虫組最強の女の巻
虫組最強と言われる蜘蛛のジュン。六本の腕を持つモンスター人間の前に、マユが倒れた。
「セブン！エイト！ナイ………」
「ううっ………」
どうにか立ち上がった。まだまだ戦えそうに見えるけど、ジュンとの実力差があるのならかなり危ない。
『この廃墟リング、観客どころか審判もスタッフもいません！どこか遠いところからカウントが聞こえてきましたが……』
審判は別の場所で私たちと同じように試合を見ているのだろう。リングが無法地帯になることはないはずだ。
「……私以外は全員負けたのか。しかし大した問題ではないな。一人でも勝利すれば王冠は私たちのもの、そのルールを受け入れた時点でお前たちは負けていた」
「………」
「私が勝つのは決まっているのだから、残りの連中の結果など最初から興味はない。勝とうが負けようが、死なない程度にやってくれたらそれでよかった」
強がりではなく、本気で自分以外は必要ないと言っている。一応仲間の命を気にかけてはいるようだけど、戦力としては全く期待していなかったらしい。
「私は虫組のリーダー。六人の中で唯一魔王様に直接期待されている……そのことだけでわかるだろう？お前のような下等なスライムとは住む世界が違うと」
ジュンがゆっくりとマユとの距離を詰めてくる。マユは動かず、迎え撃つ構えだ。
「私がただのスライムと思ったら大間違いだ。私はスライム族でもエリート中のエリート！こんなことだってできる！」
『マユの全身が溶けていく！マットに薄いゼリー状になって広がる！』
スライムボディを自在に操るマユ。真っ向勝負よりも変則的な戦い方のほうがマユの実力が出せる。
「ほう……スライムらしい下衆な戦法だな」
「下衆かどうか……確かめてみろ―――っ！」
そのまま猛烈なスピードでジュンの足元に迫った。それでもジュンは何もしない。踏みつけることも逃げることもせずにじっと立ったままで、不気味だった。
『おおっ！？ゼリーがジュンの身体を這うように頭部を目指し……その顔を覆った！』
「簡単には剥がせない！窒息死させてやる！」
呼吸をさせない拷問技だ。スライムは弱い魔物だと油断していると痛い目に遭う。
「………」
さすがのジュンもギブアップ以外できることはない……と思っていたら、六つの手でマユを掴んだ。
「うっ……こいつ！」
「剥がせないだと？それは腕が二本しかないやつに言ってやれ。私は六本の腕、つまり三倍の力でお前を処理できる！」
簡単にマユを引き剥がし、地面に投げ捨てた。
「これがエリートの技か？期待外れもいいところ……」
「まだ私の攻撃は終わっていない！てやっ！」
マユも簡単には諦めない。空中で元の姿に戻り、ジュンの身体に飛びついた。
『複雑な立ち関節技だ！とても柔らかいスライムならではの攻撃でジュンを攻める！』
才能溢れる動きだ。マユなら将来は私よりもずっと強くなれる。しかし今はまだパワー不足という弱点があり、しかもジュンの六本の腕を全て封じるのは至難の業で……。
「甘い！」
「がっ………！」
たった一本でも自由にしてしまえば反撃が待っている。重いパンチが何発も叩き込まれ、マユは技を解くしかなかった。
「くっ！」
「この程度なら私は技を使うまでもなく完勝できる。しかしそのせいで私に勝てると勘違いする雑魚が挑んでくるのも面倒だ。人間界、そして魔界に、蜘蛛のジュンの恐ろしさを見せつけてやろう！」
ジュンの腕は三組ある。そのうち一番上にある二本の腕から白くて細い、糸のようなものが飛んできた。
「ぐっ……これは……蜘蛛の糸！」
マユは動きを封じられてしまった。蜘蛛の巣に引っかかった虫のように、じたばたしても脱出できない。
「動けないだろう？これで防御も回避も不可能！」
身体能力、六本の腕、蜘蛛としての特技……全てが優秀だ。マユ以外の誰が戦っても大苦戦は確実だ。
「うあっ！！」
『ジュンの強烈なキックが決まった！リングの外まで飛ばされたマユ、立ち上がれるか！？』
あまりに威力が強すぎたから、糸が切れて自由になったのは助かった。でも今のマユを見ると、どちらでも迎える結末は変わらないような……。
「……ジュンさんに弱点はありません。私たち虫組が今回の大役を任されたのもあの人の力によるものです」
仲間が圧倒的有利だというのに、ダイの表情は冴えない。実はジュンのことが嫌いで、その活躍が気に入らないというわけではないはずだ。
（マユが心配で仕方がないんだ……）
どこまで人がいいのだろう。ジュンが勝てばこれまでの劣勢を一気にひっくり返して決着、ダイもその恩恵にあずかれる。それでもマユの苦しんでいる姿に心を痛めてしまうのがダイだ。
「このままそっちが勝てば……虫組は魔王軍で出世できるんだっけ？マヌーやサリーは願いが叶うとか言ってたよね……」
「はい。幹部になれば魔王様から受ける祝福もこれまでの数倍。小さなわがままくらいなら聞いてもらえます」
「ふ〜ん……」
マヌーを大金持ちにする、シロを普通の人間みたいにする……魔王にはそれを簡単に実現させる力があるのだろう。ただし、できる力があってもやる気がなければ意味がない。
（怖がらせたらかわいそうだ……黙っておこう）
うまく利用されて、用が済んだら捨てられるのは人間の世界でもよく聞く話だ。まずありえないけど、魔王が人間の支配者よりも誠実で優しければ約束を守ってもらえる。
それにもしマユが勝てば、虫組の願いが叶うことはない。マユは場外でぎりぎりまで休んでからリングに戻り、劣勢が続いてもとても冷静で、まだ諦めていないところを見せてくれた。
『場外カウント１９でリングに復帰！悠然と待っていたジュンと再び睨みあう！』
「私たち以外誰もいない場所でも完璧なカウントができている……他のリングの様子が同時に確認できた石に続き、魔界の技術には驚かされる」
「そんなものに感心している場合か？試合に集中しなければただでさえ薄いお前の勝機は………」
マユと話していたジュンが突然リングの外をきょろきょろと見回し始めた。試合に集中しろと自分で言ったばかりなのに、別の何かに意識を奪われている。
「……ここは寂しい廃墟、観客なんて試合が終わるまでいないはずだったが………」
ジュンに少しだけ驚きや戸惑いの様子が出たのも仕方ない、超大物が観客としてやってきていた。
「え？相変わらず誰も………っ！？」
「お前も魔族だ。姿は見えないが、あの方がここにおられることを確かに感じられるだろう？」
廃墟のリング唯一の観客、その正体は………。
「世界の偉大なる支配者、魔王様！まさかあなた様が来てくださるとは……！」
バウアー抹消？オースティン欠場？強すぎるDeNAにとっては丁度いいハンデです。フルパワーで雑魚と戦うと相手を壊してしまうので、自分で戦力の調整をしなければいけません。本気でやれば全勝優勝なのですが、セ・リーグを盛り上げるためには多少のサービスが必要です。
