10分勝負の巻
ロックス……⑥
「すまない………期待に応えられなかった」
「謝らなくていいよ。まずはゆっくり休もう」
決まれば即死もありえた必殺技を、トゥーツヴァイが途中でやめてくれたおかげでマーキュリーは軽傷で試合を終えられた。
「あのまま落としてやればよかったのに」
「ワタシたちの強さをこの場にいる下等な種族どもに教えてやるチャンスを逃すなんて………甘いな」
オードリー族のほとんどはトゥーツヴァイを否定的な態度で迎えた。正々堂々の戦いを好むのはトゥーツヴァイだけで、残りは残虐で極悪非道な手を使う連中だと身構えたほうがいい。
「……いいじゃないですか。技を全て見せなかったことは後々に繋がります。それに私の真の必殺技はあんなものではないと、あなたたちは知っているでしょう」
「後々に?アハハ、繋がらないさ。これから僕たちが全勝すればそれで終わり、次の機会がそもそもないんだよ」
もう二人負けた。このままずるずる連敗を重ねると、あっという間に全滅だ。私は肩を貸していたマーキュリーをルリさんに任せ、リングへ向かった。
「おおっ、ジャッキーさん自ら!」
「次は私が行く。そもそも私の戦いなんだから、これ以上黙って見ていられないよ」
「勇ましい顔つきに言葉……止める理由はありませんね」
強気のリングインに見えただろうけど、この時の私はとても弱気だった。出番が後ろになればなるほど緊張するし、連敗が伸びたら重圧も増す。耐えられる限界を超える前に飛び出しただけだった。
「あいつら、だいぶ焦っているようだ。早くもリーダーが出てきたぞ」
「それなら……『ロックス』の出番だろうな」
ロックスと呼ばれたのは小さな女の子で、ラームと同じくらいの年齢に見えた。髪の色は緑で、全力疾走で私の目の前までやってきた。
「ロックスです!よろしくお願いします!」
「え?ああ、うん。よろしく」
地面に頭がつきそうなほどのお辞儀だった。そしてとても大きな声。元気に満ち溢れている。
(これでも私より年上かもしれないんだよなぁ)
寿命が私たちの約五倍という種族なのだから、見た目は全く参考にならなかった。
「二人とも用意はいいな?それでは……」
「直前に申し訳ありません!この試合に限りルール変更をお願いしたいのですが」
審判が試合を始めようとしたところでトゥーツヴァイがリングに上がってきた。ただしロープを越えることはなかった。
「このロックスはまだ10歳程度の幼い子ども。3カウント制の採用、試合時間は最大10分としていただけませんか?」
時間無制限の完全決着ルールより安全な試合になる。しかしトゥーツヴァイの言葉の中には気になるところがある。それをはっきりさせてからだ。
「……10歳?ほんとうに?」
私を油断させて手加減を誘う嘘かもしれない。実は50歳以上、経験豊富で熟練した戦士ということもある。
「ええ。私たちオードリー族は人間とは少し成長の仕方が違います。10歳くらいまではあなたたちと同じように育ち、そこから200年以上は『肉体の全盛期』のままなのです」
人生で一番体力があって、強くて美しい状態をとても長く維持できる。しかも知識や経験はどんどん増し加わっていく。強いのは当たり前だった。
「ラームが自分を普通の人間だと思っていたのもそのためです。変化が現れるのはちょうどこれからですからね」
「確かに……それなら信じてもいいかな。マーキュリーに情けをかけてくれた借りを返しておきたいし、そのルールでやろうか」
10歳の子どもが相手なのだから、これくらい譲歩してあげよう。ラームと同じくらいの年齢ならオードリー族としての能力も未完成のはず。普通に考えたら負けるはずのない勝負、力を抜きすぎることだけ気をつければ問題ない。
「ありがとうございます。では10分勝負で……」
トゥーツヴァイが席に戻っていく。それと入れ替わるようにサキーがリングに近づいてきた。
「おいジャッキー、いいのか?あっさりとあいつらの提案を受けてしまったが」
「え?だいじょうぶでしょ。あんな小さい子を相手に完全決着でやるほうが心が痛むよ」
3カウント制ならロックスへの攻撃も最小限でいい。足技や投げ技で倒してすぐに押さえ込んで終われる。次戦に備えて体力を温存できるし、素晴らしいルール変更だと気楽に考えていた。
「問題は試合時間だろ!10分なんかすぐだ!時間切れで引き分けたら両者敗北扱いになるのを忘れたか?」
「………あっ!」
せめて15分に…と思ったけどすでに時遅し、審判が試合を始める合図を出してしまった。
「試合開始っ!」
「こうなったら速攻で秒殺だ!てやっ!」
体当たりで押し倒す、それすらできなかった。ロックスはすでにリングから姿を消していた。
「怖い怖い……逃げちゃお!」
すでにかなり遠い位置にいた。ロックスの能力は足の強化で間違いない。それもスピードに特化している。
「しまった!やっぱり逃げ切る気だ!」
追いかけても捕まえるのは無理だ。審判が場外カウントを数えてくれるから、じたばたせずにリングで待っているほうがいいかもしれない。
「フフ……ロックスを使うならあいつ相手しかなかったが、まんまと乗ってくれた」
「サキーという女は警戒心が強くルール変更を拒否しただろうし、残りの二人はそもそも引き分けを狙いにいく必要がない。ロックスが最高の仕事をするのはジャクリーン・ビューティに対してだ」
最初から共倒れが目的か。確実に相手を一人道連れにできる能力は厄介だ。もちろんこれは今回のような時間制限のある試合限定の強さで、逃げ足だけでは真の一流にはなれない。
「16!17!」
「おっと危ない………負けちゃうよ」
ロックスが戻ってきた。しかしカウントが止まると、
「へへへ!逃げろ逃げろ!」
またリング外へ逃亡。これを10分続けるようだ。
「ジャッキー!あいつを追え!何もしないでのんびり待っていても引き分けの未来しかない!」
「え?でも私の足じゃ絶対捕まえられないよ」
「追いかけっこで勝てなくてもやりようはあります!行き止まりに追い詰めるとか、リングへ帰る道に障害物を置くとか……何かしましょう!」
「あ……そ、そうか!」
サキーとマユの声がなければリングに突っ立ったまま10分が過ぎていた。オードリー族の思惑通りの展開にさせないために、私もリングの外に出た。
私の名はロビンマスク。少年時代、すでに私は名門ラグビーチームのフィフティーンの一員になっていた。しかし私は、小説を書かなければならない超人だったのだ……。




