愛と血の果てにの巻
『サキーの剣が一刀両断!大量の血で確認できませんが、おそらくシロを真っ二つに……』
シロを仕留めてもサリーが残っている。この一撃で力を使い果たしたサキーが格下相手とはいえどこまで戦えるか……そんな心配はいらなかった。
「あれ………?」 「あっ!!」
「……………」
幕切れは突然だった。ようやくリングの様子がしっかり見えたと思ったら、倒れていたのはサリーだった。すでに血溜まりができているほどの出血で、試合続行は不可能だ。
「サリーさん!サリーさんっ!!」
『この試合はサキー対サリー!テイマーのサリーが動けなくなった以上、シロがどれだけ元気でも意味がありません!』
左肩から腰のあたりまで裂けている。リングでは攻撃魔法と同じように剣の斬れ味がかなり抑えられている。それなのにこの傷なのだから、サキーは超一流だ。魔族たちもその強さに言葉を失っていた。
「試合終了!チーム・ジャッキー……サキーの勝ち!」
『やりました!二対一の戦いを乗り越えて勇者が最後に大逆転!敵地の審判や観客もサキーの勝利を認めるしかありません!』
魔王軍の選手が負けた怒りで暴動になり、サキーが襲われるかもと試合前から怖かった。しかし実際に終わってみると何も起きず、とても静かだった。
「あれだけ期待させておいて負けるなんて……ただの人間と虫ではこんなものか?」
「実力も魔王様への忠誠心も足りなかったようだ」
次々と席を立ち、どこかへ去っていく。ヤジや物投げもなく、一切の興味を失っていた。
「サリーさん!そんな……血が止まらない!」
治癒魔法や回復薬で助けてくれる人はいない。敗者を冷たく扱うのが魔界の常識のようだ。
「悪いが私もお前を助ける術は持っていない……もうすぐお前はここで死ぬ。潔く受け入れることだな」
「……ひ……一つ聞かせてくれ。最後の攻撃……私がこうするとわかって……いたのか?シロをかばって深手を負うと………」
「………お前たちの愛は本物だ。自分の命よりも大事な相棒の危機となれば、考える前に身体が動くだろうと思っていた。私もジャッキーがやられそうになったら……同じようにしていたからな」
それだけ言うとサキーの姿が消えた。審判たちもいなくなった今、サリーとシロだけがリングに残された。
「……戻ったぞ、ジャッキー!」
「おかえりサキー!早くこっちへ!」
近くで見るとサキーの傷は想像以上に酷かった。すぐに魔法で癒やし、兵士たちにお城の備蓄薬をたくさん持ってきてもらった。
「フフ……どんな魔法や薬よりも私に元気を与えてくれるのはお前そのものだ。ジャッキーと話し、その身体に触れているだけで失われた力が蘇ってくる」
死闘を制した直後で、傷は治っても疲れ果てているはずだ。それでも横になる気配はなく、私と抱きあうことで疲れが吹き飛んでいるようだ。特に何もしなくてもサキーを癒やすことができるというのはうれしかった。
リング上には、死を待つばかりのサリーとその手を握っているシロがいる。私たちにはどうすることもできない。
「シロ………わ、私の血を……飲み干せ!そうすれば……お前は普通のモンスター人間として生きていけるはず!私たちが最初に出会った日のように……この血を使って生き続けろ」
「……………」
「シロが私の体内で生きてきたのだから……今度は私がシロの血の一部となってこれからも共に………」
新たな形の二人で生きる道、それをシロは受け入れなかった。泣くのをやめて、何かを固く決意した顔をしていた。
「いいえ………逆です。サリーさん!今までいただいた私の血………お返しします!」
自分の手首をサリーの剣で斬った。血が勢いよく流れ落ちてサリーの傷に触れると、驚くことに傷が塞がり治っていった。血そのものもサリーに吸い込まれていくように見えた。
「や……やめるんだ!そんなことをしたら……せっかくここまで大きくなったお前の身体が!」
「あなたがいない世界で自由に生きても、きっと面白くないでしょう。なんの変哲もない蚊だった日々と変わりません。これからもいろんな思い出をサリーさんと作るために………」
シロがどんどん小さくなり、私たちからは見えないほどになった。おそらくそのへんを飛んでいる蚊と同じ大きさになってしまったのだろう。
「どれだけ待つことになっても、いつかは……」
「そうだな……私たちの愛がきらめいている限り、この遥かな夢は消えやしない……」
サリーの左手が元に戻り、シロは消えた。この二人なら一からのスタートでも、きっと幸せな結末にたどり着くと確信した。
「おい、ダイとかいったな……その席を譲ってもらおうか」
「は、はひっ!?ど……どうぞ」
私の隣に座りたいサキーは鋭い目つきでダイに迫る。これはお願いではなくほとんど脅しだ。
「すまないな……さあジャッキー、残りの試合も僅かだが、あいつらを応援しよう」
「うう……椅子が一つもない。どうしよう………」
強制的に席を奪われたダイは、次に座る場所が見つからずおろおろしていた。ところがその直後のダイの行動はとても大胆だった。
「とりあえず……失礼します。えいっ」
「えっ………?」
ダイが座ったのは、なんと私の膝の上。すっぽりと収まってしまった。ダイの背中はダンゴムシの硬い部分で、つやつやしていて触り心地がいい。
だからそこはいいとして、問題は下半身だ。ダイの柔らかいお尻の感触がはっきりと伝わってきて、もし私が男だったら大惨事になっていた。
「えっと………」
「ああっ!!ご、ごめんなさい!お母さんやお姉ちゃんによくこうして後ろから抱きしめてもらって……ジャクリーンさんといると心が安らぐからつい………!あああああ〜〜〜っ………」
恥ずかしさの限界を超えてしまったようで、ダイは丸まったまま動かなくなった。顔も手足も完全に隠して、自分だけの世界に逃げている。
「……わかったわかった。無理やり席を奪おうとした私が悪かった。私はそこに立っているから、お前はそのまま座っていろ」
ついにサキーが折れた。ダイを私のそばから離し、椅子の上に乗せた。しばらくするとダイは身体を伸ばし、申し訳なさそうにしながら観戦を再開した。
「……強敵だな、あの女」
「はい。ジャッキー様との距離をこんなに早く詰めるなんて………これ以上はなんとしても阻止しないと」
サキーたちが後ろのほうで会議を始めた。話の内容は聞こえないけど、魔王軍との戦いとは全く関係ないことなのはわかっている。まだ試合は全部終わっていないのだから真面目にやってほしいものだ。
横浜DeNAベイスターズ、開幕戦勝利!あの対戦相手なら勝って当然ではあるのですが、やはり嬉しいものです。日本一のチームに隙はありません。オースティンはファンをヒヤヒヤさせるのをやめてもらいたいと強く願います。




