殺し屋の女王の巻
「……私が大聖女だった時代の魔王のような深い闇!やはりここで完璧に潰しておかないと!」
マーキュリーのオーラに驚きながらもエーベルさんは技を発動しようとした。ところが、
「これで決ま………うっ!?」
「………」
なんとマーキュリーが一瞬早くエーベルさんと全く同じ技を使い、逆に倒した。威力もほぼ同じくらいに再現して、エーベルさんに深手を負わせた。
「がはっ!!そ、そんな………」
『掟破りの必殺技だ!エーベル、吐血!後頭部もかなり痛めてしまい立ち上がれそうにありません!』
自分の技で叩きつけられてしまい、精神的にも厳しい。勝利が目前というところから一転、大ピンチだ。
「クソが、調子に乗んな……ゲハッ!!」
『トーゴーも一蹴された!ただのキックがものすごい威力!これがマーキュリーの真の実力なのか!』
頼みの仲間が排除されて一対一、審判もまだ復活していない。とても危険な状況だった。
「………終わり」
『マーキュリーの魔法でエーベルの身体が宙に浮く!マーキュリーもジャンプして同じ高さに……何をする気だ!?』
マーキュリーの右腕が再び氷の塊になる。しかも今回は刃ではなくハンマーのような形となり、氷の量も厚さもこれまでの倍以上だった。
「がはっ!!」
『エーベルの腹を殴り抜けた――――――っ!!そのままエーベルはリング下に落ちていく――――――っ!!』
「こ、こっちに飛んできた!」 「逃げろっ!」
また私たちのところだ。椅子から立つというよりは転げ落ちながら慌てて避けた。
「うわっ!」 「ひいいっ」
『大きな音と共に椅子が粉々だ―――っ!エーベル、瓦礫となった椅子の山に生き埋めになったまま……動く気配なし!まさか事切れてしまったのか………』
エーベルさんはもう戦えない。それなのにマーキュリーはリングから下りて、こちらに向かってきた。全身を漆黒の闇で覆い、殺意に満ちた目で歩いてくる姿は、『殺し屋の女王』に見えた。
「……ちょ、ちょっと待った!勝負はもうついてる!これ以上攻撃する必要なんてない!」
かなり怖かったけど、エーベルさんを助けるためにマーキュリーの前に立つ。しかしマーキュリーは足を止めない。
「なぜ?彼女は私を殺す気で向かってきた。それなら私も彼女の命を奪うまで戦うのが敬意であり礼儀、思いに応えることになるのでは?」
「……えっ………」
マーキュリーは本気でそう考えているように聞こえて、とても純粋だとさえ思った。試合中に急遽仕上げた、作り物の闇が勝てるわけがないのも納得した。
「ジャクリーン・ビューティ、私から離れてほしい。試合はまだ終わっていない」
「いや、だからもう決着したんだって………」
背後から物音がした。頭から足まで血だらけのエーベルさんが起き上がり、その手には壊れた椅子があった。
「そいつの言う通り……そこをどけっ!」
「うわっ!」
エーベルさんはその椅子を投げてきた。苦し紛れの攻撃で、ふらついているせいか狙いが定まらず私にぶつかりそうになった。いきなりのことで避けられない、それならせめて痛みを和らげるためにと目を閉じて歯を食いしばり、身体に力を入れていた。
しかしいつまで待っても私に当たることはなく、目を開けてみると……。
「………!」
「マ、マーキュリー!」
私を守るようにして立っていたマーキュリーが肘を押さえていた。代わりに攻撃を受けてしまったようだ。
「ど、どうしてあなたが私を………」
「……………」
マーキュリーは何も答えなかった。この一瞬のやり取りで生まれた隙をエーベルさんは見逃さず、猛然と走ってきてマーキュリーの頭を掴んだ。
「う……うあああああ―――――――――っ!!」
『回復が全く追いつかず全身ボロボロ、それなのにどこにこんな力が残っているというのか!エーベル、マーキュリーの頭を持ちながら駆けていく―――っ!!』
向かう先はリングで、さっきまではなかったはずの剣が置いてあった。どうやらトーゴーが用意したようだ。
「よしいけエーベル!そいつの脳天を突き刺せ!」
「おおお―――っ!!地獄へ道連れだ――――――っ!!」
最後の力を振り絞った攻撃だった。しかしリングに上がる前に限界がきてしまった。
「うぐっ………」
「その執念……見事だった。だから私も全力であなたを葬る」
マーキュリーが技の構えに入る。リングの外でやる気だ。
『下は石の床!なのにパイルドライバーか!?』
頭から落とすのだから、マットでやっても危ない技だ。しかもマーキュリーは例の闇の力を発動したままだった。
「……せ、世界を守らなくては………がはっ!!」
「……………」
無情にもとどめの技が炸裂し、エーベルさんは石に突き刺された。脳天と首が破壊され、ついに動かなくなった。
『………串刺し状態からゆっくりと倒れた!そしてちょうどここで審判が戻ってきて……試合を止めた!』
全てが終わっていた。立っているのはマーキュリー、倒れて動けないのはエーベルさん。判定は一つしかなかった。
『勝ち名乗りを受けたのはマーキュリー!エーベルの反則や乱入に対し、それ以上の闇で飲み込んで完全勝利!決勝進出を決めました!』
倒れるエーベルさんを聖女隊が必死に治療する。観客たちだけでなく、チーム・ジャッキーのみんなも冷ややかな目を向けていた。
「ジャッキー様のおかげで悪の道から解放されたのに自分から逆戻り、それでこの惨敗では救えませんね」
「最後なんか椅子攻撃でジャッキーさんを巻き込みそうでしたからね。誰も同情しませんよ、あんなのは」
聖女隊が苦労していてもマキは助けに行かなかった。マーキュリーの闇の攻撃による傷は治せないと諦めているからではなく、マユと同じように私が危ない目に遭ったことに憤っているからだろう。
「しかしマーキュリーはどうしてジャッキーを守ったんだ?無慈悲で残虐極まりない女が……」
「わからない。聞こうとしたけどまだ試合中だったし、明日戦う相手とこれから長く話すのは無理だよ」
マーキュリーがどんな人間なのか、ますますわからなくなってきた。この試合でわかったことといえば、絶対に勝てないと断言できるほど私とマーキュリーには力の差がある、それだけだ。
殺し屋の女王……Killer Queen
地獄へ道連れ……Another One Bites the Dust




