タイガー家の娘の巻
私の家へ向かう道では、あえて三人を先に行かせた。サキーと二人の関係があまりよくないように見えたから、ここで距離を縮めてもらうのが狙いだ。もちろん悪化するようなことがあればすぐに止める。
「お前たちではジャッキーを守れない……あいつに抱きついて破廉恥な真似をして媚びるだけしかできない」
「いや、そんなことはありません。ぼくは小さくなれますからジャッキー様の服や装備品に身を潜め、ピンチになったらすぐに元の大きさに戻って代わりに攻撃を受けることができます」
「私もこのボディは攻守自在、ジャッキーさんの剣にも盾にもなれます。それとサキーさん、破廉恥な考えを持っているのはあなたではありませんか?ジャッキーさんに婚約者がいないと聞いた途端にこれですから」
私は三人の会話の内容が聞こえないくらい離れて歩いている。三人が仲良くなるなら私への愚痴や悪口でも構わない、でもその中身は聞きたくない。そんな臆病な気持ちがあるから離れていた。
「馬鹿にするなっ!いいか、私はお前たちやこの辺りの連中とは違う!『そういう行為』は結婚した者同士のみが許される!」
「………」
「手を繋ぐくらいならいいだろう、しかし口づけや深く抱き合うことを軽々しく考えるな!ましてやその先など!私の清い思いを汚すなっ!」
突然サキーが大声になったからこれだけは聞こえた。こんなことを叫ぶに至るまでどんな話をしていたのか気になって仕方ない。
「だからぼくたちは何も言ってませんってば」
「やっぱり怪しいなぁ」
「………よし、お前ら。ジャッキーを守る力があるのか私の剣で試してやる!」
これ以上は危ない。今日はここで終わりにしよう。すぐに割って入りサキーが剣を振るうのを思い留まらせた。
「久々だな、ビューティ家も。国からの支援で昔よりかなりの豪邸になっていると聞いたが……ん?門のところに誰か座っているぞ」
「あっ……またいるよ」
遠くからでも私にはわかる。あれは私の元婚約者だ。昨日も来ていたらしいのに熱心だな。
(でも一人しかいない。それに何か雰囲気が……)
彼が父親や従者も連れずたった一人で来るなんて記憶にない。何かあったのかもしれない。サキーたちを追い越して私が先に話しかけることにした。
「………こんなところで何を……わっ!」
「ああ、ジャクリーン様!お会いできて嬉しいです!」
いきなり抱きついてきたからびっくりだ。こんな激しい人じゃなかったはずだ。前に会った時より声が大きくて……というより声そのものが違う。顔もすぐ近くで見ると、よく似てる別人だ。
「あ、あなたは誰ですか!?私の婚約者だった『ノア・タイガー』さんじゃない!」
タイガー家の長男ノアに見せかけて私に近づく理由は何なのか。私がこの偽者から離れて問い詰めると、結んでいた髪の毛を解いて上半身の鎧を脱いだ。
「失礼しました。わたくしはノアの妹、『ルリ・タイガー』です。ジャクリーン様に嫁ぐため、参上いたしました」
「え………え?」
男装していたのはルリという女の人だった。昔会ったことがあるような気がするけど、挨拶程度でほとんど覚えていない。破棄した婚約を復活させるためにタイガー家の人間が来た時もこの人は当然いないし、話題になることもなかった。
「おいジャッキー!誰だその女は!」
「うーん、私もよくわからないんだけど……」
「そんな人と抱きあってたんですか?しっかりしてくださいよ、ジャッキー様!」
サキーたちも追いついてきた。見た目だけで判断するのは危険だけど、美人なルリさんはどこかのお嬢様で、戦闘能力はないも同然だ。警戒しつつも武器を向けたりすることはなかった。
「タイガー家のあなたがどうして一人で?」
「兄に代わり、私がジャクリーン様と結婚したい……そう思い家を飛び出しました。ですからこれはタイガー家としてではなく、私自身の考えでの行動です」
兄が駄目なら妹で、そんな単純な話ではないはずだ。あの家にはまだ兄弟が何人もいて、わざわざ女の人を用意するはずがない。それに私たちはノア・タイガーではなくタイガー家そのものとの交渉をほぼ打ち切っている。となるとこの人の言葉に嘘はないと思っていいのかもしれない。
「私なんかに嫁ぎたいだなんて物好きだね……」
「奴隷の方々や貧しい子どもたち、それに動物や草木といった弱いものに対する優しさと愛を見て、聖女とはこのような方のことを言うのだと確信しました。皆さんもそこに惹かれてジャクリーン様のそばにおられるのでしょう?」
そんなまさかとみんなのほうを見ると、三人とも深く頷いていた。「わかってるじゃないか」って顔で。
「そうです。もしジャッキー様が憐れみ深い方でなければ……ぼくは奴隷商人の手で死んだほうがましな場所で一生を終えていました」
「自分の損得を抜きにして見ず知らずのスライムを助けたいと走る姿に私は感動して、こうしてお仕えしています」
家族以外に褒められるのは慣れていないから、嬉しいのにこれ以上はやめてほしいという気持ちになる。照れくさくて言葉が出ない。
「お前の意見には同感だ。しかしルリ・タイガーとやら、ジャッキーもビューティ家もお前たちタイガー家をすでに見限っている。お前なんかお呼びじゃない。早く自分の家に帰るんだな」
サキーが私とルリさんの間に入った。反論は受けつけないという感じだ。一方のルリさんもすんなり引き下がる気はないようだ。ところが、
「………!?」 「こ、この禍々しい気配は……」
サキー以上にタイガー家に憤っている存在の登場で空気は一変した。皆がその場で凍りつく。
「あれあれ〜〜〜?お姉ちゃんを捨てたくせにまた婚約したいとか言ってる、低俗で吐き気がする家の人が来てる――――――っ!」
「だ、大聖女………」 「………っ!」
「命がいらないのかな?これ以上生きていたくないのかな?だったらわたしが救済してあげるよ。灰すら残さないからお墓もいらないよ〜〜〜っ?」
マキがゆっくりと近づいてくる。今にも攻撃魔法を放ちそうで、怒りを隠していなかった。
初代タイガーの指導に耐えられる現代人はどのくらいいるのでしょうか?




