになるのは特に。その思いが強すぎて、マキとアントニオ家を除き去ろうとしていた時期もあった。
「でもお前……反対しなかったじゃないか」
「この目で確認しなければわかりませんからね。それにジャクリーンさんなら誰にとっても最善の結果に導いてくれるでしょう」
そのためには馬車の外に出ないといけない。到着までにはある程度回復するだろうけど、少しでも動きが悪いと無理やり戻されてしまう。
「ハハッ!そうだった。お前もこいつを信じて生き方を変えた人間だったな」
「はい。あなたよりも早く気がつきましたけどね」
マキシーとフランシーヌが私を見ながら笑う。その期待に応える方法はいくつもあるはずで、王様になることがただ一つの道ではない。
「私は小さな太陽や炎を出して戦いますが、ジャクリーンさんは私にとっての光!心を熱くさせてくれます」
「そうかな?吹いたらすぐに消えちゃいそうな火だと思うけどね」
「その謙遜もまた美しい……ですがジャクリーンさんはもっと自信を持つべきです。微力ながら私にその手助けをさせてください!」
フランシーヌが私の手を握った。うれしい言葉に感謝しようとしたら、
「………あ、熱っ!?」
燃やされているかのように熱くなった。私とフランシーヌの両手が赤く光っていた。
イチバーン!




