邪道オニタの巻
マキが旅立った翌日、私は街にいた。ちょっとした買い物だけでもお父さんたちはとても心配して、護衛のために戦闘力の高い奴隷を連れていくように言う。私が断っても無理やりつけてくるから、一人で外に出るなんてことはない。
「お嬢様、私のぶんは自分で払いますから」
「いいって、遠慮しないでよ」
富豪や貴族の下で働く人間は奴隷と呼ばれ、その仕事内容や待遇はまるで違う。自分や家族の借金だったり、悪い商人に捕まり捕虜として売られたりする人もいれば、自分から雇ってくれと売り込みにくる人もいる。私の家に来た奴隷たちは全員国が用意した精鋭だから、優秀な仕事をするし性格もいい。
「それではお言葉に甘えて!これいただきます!」
「一番高いやつか……でもいいよ、しっかり食べてね」
今日私といっしょにいるのは剣術の達人『プダン』さん。国でも五本の指に入るほどの剣士で、剣だけで一度に十人を相手にできる強い女性だ。
「最初から持ってる才能や与えられたスキルだけじゃない。毎日欠かさず訓練を重ねているから進化し続けている、素晴らしいね」
「ははは……努力次第でいくらでも強くなれますよ」
「それは頼もしいな。だったら私にもできるかな?期待外れの出来損ないの私でも努力すれば……」
「もちろん、やる気さえあれば。しかしご主人様たちがお許しになりますかね?ジャッキーお嬢様が厳しい鍛錬を重ね己をいじめ抜くことを」
特訓をやるとしたら誰にも見つからないようにこっそりやるしかなさそうだ。バレたらすぐに止められて部屋に軟禁される未来が見える。
「ま、お嬢様が戦う機会はありませんよ。家にはご主人様と奥様、何より私がいます。王国にも優れた兵団と妹様を中心とした聖女たち、腕のある冒険者たちがいるのですから」
「そうなんだけど………ん?騒がしいな」
食事を終えて店の外に出てみると、みんなが大慌てだった。着飾った婦人たちも全力で走り、次々に店が閉まっていく。あっという間に街は静かになった。
「どうしたんですか、これは」
「あ、ああ!あんたたちもすぐに家に帰れ!見張りの知らせではあと一時間もしたら魔物が襲ってくるらしい!くそっ、最近は平和だったから油断した!」
確かにここは魔物たちのいる森がすぐそばにある。普段なら兵士たちが警備しているのに、ずっと静かだったせいで別の任務に向かっていた。
「一時間!?それでは今から助けを呼んでも間に合わないではないか!敵は大群なのか!?」
「いいえ、一体だけのようです。しかし高い所から見張りをしている者の報告では、20人はいたどこかの冒険者チームを壊滅させたそうです!その勢いでこのまま街に向かってきます!」
「そうか………見渡す限り、どうやらそんな魔物と戦える力があるのは私だけのようだ。しかし私にはお嬢様を守るという任務がある。共に安全な場所に避難しなければならないが、そんな魔物に街に居座られたら……」
その魔物がただ強いだけの野良ならまだいい。もしとても賢くて魔族の幹部級だと大変だ。一気に攻め込まれてこの街が王国侵略のための拠点にされる。情報が足りないからどう対処すればいいかもまだわからない。
(魔族の領土が広がれば……私たちの家も危ない!)
王国への忠誠心なんてものは持っていない。私が第一にしているのは、愛する家族の幸せだ。もちろん私たちのために働くプダンさんたちも。
「お嬢様!私はどうすれば……」
「いっしょに戦おう!それなら私と離れなくていいから護衛もできるでしょ?足手まといにはならないよ」
「なっ………」
そのためにこの命を使う。それが私の生きる意味だ。
「い、いやいやいやいや!それは駄目です!あなたは……」
「必ず役に立つから。私を信じて」
私がいくら言っても納得してもらえるわけがない。それでも粘り強く訴えようとしていると、思わぬ形でそれは終わった。
「……あ、あれっ!?もう来ちゃった!?」
「一時間って言ってたじゃないか!くそ、あいつを入れるな!絶対にまたがせるな!」
魔物の足が速かったのか、見張りの考えが甘かったのか……すでに魔物は街の入口まで到着していた。街の人たちはほとんど逃げたから私とプダンさんの二人で迎えた。
「……何だお前?ここは人間の住む場所だ」
「俺の名前は『オニタ』!この街を俺のものにする!俺には仲間なんかいない。一人で征服してやる!」
「おい、そこをまたぐな。またぐなよ、またぐな」
人型の魔族で、会話ができるのだから知力は高い。門が開いていても外で待っているのは魔物にダメージを与える聖なるバリアを警戒しているようだけど、実際にはない。血の流れる棍棒を持っていて、直前に倒してきた冒険者たちの血か。
「俺は強い相手と激しい戦いがしたい!目的はそれだけだ!街を支配すればお前らの王は俺を倒すために強い戦士を遣わすだろう!もしくは魔王軍が俺を仲間にしたいとスカウトしに来て、強敵との戦争に連れて行ってくれることもありえる!」
このオニタは戦闘狂か。お金や名声に興味はない。戦いそのものが好きで、満足できれば負けてもいいとすら考えている。
「そうだ、この国には大聖女がいるそうじゃないか!そいつと殺し合いたい!今すぐ呼べ、それまで待ってやる!」
「…………!」
大物との戦いが望みならマキを求めるのは当然か。普通に戦えばマキは勝てる。でもこんな危険な魔物だ。邪道な攻め方で思わぬ一撃を食らい、一生残る傷を負うかもしれない。姉として妹を守るために私は覚悟を決めた。
O仁田は死ぬまで引退しないでしょう(何回もしてるけど)。