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大聖女の姉  作者: 房一鳳凰
第四章 強敵たちの襲来編
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魔王の招待の巻

「魔王だって!?」 「どこにいる!見つけろ!」


 マユとジュンの試合を魔王が観戦している。王様や大勢の兵士たちは、魔王はどんな姿をしているのかを見ようと必死になっていた。


「おいダンゴムシ、もしかしたら魔王は実体がないのか?」


「……いえ、そういう形で現れることもできるというだけです。仮の身体もいくつかあります。それでも私たち魔族なら確かにそこにいるとわかります」


 私たちが魔王の真の姿を知るのはまだ先になりそうだ。その時が来ないほうが平和な気もする。




「魔王様……」


「………」


 試合中だというのにジュンは片膝をつく。マユはその隙を突いて攻撃することはせずに、これから何が起きるのか様子を見ていた。


『廃墟リングに緊急事態発生です!我々には見えませんが、どうやら魔王が現れたとのこと!ジュンに加勢するつもりか!?』


 そんな反則をしなくてもジュンが押しているのだから手は出さないはずだ。観戦の目的はきっと他にある。




 皆が待っていると、とうとう魔王が声を発した。


「余のことは気にするな。試合を楽しもうとしているただの観客と思ってくれたらそれでいい」


 この声も本物かどうかわからない。寄生虫テンプターがショーを使って話していた時以上に違和感がある、不自然な声だ。


「わかりました……では魔王様、観客であるあなたが望んでおられる勝ち方を見せるのが私の役目!反撃など許さない瞬殺でも、徹底的に痛めつける惨殺でも!」


「うむ……それは任せる。虫組最強の戦士として、万人に強さを見せつける……それが余の望みだ」


 魔王が戦い方をあれこれと指定してくれたら、ジュンが本来の実力を出し切れなくなる可能性があった。マユに絶好のチャンス到来、とはならなかった。


 ところがこの直後、魔王からマユに機会が与えられることになる。この試合どころか未来に大きな関わるものだった。




「そして余が来た目的はもう一つ……スライム族のマユ、貴様に用がある」


「………私?」


 まさか自分の名前が呼ばれるとは思っていなかったマユは、反応が遅れた。


「そう、貴様だ。ジュンは貴様たちスライム族を下等な種族だと言ったが、余はそうは思わない。有能な者たちだって大勢いる……貴様のようにな」


 魔王から高い評価を受けてもマユの表情や態度に変化は薄い。現実味がなさすぎて、受け入れるのに時間がかかっているようだ。



「貴様はまだ若い。それでもその戦闘力と知性……上級と呼ばれる魔族を探してもなかなか存在しない。成長すれば魔王軍の中心的存在になれるだろう。余が保証する」


「……どうして今そんな話を?」


「ここでジュンに敗れ去り死んでしまうのは惜しい逸材だと言っている。貴様は生きるべきだ」


 魔王はマユの命を守ろうとしていた。しかしジュンに棄権するようにとは命令せず、しかも将来マユを自分の手下にする気でいる。そうなると……。



「マユよ、ギブアップしてこちらに来い。ジャクリーン・ビューティを捨て、これからは余に仕えよ」


「………なるほど………」


「貴様だけではない。スライム族全体の待遇を改善しよう。貴様が活躍すればするほど仲間たちの地位も高くなっていく……素晴らしい未来が待っているぞ」


 さすが魔王、魅力的な誘惑だ。世界中から優秀な人材を集めてきたやり方を見せられている。


「貴様も魔物なのだから、余を王とすべきなのは論ずるまでもない。ジャクリーン・ビューティやゲンキ・アントニオの下にいても真の力は発揮できぬ」


 これは魔王の言う通りだ。人間よりも魔族と親しくするのがマユにとって自然なことで、スライムについてよく知っている魔王のほうがマユをより強く、賢く育てられることは反論できない。



「魔王様がそう仰るのなら私は試合をやめても構わない。お前の棄権で決着したとしても我々の勝利、褒美を受け取ることができるのだから」


「うむ。続行したところでジュンの勝利は確実の流れだ。願いを叶えてやろう」


 マユがジュンと握手をすれば、その場にいる皆にとっていいことのように思えた。マユは敗色濃厚の戦いから解放され、自分と一族の地位を高められる。魔王は素質あふれる部下を手に入れ、ジュンは労せず幹部になる。普通に考えれば迷うまでもない。


「さあ、今日からお前も仲間だ。トメはこれからも私のそばにいるが、虫組の他の連中とはこれでお別れだ。直々に指導してやるのもいいな」


「………」



 なぜハチのトメだけを名指しで指名したのか気になるけど、そんなこと今はどうでもいい。マユがどんな決定をしても、私には悲しみしか待っていない。


(魔王軍に入ればマユは助かる。でも私のそばからいなくなっちゃう……また会えるとしてもその時は敵だ)


 私の命を狙う敵としてマユが目の前に立ったとしたら、私はきっと戦えない。自分の首を差し出すだろう。


(だけどもし断ったら……もっと最悪だ)


 私を選ぶかもう片方を選ぶか……これは以前ラームにも起きたことだ。しかしその時とは決定的に条件が違う。ラームの場合、私とオードリー族のどちらを選んでも大事に扱われた。今のマユは、私を選んだ瞬間勝ち目の薄い戦いが再開される。せっかくの招待を拒否された魔王たちはきっと容赦しない。


「………マユ!」


 究極の選択……のはずなのに、マユの表情は穏やかだった。そこに迷いは一切なく、自分の進むべき道をはっきりと決めていた。




「悩む必要もなかった。誰がどう考えても魔王軍に入ったほうがいい……意地を張ってもこのまま意味もなく殺されるだけで、何の得もない」


「そうか!では……」


 ジュンが右手を差し出した。マユも手を伸ばして握手……と思いきや、腕を掴んでそのまま投げた。


「ふんっ!」


「ぐっ!貴様……!」


 無警戒だったジュンは背中からマットに叩きつけられた。頭も打ったようで、ダメージは大きい。



「マユ……!つまりこれは!」


「それでも私はジャッキーさんから離れない!仲間を救ってくれたあの日から、一生この人のそばにいると決めた!そこに損得や理性はない……本物の愛とはそういうものだ!」



 マユは……私を選んでくれた。今まではかわいいだけだったマユが、とても格好よく見えた。


「………いいのか?お前の死が決まってしまったが。その爽やかさはすでに覚悟ができたからか?命を諦めるという覚悟が!」


「まさか。私は勝つ気で……いや、勝てる気でいる。魔王が私の潜在能力を引き出せるとしても、ジャッキーさんとの強い愛はもっと大きな力をくれるのだから!」


 マユの姿は眩しかった。死ぬ前の最後の輝きではなく、未来を切り開く明るい光のようだった。

 やっぱりEVILはEVILでした。しかしせっかく各スポーツ紙まで巻き込んだ改心騒動をこんな雑に終わらせたのは疑問です。両国まで待てなかったのでしょうか。

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