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大聖女の姉  作者: 房一鳳凰
第四章 強敵たちの襲来編
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失敗の歴史の巻

 ミサン……③

 リング上でエーベルさんとミサンが向かい合う。エーベルさんはオードリー族が繁栄していた時代を実際に生きている唯一の人間だ。


「あれから数百年も経てばあなたたちが力を失い、滅亡の危機を迎えているのも不思議な話ではないのかもしれませんね」


「無能な王や皇帝が世界最強の帝国をたった数年で没落させたこともある。私たちが窮地に立たされたのもこれが初めてではないが……ここまでの事態はなかった」


 ここで試合開始の鐘が鳴った。しかし二人は距離こそ詰めたものの、攻撃に入らず会話を続けた。



「大きな戦争、権力争いの裏には常にあなたたちがいました。圧倒的な戦闘力で勝敗を操り、世界を動かしてきたのがオードリー族だったはず。なぜここまで落ちてしまったのか、気になるところではあります」


「ふん……どういうわけか知らないが、七人の中でも年長の私やトゥーツヴァイよりも前から生きているらしいな。我がオードリー族が栄華を誇っていた日々のことを試合後にたっぷり聞かせてもらおう」


 エーベルさんはずっと生きているわけではない。大聖女としての命を一度終えて、最近になって転生した。魔族や特殊な種族でなければそんなに長く生きられない。


「その代わりに、我らの歴史を教えよう。いずれ頂点に返り咲く我らのことを皆が学び、知る必要があるのだから」


 私たちの世代はオードリー族についてほとんど何も知らない。遠い島で細々と暮らしている人々に誰も興味がなかったからだ。




「先代の大聖女が死んでしばらくしてからのことだった。トマス島は大きな変化を迎えていた。私たちの先祖は外の世界の文化を取り入れ始めた」


「……先代の大聖女………」


「人間や魔族の争いに関わるうちに、よその土地や人を愛するようになった者が増えた。誇り高きオードリー族として生きることを捨て、トマス島を去った」


 おいしい食べ物やいろんな遊びを知り、田舎から大都市へ向かう人たちがいる。稼げるお金も全く違う。


「これ以上優秀な戦士が外に出ていかないように、島が外に合わせて変わろうとしたのだが……それが大きな過ちだった」


 変化は賭けだ。ずっと現状維持だったものが急成長、そんなチャンスでもあれば、大失敗して一気に崩壊もある。どうやらオードリー族は後者だったらしい。



「最初は権力者に大きな特権を与えた。彼らは税を払わず、犯罪も見逃される……上に立つ者の地位を確実なものとすることで強い集団を目指した」


 階級をはっきりさせて国を安定させる政治のやり方はある。ただし不公平や差別があまりにも酷いと……。


「当時の支配者や貴族たちはやりすぎてしまった。搾取や虐待のため日々の生活すら困難になった人々は島から逃げ、ますます人が減った。奪うものがなくなったせいで最上級の人々すら貧しくなり、一族は弱くなった」


 元にした見本が悪かったのか、同じようにやっているつもりが実は違ったのか。オードリー族は転落を始めた。



「この失敗を教訓に、今度は平民や弱者を大切に扱った。ところが甘やかしたせいで人々は反抗し、権利ばかり主張する怠け者で島は溢れた」


「極端に走ると何事も失敗する、その代表例ですね」


「その後は何も試しても悪くなる一方だった。優秀な者は島を、そして一族を見限り去ってしまった。他の種族と深く交わったオードリー族はもはやオードリー族ではなくなる………残されたのは老人や無能な役立たずばかりになった」


 オードリー族にとって、ラームを見つけたのはまさに間一髪だった。ルリさんの魔法は完成間近、ラームも私との子どもを強く求めている。あの七人がラームをどう利用するのかまだわからないけど、子どもを産むのは明らかに『深く交わる』行為だ。彼女たちの希望は絶たれていただろう。



「なるほど、それであなたたちが最後の七人なのですね。年齢や戦闘力、政治面でもあなたたちが倒れたら終わりだと……」


「ああ。しかしとうとう復活の鍵を見つけた。そしてほぼ手中にある。それをお前たちごときに邪魔されるわけにはいかない――――――っ!」


 とうとう試合が動いた。ミサンは背後のロープで勢いをつけて飛び蹴りを放ってきた。



「こんなもの……フン!」


『おおっ、これはすごい!避けようとしなかったエーベル、片手でミサンの足を掴み、宙に浮かせている!』


 肉体強化の魔法を使ったようには見えない。さすがは物理攻撃に特化した武闘派大聖女だ。パワー勝負の肉弾戦なら互角に戦えるのは現役大聖女のマキぐらいしかいない。私だと善戦すら怪しい。

 


「砕けなさい!」


「………!!」


『背中から激しくマットに叩きつけた!これはしばらく起き上がれないはず………』


 痛みと衝撃はもちろんのこと、場合によっては呼吸ができなくなる。しかも倒れているうちに追撃がきて立て直せないうちに決着……エーベルさんの速攻が決まったかと思いきや、そんな甘い話はなかった。



「……むっ!」


『す、すぐに立ち上がった!しかもミサンはノーダメージだ!これはいったい何が………あっ!?』



 ミサンが大きくなっていた。縦にではなく、横に。


『太っている!!顔も全身も、垂れた肉でぶよぶよだ!』


 脂肪まみれで、別人かと思うほどだ。なぜか服は破けず、ミサンの変化に対応している。


「その姿……!それがあなたの能力ですか」


「そうだぁ。自在に肉を変化させて太れるのが、私のオードリー族としての力だぁ。柔らかい贅肉で衝撃は散り……こうしてピンピンしているぅ〜!」



 スピード、そして何より見た目を犠牲にする能力だ。それでもこれが強いのは、防御だけでなく攻撃にも使えることが大きかった。

 

「ぬうぅぅ〜〜〜ん!」


「うぐっ!!」


『エーベルを鉄柱に押し込み、そのまま圧迫!重すぎて押し返すのも倒すのも難しい!』


 自分の身体と鉄柱の間に相手を挟むだけの単純な攻撃。技ですらない動きでこんなに苦しめられるのだから、ミサンの実力は本物だ。



「ぐぐぐ………」


「ブフフ、私の肉に埋もれて窒息するのが先かぁ〜〜〜?それとも鉄柱で骨が折れるのが先かぁ〜〜〜?」


 脱出するためにパンチやキックを試みても、肉でダメージを和らげるミサンはびくともしない。厳しい展開になってしまった。



「ジャッキーさんに圧迫されるなら大歓迎ですけどね。感触も匂いも最高の気分を味わえます」


「気持ちよすぎて昇天する危険はありますね。そうならないためには刺激に慣れるべきですから……ジャクリーン様、今からわたくしと練習していただけますか?」


「……………」


 そばにいるみんなが熱を帯びた瞳で私を見つめる。いやいや、今は試合を見ないと。真面目なのは私だけか。

 私はアメリカの超人だが、キン肉マンのいる日本に来て、すっかり大の小説家になろう贔屓になってしまった。なぜなら日本人もまた、何よりも評価ポイントとブックマークを愛する人々だからだ!

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