愛されたい女の巻
サキーが私を助けたのは、間近で私の惨めな姿が見たいからだった。私を下に置くことで自分の価値を高め、剣聖ではないとわかった途端に愛してくれなくなった家族や周りの人たちを見返すのが彼女の生きる目的だ。
「お前に従う二人も自分の見る目がなかったとすぐに気がつく。私の前で醜態を晒すお前に失望することでな、ジャクリーン」
「なっ……」 「歪んでますね」
これまでの言葉が全て本心だとしたらサキーはすっかり変わってしまった。剣聖になれないとわかった後に受けた仕打ちのせいでラームの言うように心が歪んだ。
「やっぱりただの善意じゃなかったか!ジャッキー様、どうしますか?」
「どうするも何もないよ。このチームはサキーがリーダーなんだから、私たちはサキーの指示に従って動くべき……それは変わらない」
サキーが何を思っていようと私たちがやることは同じだ。それが仕事というものだ。ただし例外はあって、嫌がらせがしたいだけの命令やラームとマユを無意味に虐めるような行為があれば私はサキーに逆らう。私が我慢すればいいなら耐えるけど、ラームたちが危なくなったら全力で守らないといけない。
(ま、そんなことは起きないか。サキーは少し荒れてるだけで悪人じゃない)
私たちの過去やサキーの精神状態はいったん忘れて、頼りになる先輩冒険者としてお世話になる、その気持ちでいればいいと思った。ところが、全く予想していなかったところからその『例外』が発生した。
「た、助けてくださいっ!」
「!?」 「君はいったい……?」
草むらから飛び出してきたのはゴブリンの子どもだった。このあたりのゴブリン族は人間と友好関係を築いていて、お金を使った取引をするほど頭がいい。
「どうしたんだ、そんなに焦って」
「仲間が突然襲われたんです!『闘魂軍』を名乗る男が武器を振り回して大暴れして……!何人かで食い止めていますが相手は強くて……」
闘魂軍というのは王国の騎士団の愛称だ。ゴブリンたちが悪いことをしたから騎士団が懲らしめに来た、そう考えるほど私たちは単純じゃない。
「この辺のゴブリンを倒すためにわざわざ王国が動くとは思えないね。私たちのギルドでどうにかできる」
「それに騎士団は相手の種族や強さ、数に関わらず複数人で動く……確実に勝利するために。闘魂軍を騙る偽者だな」
何もしていないのにいきなり襲撃された、これはスライムの集落と同じだ。その時も敵は一人だったらしいから、同一犯だろう。
「ああっ!よく見たらあなたはS級冒険者、数々の難関任務を成功させたというサキー様!サキー様ならあの男にも勝てます!後ろの方々は……」
「ただの数合わせだから気にしなくていい。私がそいつを倒してやろう」
自信満々のサキー。確かにサキーなら楽勝だろう。すでに解決も同然と思いきや………。
「しかし君の村に行くと元々の依頼をキャンセルしなければならない。それに見合った金を用意できるのか?」
タイミングが合わないといつまでも卵は持って帰れず、しかも人手が要る。だから報酬は高い。ゴブリンたちはお金を使えるけどいっぱい持っているのは一部だけ、小さな村となると……そこは人間と変わらなかった。
「………村にもお金はそんなにありません。でも新鮮な野菜と豚を使った料理、それに村の民芸品を差し上げます。これは私が作ったもので……」
ゴブリンの子どもは木の人形を取り出した。これがどれくらいの価値があるのか私にはわからない。でも可愛らしく作られていて、真心を感じた。ところがそう思わない人間がいた。
「ハハハ……こんな玩具でS級冒険者、剣聖以上に剣の達人である私を雇えると思うなっ!」
「あうっ!」
サキーがゴブリンを平手打ちした。倒された衝撃でその手から人形が落ち、ころころと地面に転がった。
「―――――――――っ!!」
それを見た瞬間、私は激しい怒りに満たされた。抑えようとする前に突進していた。
「ジャッキー様!その光は……!」
「あの時と同じだ!奇跡の癒やしが起こる前の……」
ラームたちが何か言っているけど聞こえない。拳を振り上げ、サキーを射程に捉えた。
「はっ!!」
さすがは達人、突然の攻撃に対して剣でガードした。でも私は勢いでその剣を吹き飛ばし、無防備の顔面に怒りの一発を叩き込んだ。
「うぐっ………おいジャクリーン!何を………」
サキーのことは無視して人形を拾い上げた。そしてゴブリンの子どもの頭をなでた。
「……素敵な人形だね。たった一人退治するだけでこれがもらえるなんていい仕事だ。さあ、行こう!」
「は、はいっ!」
絶望から一転、希望が見えたことで安心したようで、明るい笑顔と安堵の涙を浮かべた。あとは私がそれを裏切らないようにしないと………ここからが本番だ。
(ジャッキー様……やはりあなたこそ真の………)
(奇跡の力があってもなくても、そんなことはどうでもいい!私たちが全てを捧げるに値する人だ!)
ラームとマユもゴブリンの子どもと同じ顔だったらしいけど、後ろにいるから私にはそれが見えなかった。
「ま、待て!勝手にチームから抜けたらお前らは任務失敗だ!ギルドをクビになるぞ!そうなればいよいよ何もできない役立たずの娘としてあの家に幽閉される、それでもいいのか!?」
「…………」
「そんな無関係なゴブリンを救ったせいでお前を愛している家族を失望させるなんて……どうかしてる!」
サキーが私を止めようとする。その警告に足を止めたけど、思い直すつもりは全くない。
「………愛されたいのなら、まず自分のほうから愛さないといけない。それも決して見返りを求めず、真心から。私はそうやって生きてきた」
「…………」
「急ごう!ラーム、マユ!」
ゴブリンの子どもは『シュリ』という名前の女の子だった。最近なんだか小さい女の子ばかり私の周りに集まる気がするけど、偶然だろう。
この話はキン肉マンとテリーマンの邂逅回のオマージュです。連載初期のキン肉マンがここまで正義に熱いのは珍しく、後々スーパーヒーローになる片鱗を見せています。描き下ろしリメイクされた『40年前、アメリカからきた男の巻』を読むと感動が増すのでオススメですので、『キン肉マンジャンプvol.3』をお買い求めください。
「ボーイ、大人をからかっちゃいけないよ!」
「大和魂が守ってくれるさ!!」