鍛錬の差の巻
マーキュリーが闇の力を使うと聞いた大観衆は恐怖の声を上げた。スーパー闘技大会で何が起きたか、まだ皆の記憶に新しい。
「本気でやらせてもらう。たとえ死ぬことになっても、ジャクリーンの家族を奪おうとしたあなたが悪い」
「もちろんです。どんな結果になっても皆さんを責める気など全くありません。ですが死を恐れるべきなのはあなたです。すぐにわかりますよ」
実際にその目で見ていないとしても、私たちや観客席の反応を見れば闇の力がどれほどのものかわかるはず。トゥーツヴァイは頭が良さそうな雰囲気だったけど、実は違うのかもしれない。
(いや、そうでないと困る。もし………)
トゥーツヴァイがマーキュリー以上の能力を持っているとしたら、この自信も頷ける。突然の悪い予感はマキシーの時に続き、またしてもその通りになってしまった。
「………!?闇が………現れない!」
「え、えええっ!?」
闇のオーラが全く出てこない。自分の力がいきなりなくなってしまったのだから、一番動揺しているのはマーキュリーだ。
「どうして……あっ!まさかマーキュリーが愛を知ったから!?孤独から解放されて、心の闇が取り除かれて……」
それしか考えられなかった。私との楽しい一週間は確かにマーキュリーを変えた。暗い負の感情がなくなったのだから、闇の力が消えてもおかしくない。
「光が完全に闇を征服したから………?」
「いいえ、それは違います。黙っているのは公平ではないと思いますので、なぜあなたがその力を使えないのか話しますね」
私たちの愛は関係なく、全てはトゥーツヴァイの能力によるものだった。それを今から教えてくれるので、これ以上間違った予想をせずにすんだ。
「………私は一族で最も価値のない人間です。オードリー族でありながら、自らの身体を強化することも変形させることもできないのですから」
「………」
「しかし私は修行の末、他者の能力を無効化する力を手にしました。自分の努力によって習得したわけではない力を封印し、使えないようにします!ラームが小さくなれなかったのも私によるものです」
トゥーツヴァイが正直に説明しているとしたら、とても恐ろしいことになる。封じられてしまうのはマーキュリーの闇の力やオードリー族の能力だけではない。サキーの勇者の加護やマキの大聖女の力すら出せなくなってしまう。
「鍛錬によって得た筋力や速力、それに魔法なんかは封じることができません。ですから私と戦う場合、鍛え上げた身体と技術、苦労の末にマスターした魔法だけで勝負してもらいます。例外はありません!」
この能力は厄介だ。誰が強くて誰が弱いのか、今までの常識があっさり覆る。ただしマーキュリーは闇の力がなくてもとても強い。
「………それを聞いて安心した。私の武器は漆黒の闇だけではない。地力比べでも負けはしない」
マーキュリーの右腕が氷の刃に変わる。トゥーツヴァイの言葉に嘘はなかった。
(マーキュリーなら勝てる!ついでにトゥーツヴァイをたっぷり痛めつけてくれたら……)
能力を維持できないほどのダメージを負えば、ラームはまた小さくなれる。縛られていても脱出して私のところに戻ってくることができる。
(ラームさえ帰ってきたら対抗戦も打ち切りにできるかも。危険な戦いは早くも終わりっ!)
最高の展開を実現させるためにも、マーキュリーには順当に勝利してもらおう。
「………っ!ムム………」
「なかなかお強い………しかしこの程度ですか」
大闘技場は凍りついていた。マーキュリーではなく、トゥーツヴァイの強さに。
「使う技や試合の組み立ては地味だが、だからこそ強さが際立つ!細く見えるが足腰の強靭ぶり、それにキレはスーフォーよりも上だ!」
訓練を欠かさず、基礎の繰り返しを大事にしていることが伝わってくる。敵なのが惜しい人物……なんて感心している場合ではない。マーキュリーがピンチだ。
「グッ!」
「打撃も関節技も私の完勝ですね。あなたはもっと鍛える必要がありますが……どれだけ鍛えても私に追いつくことはないと断言できます」
足を使った首絞めで攻めているトゥーツヴァイ。なぜ彼女に追いつけないのか、納得の理由があった。
「私たちオードリー族の寿命はあなたたちの約五倍!私もすでに200年以上は生きているんです、実は」
「に……200年!?」
「オードリー族の能力や若さがない私にできることは鍛錬を怠らず、いつでも戦えるように体調を整える……それだけです。圧倒的な才能や天からの恵みに比べたら塵や屑に等しい努力ですが、そんなものでも積もればどうなるか………」
これでは勝てないわけだ。その時間差を埋められるのは特別な力や加護しかないのに、それも封じられているのではどうしようもない。
「う………」
『絞め技を受け続けたマーキュリーが苦しい!意識が朦朧としているようだ!』
このまま締め続ければマーキュリーは落ちる。それなのにトゥーツヴァイは技を解き、無理やり立たせた。
『パイルドライバーの構えに入った!決着の一撃になりそうだ!』
「……………」
完全に戦闘不能と判断されるか棄権しない限り試合は終わらないとはいえ、これは過剰な攻撃だ。ただのパイルドライバーですら危ないのに、トゥーツヴァイは鉄柱を指差した。
(どういう意味なんだろう?まさか!)
今日は私の楽観的な考えはとことん外れ続け、嫌な予感はずっと当たる一日だ。パイルドライバーの体勢のまま高く飛び上がったトゥーツヴァイを見て、鉄柱にマーキュリーの頭を叩きつける気だとわかった。
「さあ、とどめの一撃です!『エンド・ワールド』!」
「………!!」
空高く舞い上がったところで一度停止して、ものすごい勢いで落下する………はずだった。ところがトゥーツヴァイは途中で速度を大きく落とし、しかもリングの中央に着地した。
「どうした!?なぜ仕留めなかった!あそこまでいってやめるなんて……」
「……あれを見てください」
トゥーツヴァイの視線の先には、リングに入ろうとしていた私がいた。そう、必殺技を寸前で止めたのは私だった。
「チームの仲間によるギブアップの意思表示と受け取りましたが、よろしいですね?」
『マーキュリーの命が危ないと判断したジャッキーが試合を止めた!審判も両手を上げ、これで正式に終了!トゥーツヴァイの完勝でオードリー族が連勝となりました!』
マーキュリーが負けたのは痛いけど、助かってよかった。トゥーツヴァイが私を見た瞬間に技を中断してくれたのがとても大きい。
(やっぱりいい人……なのかな?いや、ラームを強奪しようとしているんだ。悪いに決まってる)
どんなに正々堂々と戦っていても、惑わされてはいけない。私より強いマーキュリーですら負けたのだから、中途半端な気持ちで立ち向かえるわけがない。
教えてやろう、総合ランキング1位の小説の作り方をよ。このナイルの悪魔、ミスター・カーメンがな!
このオレがきさまのポイントとブックマークを吸い尽くしてやるぜ!




