アークへの山道の巻
「結界……!じゃあここから歩いていくしか!」
「この景色、見覚えがあります。目的の場所までおそらく一日くらいかかりますね」
ルリさんが数年前にこの道を通っているという。食べ物や水は用意しているから、歩いて一日ならこのまま行ける。
「いざとなったら転移魔法でビューティ家に飛べばいい。いつでも撤退できる」
「……それなら私は城に戻ります。結界による予定外の徒歩の旅などを報告しておきます」
聖女は一人で帰っていった。正真正銘、私たち11人の旅が始まる。
「ジャッキーを中心に、どこから攻撃が来ても対処できるようにしよう」
「隣には私がいるからね、ジャクちゃん!」
みんなが私を囲んでいるだけでなく、盾としてダイがすぐそばにいる。背中の鎧でどんな攻撃も防げるから、私はダイの後ろに隠れていればいい。
(………まるで王様だな………)
私を守る壁は強固だ。戦闘能力のないルリさんやラームと同じくらい大事にされている。確かに二人の次に私は弱いけど、さすがにやりすぎだと思う。
「山賊に魔物でしたっけ、闘魂軍の調査団を退けたのは?死角だらけですからいつどこで現れてもおかしくないですね」
「敵の数が多くても大聖女やマーキュリーの魔法で一掃できる。そこで倒しきれなくても私たちが直接叩く。打ち漏らしはないだろう」
私たちの倍以上の人数だった闘魂軍が撤退を強いられた。山賊や魔物はそれ以上の数で襲ってくるかもしれない。
「久々ですね。リングの上ではない戦いは。ルールなんてありませんし、生きるか死ぬかの殺し合いです」
審判はいない。反則はない。正々堂々の精神、カウント、魔法と武器の威力制限……それらも全てない。まさに『究極の実戦』だ。
「……早速か」 「はい。一度止まりましょう」
先頭を歩くサキーとトゥーツヴァイが合図を出す。敵の気配を感じ取ったようだ。しかし二人が合図を出す前に全体が止まり、いつでも戦える態勢になっていた。
(え?全然わからないんだけど………)
私は全く異変に気がつかなかった。変化を感じ取ることができていない。
「人間ですか?それとも魔物?」
「これは魔物の群れだな。敵意があるかは知らないが、近づいてくるのは確かだ」
戦闘要員の数に入っていないラームとルリさんはわからなくても仕方がない。私はそれじゃだめだ。
「えっ!?魔物の群れ!?ジャ…ジャクちゃん、とりあえず私の後ろに隠れて!」
魔物の血が流れているダイも気配を感じることができないでいた。この鈍さも私と同じか。
(まあ……半分以上が頼りになるならいいか)
私の無能ぶりを補って余りある最強のチームだ。戦いに負けることはもちろん、誰かが重傷を負う事態にもならないはずだ。
「……あれだ!一角獣の群れだ!」
「こっちへ……来なかったね」
向きを変えて森の深くに次々と走り去っていった。私たちと戦う気はなかったようだ。
「ファイヤーフラワーだ!火を飛ばしてくる!」
「……枯れてるよ。全部死んでる」
生きていれば強敵だったけど、死んでしまったらただの雑草だ。
「巨大な魔鳥が降りてきます!」
「………あそこに巣があっただけか………」
頻繁に人を襲う魔鳥でも、疲れていれば帰って休む。知性が低いぶん本能に忠実だった。
「冒険者の仕事で魔鳥の卵を取りに行ったことがあったよね。あの時も戦わずに終わった」
「親鳥がずっと留守でしたからね。しかしあのころのサキーさんは尖ってましたね」
思い出話をする余裕もできた。このまま平和な旅になってくれたらよかったけど、やはりそうはいかなかった。
「……あっちから何人か来る。旅人のようだ」
黒い服を着た男の人たちだ。荷物は少なめで、この距離から確認できるほど大きな武器は持っていない。商人や冒険家には見えなかった。
「アーク地方がどうなっているのか、聞いてみようか?」
「結界を張ってまで何かを隠していますからね……正直に話してくれるかどうか……」
仮にあの人たちが悲惨な現状を訴えたいと思っていたとしても、口封じされていてできないということもありえる。私たちのせいで人が死ぬことがないように、慎重に行動しよう。
「こんにちは!」
「こんにちは……」
先頭の人が挨拶を返してくれた。これなら世間話程度はできそうな雰囲気だ。しかしみんなは私が前に出ることを許さなかった。
「話がしたければ私たちがやる。そこにいろ」
警戒を続けている。何かあってからでは遅いのは確かだけど、そんな態度だと相手も心を許してくれない。情報収集は失敗に終わりそうだ。
「我々は家具職人で、材料の仕入れのために長旅だ。今は手ぶらだが帰りは大荷物で山越えだよ」
職人の中には自分の目で選んだ材料しか使わない人もいる。手間をかけてでも納得の一品の完成にこだわり、だから値段は高くてもいいものが完成する。
「で、あんたらは?なかなかの大人数だが」
「私たちは……」
適当な理由を作ろうとしていた時だった。突然サキーたちと話していた人の右手あたりが光った。そういえばポケットに手を入れていたような……。
「危ないっ!ナイフだ!」
「うおっ!こいつ!」
心臓へ一直線の突きをサキーが寸前で避けた。奇襲攻撃が失敗すると相手は後ろに下がり、全員がナイフや飛び道具を手にした。
「……お前らが噂の山賊どもだったか!」
「俺たちと違い大荷物で旅行か。当然金目の物もあるだろ?その荷物は全て置いていけ。服を脱いで装飾品も残らず外せ。命だけは助けてやるぞ」
最初にナイフに気がついたのは私だった。でもそれはちょうどいい距離にいたからだ。もし先頭に出て話をしていたら、家具職人だと信じていた相手の一突きで即死だった。危ないと誰かが叫んでも、サキーと違ってあんな華麗な避け方はできない。
「魔物よりも怖いのは人間か……」
「ジャクちゃん、私の後ろに!」
私の修行も旅の目的の一つなのだから、私だけで山賊たちを全滅させるくらいのことはしてもいいはずだ。しかしチーム・ジャッキーのみんなは私を一番安全な位置に下げて、戦いに参加させない構えだった。
横浜DeNAベイスターズ、いつになったら本気を出してくれるのかな?




