自由な大聖女の巻
「お喋りも楽しいけど、お前がどんどん傷ついていくほうが面白い。お前が死ねばラームも希望を失って、大人しく僕たちについてくるだろうからね」
「………」
「ラームだけじゃない。ここにいる連中はみんなお前のことが好きらしい。そのお前が僕の前に何もできず醜態を晒して負ける……いい景色が見れそうだなぁ!」
イチワンの攻撃が続き、私は相変わらず防戦一方だ。体力は無限でも防御力は並、それなら大技を決めて一撃で仕留めてしまえばいい。
(さっきみたいにまた足を掴んで……)
今度はそのまま決めにいく。スーパー闘技大会の決勝でマーキュリーを倒したあの技を出そうと考えた。
(………隙が全然ない……)
ところが猛攻は止まらず、技どころではない。反撃よりも逃げることを考えないと危なくなってきた。
「どうすれば……あっ!」
「ジャッキー!助けに来たぞ!」
サキーが走ってきた。ナナチーを振り切ってリングの端に立ち、手を伸ばした。
「よく頑張った、交代だ!」
「ありがとう……それっ!」
『勇者サキーがジャッキーのピンチを救った!自軍の陣地のすぐそばで戦っていたおかげで難なく交代できたのも幸運だ!』
無事タッチが成立した。そのことに気がつかないのか、イチワンは私への攻撃を続ける。しかしすでに試合の権利を得たサキーはリング内に入り、イチワンの背後に迫っていた。
「いだっ!い、いつの間に……なんて卑怯なやつ!」
イチワンの後頭部に強烈な肘打ちを食らわせ、私が外に逃げられるようにしてくれた。
「お前が気がつかなかっただけだろう!ジャッキーを好き勝手攻撃してくれたが、最低でも百倍のダメージが返ってくると覚悟しろ」
このチーム唯一の不安要素である私が下がり、あとは勝利に向かって突き進むだけだ。
「ぐあっ!うぐ!」
「まだまだこれからだ!大罪を償ってもらうぞ!」
相手が子どもでもサキーは容赦しない。私を楽しみながら殺そうとしていたのだからそれも当然か。
「イチワン、ここは代わろう!さあ!」
「逃がさん!裁きは始まったばかりだ!」
ナナチーが必死に手を伸ばし、イチワンがタッチをするために戻ろうとするも、サキーはそれを許さない。このままイチワンを徹底的に痛めつけるようだ。
「ぐっ……勇者と呼ばれるくせに残虐なんだな」
「フン、ジャッキーに危害を加えるやつ相手にはやりすぎということはない。仮にそのせいで勇者の地位を剥奪されたとしても構うものか!」
つい最近勇者として目覚めたサキーだ。苦労の末に手に入れたというものでもなく、固執している様子はなかった。
「しかしジャッキーはお前の死を望まないはず。あいつは優しいからな……だからギブアップすれば命だけは助けてやる」
「だ…誰がギブアップなんか………」
サキーの攻撃は激しさを増す。頭部に打撃を集中させて、イチワンは今にも倒れそうだった。本人が諦めなくても審判が試合を止めて決着、その結末も近い。
「そこまでです!」
「こいつは……うっ!」
トゥーツヴァイがタッチをせずに入ってきて、サキーとイチワンの間に割り込んだ。横から体当たりを受けたサキーは動きが止まってしまった。
「この!出てけ!」
『ジャッキーがトゥーツヴァイを排除する!しかしこの隙にイチワンとナナチーの交代が成立、ダウン寸前のイチワンは命拾い!』
あと一歩で勝利が逃げていった。トゥーツヴァイの行為は反則だけど、審判が5カウントを数える前にやめれば負けにはならない。最初からそばにいたナナチーが外で待っていたのは、自分が救出に失敗したら誰も交代できなくなるからで、イチワンが自力で脱出するかトゥーツヴァイが来ることに期待したのだろう。
「おい!なぜそいつを抑えておかなかった!?」
だからここで問題なのは、マキがトゥーツヴァイを放っておいたことだ。権利のない選手が入ってくるのは珍しくない話で、それを許さないのも大切な仕事だった。サキーが怒るのも当然だ。
「いや……大聖女の力を奪われているんだったな。それなら仕方ないか。マキナ・ビューティ、加護を取り戻さない限りお前は足手まといだ。下がれ」
今のマキでは最低限のサポートもできない、それを思い出したサキーはすぐに平常心を取り戻した。私はあの程度でマキが無力になるはずがないと思っているけど、無理はさせられない。
「まだお姉ちゃんが活躍していないからね。このままヘボ同士で試合が決まっちゃったらつまらないよ。ちょっとはゴミにも見せ場をあげないと!」
いや、これは確信犯だ。あえてトゥーツヴァイを見逃して勝負を終わらせなかったんだ。
「さっきまでトゥーツヴァイと場外で戦っていたみたいだけど、強かった?」
「あいつ?ああ、雑魚だったよ。あんなのいつでも倒せるから、お姉ちゃんの好きな方法でやろうね」
勝ち方を選べるとマキは言う。それならあのままサキーにイチワンを倒してもらって終わりでよかった……と思ったけど口には出さなかった。そんな情けない弱気な言葉でマキやみんなをがっかりさせるわけにはいかない。
「ぐっ……こいつ!」
「………」
リングではサキーが苦戦していた。箱のように四角になって防御するナナチーには、打撃も剣も効いていない。
『完璧な守り!これは崩せないか!?』
何か弱点はあるはずだ。魔法への耐性はあまりない、能力が解除される条件がある……時間をかければいつかは見つかるかもしれない。
「私を守備専門の壁だと思うな。お前たちの仲間を一撃で倒した破壊力を忘れたか?」
「………!」
『右手の形が変わった!鉄よりも硬い拳でパンチを振り回す!サキー、たまらず後退!』
ナナチーが守るだけなら弱点を探す余裕もあった。ところが攻撃も一流となると、その場を凌ぐのが精一杯でそれ以上は難しい。私の攻撃魔法は三流以下で、マキも大聖女の力が封じられているせいで威力の高い魔法は使えない。
誰が出ても私たちの劣勢は避けられない、皆がそう思っていた時に動いたのはやっぱり………。
「サキーさん、代わるよ」
「……!し、しかし……」
マキが手を伸ばした。私以外はどうなっても構わないマキがわざわざサキーを助ける理由はなんだろう?
「そいつを倒す方法がわかったから。カスのくせに道徳すらない腐った連中……お姉ちゃんのためにもまずは一人消しちゃおうか」
私はいくら考えても攻略法が思いつかないし、サキーも苦しくなっていた。ここはマキに頼るしかなさそうだ。
ラーメンマンは高潔なる拳法家。美来斗利偉・拉麵男は狂人




