大圧勝の巻
『サキーの全身から力が抜け、戦う気持ちを失っている!表情もどこか虚ろに見えるぞ!』
フェロモンパワー、恐るべしだ。理性どころか意識まで奪い、骨抜きにしてしまうとは。
「今のこいつはワタシの外見や匂い、声があまりにも刺激的に感じるだろう。脳を破壊され常に絶頂しているのだから、どうして戦える?」
「……………」
「さあ、ワタシの足を舐めて降参しろ。試合が終わったら奴隷として死ぬまで休まず働かせてやる」
サキーはふらふらと歩き、ついにファイゴーの前で膝をついた。私たちの叫びは一切聞こえていないのか、無反応だった。
「サキー!サキ――――――ッ!!」
「無駄だと言っただろう、馬鹿が。これでワタシの勝ちは決まり………」
サキーの唇が靴を脱いだファイゴーの足に触れる………ことはなかった。寸前でサキーの顔が止まり、代わりに右腕を勢いよく振り下ろした。
「え……ギャオ―――――――――ッ!!」
裸足になったのが大失敗で、ファイゴーの左足は粉々に砕かれた。そこからのサキーはこれまでの動きが嘘のように速かった。
「フン!フン!もう一発!」
「ぶげっ!うげっ!あぎゃあっ!!」
膝、お腹、そして顎にも強烈なパンチを食らわせた。サキーを自分の能力で支配したと思っていたファイゴーは防御も回避もできず、宙を舞ってマットに沈んだ。
「ど……どうして………ワタシのフェロモンは………これまで誰一人の例外もなく魅了して……」
「私には効かないな。ジャッキーへの愛に比べたらお前などクズ以下だ!」
なぜサキーがファイゴーを制したのか、真実は誰にもわからない。勇者が得ている加護の力は洗脳や誘惑を無効化するのかもしれない。
(でもここは……ふふっ)
サキーの愛が勝った、それでいい。誰もが絶世の美女と認めるファイゴーのずっと上に私がいるのだから、嬉しくてつい表情が緩んでしまう。
「普通ならすでに勝負は決まっている。しかしお前はオードリー族の中でもエリート、戦闘能力は七人の中でも一番だそうじゃないか。最後まで手は緩めない」
「う………うががが」
ファイゴーの真の実力はわからないまま終わってしまった。能力がなくてもサキーと互角以上に戦えたのか、能力ありきの強さだったのか。無防備なところを一気に崩され、試合は決まった。
「とどめだ――――――っ!!」
「ああああああああ……………」
最後のパンチはファイゴー自慢の顔面、そのど真ん中に炸裂した。最前列の観客席まで吹っ飛ばし、逃げた観客が座っていた椅子が飛び散った。
「……見ろよロックス、あの汚いのは何だと思う?」
椅子の山に埋もれて気絶するファイゴーを見に行ったのはナナチーとロックスだ。しかし二人とも心配しているようには見えない。
「ファイゴーだよ。わからないの?」
「彼女に似てはいる。でも彼女は私たちのことを見下すほどの美貌の持ち主だ。こんなに汚い顔はしてないんじゃないのかな」
仲間に対してもあの態度だったのか。誰も気遣ってくれないのも無理はなく、こうしてからかわれてしまう。いい薬になっただろう。
『試合終了!勇者サキーがファイゴーに圧勝!無傷で次戦に進めるのも大きい、理想的な勝利!』
「やった!これで五分に戻った!」
この連勝で勢いは私たちのものになった。完勝のサキーを出迎える。
「サキー!最高だったよ!」
「フフッ……私にはお前がいるのだから、あんなやつの誘惑など全く効かない。私たちの愛の勝利だ」
抱きあって互いの勝利を喜んだ。わたし一人で勝ち残ったオードリー族たちとの二回戦に進む、そんな最悪の展開にならなくてよかった。
「………そろそろいいんじゃない?」
「駄目だ。私がジャッキーをどれだけ愛しているか、まだ半分も大観衆に伝えられていない。あいつが弱すぎてすぐに試合が終わったのは誤算だった」
サキーは解放してくれない。皆の前で見せつけようとしている。そこに割って入ったのも、私の身内だった。
「サキーさん、ジャッキーさんが困っています!次の試合が始まりますから……ほら、こちらに」
「あっ、ありがとう………あれ?」
オードリー族を見張っていたはずのマユが強引にサキーを引き剥がした。しかしそのままサキーと同じように密着し始めたから、私が動きを封じられていることに変わりはなかった。
「私もジャッキーさんを味わいたくなりまして……ふふっ」
「邪魔しやがって……それにお前はあいつらを監視する役目だっただろう!仕事を放棄するな!」
ラームを連れてオードリー族たちが逃げてしまう、それを許さないためにマユがいる。こんなことをしていたら確かにまずいことになるはずなのに、マユは私から離れようとしなかった。
「いや、その心配はありませんよ。ジャッキーさん、それに皆さんも……敵の陣営を見てください」
「………!」 「なるほど………」
これまで以上の敵意を感じた。私を睨む彼女たちの表情からは、明らかな怒りと憎しみが伝わる。
「最初の試合を含めたら、すでに敵は3敗しています。プライドの高い連中です、もう逃げません」
自分たちは戦闘のエリート集団、選ばれし一族だという誇りを持つオードリー族がここで逃走すれば、人々からの評価だけでなく自尊心まで地に落ちる。ラームを手に入れることが最優先だったはずなのに、私たちを倒したい気持ちのほうが強くなっているように見えた。
「ファイゴーまで敗れるとは……こうなれば私が出るしかない」
『ロックスと同じ緑の髪、しかしスーフォーのような恵まれた体格を誇る女がリングに上がろうとしている!』
「必ず連敗を止める。この『ミサン』が!」
ミサンがリングに上がると、エーベルさんが立ち上がった。残るはエーベルさんとフランシーヌだけで、どちらが先に行くか打ち合わせている様子もなかった。
「私が出ます。パワーのありそうな相手ですから、私のほうがうまくやれるはず。もし勝てなくても彼女の技や弱点を丸裸にしてみせますし、体力や魔力を限界まで消耗させましょう」
「……あまり無理はしないでくださいね」
勝てないと思ったらすぐに棄権してほしい。ロックスやファイゴーとは違い、ミサンは『王道』の強さがありそうだ。
情け容赦のない小説家になろうの世界、評価ポイントのためには親兄弟も関係ねえ!総合ランキングに何よりも必要のないもの、それは、愛ってやつだ!




