一度だけの儀式の巻
今日も安全や衛生を考えて立派な宿屋を選んだ。当然お楽しみは夜の食事で、その期待以上のものを味わうことができた。
「魚も肉も野菜も満点だ!料理とお酒のレベルを考えたら移住もありえるね」
「しかしこの地方は今のところそれ以外が厳しいな。ほぼ毎日殺人が起きる治安の悪さはもちろん、支配者たちも庶民も王家に喧嘩を売ろうとしているのがよくない」
常に暗殺や襲撃に警戒しながら生きるのは疲れる。殺人事件が当たり前になっているのだから、それより軽い犯罪なんかもっと頻繁に発生している。このあたりが完全に変化しなければ住む気にはなれない。
「ジャクリーンさん……これだけ食べて飲んだ後に見張りはしんどいでしょう。交代しますよ?」
「だいじょうぶ、ちゃんと考えてるよ。夜警のために抑え気味に食べたから」
「……あれで抑えていたのですか………」
いざという時に動けない、そもそも寝ている……そんな失敗はしたくない。みんなの命を預かるのだから、いつもより食べる量を少なめにしておいた。
「私も夜のために腹六分です。皆さん、安心してぐっすり眠ってください!」
「………やはり似ているな、お前らは。私たちの倍は食べていたように見えたが……」
ダイも今日は少食だった。みんなが寝る前に短く仮眠も取ったし、これなら完璧に仕事をこなせそうだ。
「……眠い………」
「眠いよね……冷たい水を飲もう」
どれだけ体調を整えてもやっぱり夜は眠い。暗殺者どころか動物の気配すらほとんどなく、とても静かで暗い。何も起きないのは当然いいことだけど、どんどんまぶたが重くなっていく。座って休憩することにした。
「周りに建物が何もない場所だからね……誰かが近づいてきたらすぐにわかる」
街中の宿屋よりもずっと安全だ。この街にいるうちはここを拠点にするのもよさそうだ。
「今日はダイのおかげで助かった。みんな負けてたけど、ダイがそれ以上に勝ってくれたからこんないい宿に泊まれたよ」
ダイも負けていたら旅の資金は早くも残り僅かとなり、転移魔法で追加のお金を取りに帰る必要があった。たった二日で何をやっているんだと怒られていただろう。
「こうしてジャクちゃんと二人きりになれたんだから勝ったかいがあったよ。二人部屋はまた今度ね」
のんびりときれいな月を眺める。自然とダイの手に私の手を乗せると、ダイは指を絡めてきた。ダイが積極的なのは私に対してだけで、他のみんな相手にはいまだに遠慮がちだった。
「いつか私の家族にも会ってほしいな。ジャクちゃんのこと、とても大切な人って紹介するね」
「そうだね……でもそのためにはむこうから私たちのところに来てもらうしかないよ」
魔王軍を捨てて私の側についたダイは魔界に帰れない。家族や私物も全て残したままだ。
「ジャクちゃんならぜんぶ解決してくれる気がするんだ。人間と魔族が仲良くなる未来もそんなに遠くないと思う」
それができれば最高の結果になる。ダイだけでなく皆が人間界と魔界を自由に行き来できるようになれば、互いに足りないものを補ってますます発展する。ただし平和を実現させるのは私ではなく大聖女のマキで、私はその協力をするだけだ。みんなそこを勘違いしている。
「ジャクちゃんと出会えたから私は今生きている。一人で敵のお城に取り残された時の恐怖と絶望……助けてくれたジャクちゃんが女神様に見えたよ」
「私と同じタイプに見えたから放っておけなかった。いっしょにいればいるほど、私たちがそっくりで気が合うってわかったよね」
「そう。ジャクちゃんは私の特別な人になった。だから………これをあげる」
何かを決意したような表情でダイが立ち上がった。そして背中の鎧、その一番下の部分を両手で掴むと、
「えいっ!」
「ダイ!?な、何を………」
一気にちぎり取ってしまった。血は出ていないし、全く痛そうにしていない。しかし取り外したと呼ぶには乱暴なやり方で、もうくっつかないかもしれない。
「いきなりどうしたの………えっ!?」
鎧の一部を手にしたダイは、それを私の胸に当てた。そして次の瞬間、更に衝撃的なことが起きた。
「あ!?は、入ってる!!私のなかにっ!!」
「……やった!成功した!」
ダイの鎧がゆっくりと入ってきた。あっという間に同化して、見えなくなった。
「異物感はないけど……ダイ!これは?」
「ひと欠片……あげちゃった。ジャクちゃん、右腕を防御したいと強く念じてみて」
「右腕…?やってみるけど………あっ!?」
私の右腕がダイの背中のように黒く光った。驚いているうちに元に戻り、消えてしまった。
「私たちダンゴムシのモンスター人間は、心から愛した人に背中の鎧をひと欠片渡す……代々そうしてきた」
「そこまで大事なものを……私に!」
「『いつでも私があなたを守る』……そんな意味がある。そしてこの儀式ができるのは生涯で一度だけ。また鎧を取って誰かに渡そうとしても、もう身体に入っていくことはないんだよ」
たった一回きり、二度目はない。ダイの愛はとても強く、深く、重い。これ以上ない贈り物を受け取った私は、嬉しさのあまりダイを強く抱きしめていた。
「ダイ……私も愛してる」
「私は一番最後にジャクちゃんの家族になった。でも……この思いの強さ、誰にも負けないよ」
同じタイミングで顔を近づけ、唇を合わせた。私たちががっちりと抱きあうと互いの胸の柔らかさが伝わってくる。ダイの身体はふわふわしていてとても気持ちいい。
「……好き、好き。大好き!」
「ぷはっ……私も熱くなってきたよ。ダイ………」
私たちを止めるものは何もなく、このまま突っ走ってしまいそうな勢いだった。ところがここで邪魔者が現れた。
「……足音がする。外の草むらのほうだ」
「近づいてくる。これは………」
真面目に見張りをしていてよかった。いや、今はたまたま休憩中だっただけだ。すぐに迫りくる敵を迎え撃つ態勢を整えた。
今年のG1こそオーカーン様の優勝が見たい!帝国解散の危機が迫っているだけに、ここはどうしても結果を残したいところ。




