大物、イチワンの巻
イチワン……①
敗れた仲間たちを小馬鹿にしながらリングに上がるイチワン。いろんなところにまだ子どもらしさが見えた。
「僕はまだオードリー族として本格化を迎えていない。それでもこんなに強いんだから、将来は歴代最強の戦士になれる!それが君たちにはわからないかな?」
私たちはどう反応すべきか困った。わからないかな、と言われてもわからないに決まっている。イチワンの名前すら今知ったばかりだ。
「彼女の才能は本物ですよ。無事に成長すればオードリー族の歴史で最も強い者になる見込みがあります」
トゥーツヴァイがイチワンの素質を認める。彼女以外のオードリー族たちの様子からも、将来有望な少女であることは事実のようだ。
「その言葉の正しさ、私が確かめましょう。自信過剰な若い者を煽るために褒め殺すというのはよくある話ですからね」
「……フランシーヌ!」
チーム・ジャッキーで最後に残ったのはフランシーヌだ。イチワンと戦うためにリングインした。
「子どもだからといって手加減はしませんよ。あなた自身がその必要はない強者だと口にしたのですから」
「手加減かぁ……僕もできないかも。元の姿がわからないほどひどい死体になるだろうから、今のうちに謝っておくよ」
ここまでの戦いで死者はいない。しかしこの試合はどちらかが死ぬことでしか決着はない……そんな空気になってきた。
「もしあなたが本当に歴代最強になれる可能性を秘め、後ろの方々もそれを信じているのなら、今回の強奪事件を起こした意味がわかりません」
「………」
「ラームさんがいなくても、あなたがいればいいではありませんか。成長したあなたを中心に一族を再生すればいい……違いますか?」
フランシーヌの指摘は鋭かった。この七人は捕まったり命を落としたりする危険を顧みず、強引な手段に出た。イチワンではなくラームにしかできない何かがある。
もしくはイチワンが実はそこまで大した人物ではなく、いい気分にさせるために周りが持ち上げているだけか。どちらだとしてもラームより下の存在なのは確かだ。
「オードリー族とはどんな連中なのか、その歴史や現状も一通りやつらが自ら話した。だが……」
「どうしてラームの力が必要で、どんな方法を使うのか、それをまだ詳しく聞いていないね」
私にとって一番大事なのはそこだし、観客たちもずっと気になっていた。そしてイチワンによって、オードリー族の野望が明らかになった。
「………そこのラーム、こいつが特別な存在なのはトゥーツヴァイたちが話したはずだ。いずれぼくたちの能力全てを使いこなせるようになる。そして一族を世界の支配者とする……忌々しいことだけどね」
「自分が英雄になりたいと願うあなたにとっては屈辱でしょうね。しかしラームさん一人でそこまでできるものなのですか?」
たった一人で滅亡の危機を救い、しかも世界で一番の勢力にする……ラームがどれだけの力を秘めていたとしてもそれは厳しい。
「一人……?それは違うな。教えてあげるよ、どうせお前らは全員死ぬんだから隠す必要もないんだし」
ラームと七人が力を合わせるのか、それとも世界にはまだラームのようなオードリー族がいるのか……いろんな予想が会場内で飛び交ったけど、彼女たちの計画はそれらを遥かに超えていた。
「そいつと同じような『完璧なオードリー族』がたくさんいればいい。だからそいつにはたくさん子どもを産んでもらう。戦闘力や政治力じゃない……繁殖に期待している」
「………は?」 「え?」
「母親の能力や素質を確実に子どもに伝えられる男を見つけた。不純物が混ざることなく特別なオードリー族を増やせる」
そんな男の人がいるのか。もしその話がほんとうなら、勇者や大聖女すら珍しい存在ではなくなる。
「……まだこの目で見たわけじゃないけど、たぶんいける。きっと一族を導くにふさわしい子どもが産まれるはず。もし力を引き継げずに失敗しても傷つくのはそいつだけだと思うから、躊躇う必要はない」
イチワンも詳しいことはわからないようで、『たぶん』や『はず』といった言葉を何度も使っている。こんな不確実なものに頼っていいのか、私たちのほうが心配になった。それほどオードリー族は苦しいのだろう。
もちろんこの怪しげな計画でラームを犠牲にするなんて許されない悪行だ。全力で阻止すべき理由が増えた。
「ちなみに……その男はどんなやつなんだ?」
「……頭がつるっつるの、ふとっちょのおっさんだよ。腹がでっぷりとしてる。『種付けおじさん』とか呼ばれているそうだ」
かなり高齢のようだ。まあ若くて見た目がよかったとしても、ラームを渡す気にはならないけど。
「ジャッキー様!ぼくはどんなことがあってもジャッキー様との子どもしか産みません!」
ラームの叫びが聞こえてきた。私以外の誰か、それこそふとっちょのおじさんと無理やり……なんてことになったら自ら命を絶ってしまいそうだ。
「絶対に助けるからね!」
「はい!信じています!」
スーパー闘技大会の決勝よりも大事な戦いになった。ルリさんが用意してくれた最高級の布で汗をふいて、いつでも戦える態勢を整えよう。どんな手を使っても勝つ、そう決意した。
「試合開始っ!」
『一回戦の最終戦が始まりました!この試合をチーム・ジャッキーのフランシーヌが勝てば、4対2というかなり有利な状況で決着戦に臨めます!』
二人も多ければどんな試合形式でも私たちが勝てる。最悪引き分けでも私たちのほうが一人多い。イチワンもロックスと同じくまだ成長中の少女だ。いくら素質があってもフランシーヌを倒すのは難しいはずだ。
「鐘が鳴った……正式に試合が始まったから、今のうちに言っておくよ。僕とお前では力の差がありすぎる。棄権をお勧めするよ」
「………」
「早めにやめたほうがいいよ?喋れなくなってからギブアップしたくてももう遅いんだからね」
イチワンは自信満々だ。もちろんフランシーヌもこんな脅しに屈するわけがなく、無言でイチワンとの距離を詰めた。
「アハァ!そう来ると思ってたよ!じゃあ早速僕の能力を……」
ラームさえいなければオードリー族の頂点に立てたと豪語するイチワン、彼女の力が明らかになろうとしていたその時だった。
「うわっ!風が……」
突然の強風。私の持っていた真っ白な布が飛ばされて、リングへ流れていった。
「………え?」 「ん?」
選手が自分でギブアップの意思表示ができない時などに、仲間が上着やタオルを投げ入れて試合を終わらせるルールがある。まさか………。
「チームリーダーのジャクリーン・ビューティが試合放棄か……この勝負、イチワンの勝ち!」
『フランシーヌはやる気満々でしたがジャッキーは危険と判断したか!攻防が始まる前に試合を止めました!』
(や……やっちゃった〜〜〜〜〜〜っ!!)
絶対に勝つと誓った直後に、不注意のせいとはいえ直接的な敗退行為。私は大馬鹿だ。
イチワン……青い髪の元気な少女。悪戯好きで生意気。ラームがいなければ自分がオードリー族の主役になれると思っている。元ネタのキャラは主人公のくせに畜生。
トゥーツヴァイ……好戦的な者が多いオードリー族の中で、珍しく温和な人格者。能力を使わずに戦えば一番強い。元ネタのキャラはソドー島で唯一の聖人。
ミサン……脂肪を自在に操り、攻守に優れた難敵。普段は理想的な身体をしている。元ネタのキャラも緑だが、青になっていた時期もあった。
ふとっちょのおじさん……プロ種つけ人。相手の能力や特徴を完璧に子どもに残せる。元ネタのキャラの名前を検索すると、クズだのパワハラだのという言葉が続く。




