挑発の果ての巻
『ジャクリーン・ビューティに続きエーベルが準決勝進出!これで残る六人は全員女性選手となりました』
注目の一戦はエーベルさんの圧勝に終わった。リョウオンの正体や戦術を全て暴き、ノーダメージで撃破する完全勝利だった。
『次も楽しみな試合です!前回大会3位のサキーと一回戦を快勝したユミの勝負!剣での対決になるのは確実、どちらが上かはっきりすることでしょう!』
サキーにはしっかりとした経験や技術がある。ユミさんには強力な勇者の力と勢いがある。
「サキー………」
「苦しい戦いになるでしょうね。ユミさんは信じられないスピードで成長していますから」
一年分の鍛錬の成果をたった数日でひっくり返してくる。これが異世界から召喚された勇者の素質だ。努力の積み重ねでは選ばれた人間に勝てない。
「考え方を変えるなら、サキーさんは勇者に勝てるラストチャンスとも言えますよ。今はまだ実力は同じくらいですが……」
「勇者はもっと強くなっちゃうもんね。ま、どれだけ強くなったとしてもお姉ちゃんには届かないけど」
サキーで互角なのだから、私なんかとっくに追い越されて大差をつけられている。その当たり前の現実がマキたちには見えていなかった。
「そう、天使よりも清く、女神よりも美しい……遥かなる高みにいるお姉ちゃんと比べたら勇者も底辺の存在だね!」
「妹様!そんなの言うまでもありませんよ!そもそも比べるまでもないでしょう!」
「その通りです。勇者様はいくらでも代わりが利きますが、ジャクリーン様は唯一無二、絶対的な方です!」
マキやみんなも強いお酒を飲んだとしか思えない。だから脳がまともに働いていないんだ。もし正常な状態でこれならもっと大変なことだ。
「ふ〜っ……」
「緊張することはない。私に敗れたとしても恥ずかしくはないし、失うものはない。なぜなら必然だからだ!誰も勇者には勝てない!」
すでに二人はリングに上がっている。初戦の勝利でますます自信をつけたユミさんはすでに勝った気でいる。この試合どころか、優勝すら確信していた。
「しかし気をつけてください、サキーさん。ユミちゃんは毎日急成長していますから、手加減が苦手です。棄権のタイミングは間違えないでくださいね」
リング下のキヨさんもサキーを見下している。仮に自分たちのほうが上だという明らかな根拠があったとしても、油断せずに慎重になるのが普通だ。その必要すらないとなると、どんなに不運が重なろうが負けるはずがないということにほかならない。
『勇者陣営は早くも勝利宣言!これに対しサキーはどう反応する?』
「………そうだな。私は剣聖ではないただの剣士、どこにでもいるただのクズだ。偉大なる勇者様に負けたところで痛くも痒くもないさ」
謙虚なことを言い始めた。しかし私はこのまま終わるはずがないとわかっていた。サキーは必ず反撃すると。
「だから大変なのはお前のほうだ。私なんかに負けたら明るい未来が閉ざされる。せっかく異世界から来たのに弱すぎる、何が勇者だと皆から罵られ、肩身が狭くなるだろうな」
「ははは……脅しか?全く効かないな。絶対にないことをあれこれ言われても……」
「いや、絶対ということは……そうか、問題なかったな。屈辱の敗北を喫したとしても、そこの女に慰めてもらえばいいのだから。まるで赤ん坊のように」
私たちは思わず「わっ」と声が出た。それは黙っているとみんなで決めたはずだ。
「な………ななな!」
「「あ〜ん、負けちゃったよ〜っ」と泣き喚いて乳を吸うのだろう?城で毎晩のように破廉恥な真似をして……ばれてないとでも思っているのか」
試合が始まる前からユミさんに大ダメージが入った。真っ赤になってぷるぷると震えている。下にいるキヨさんはというと、ほとんど変わった様子はない。それもそのはず、キヨさんがわざと扉を少し開けて私たちに見えるようにしていたのだから。ユミさんを誰にも取られないために。
「サキーの言っていること……事実なのか?」
「勇者があれだけ取り乱しているとなると……」
リングに近い席の観客たちに聞こえてしまい、そこから遠くの席へ話はあっという間に広がっていく。とうとうほぼ全体に届いた。
「おやおや……これは大変なことになった。しかしお前の存在は人々に勇気を与えるだろう。とんでもなく臆病で、底なしの変態でも勇者として神の加護を受けたのだからな」
「………ひ………ひっ………」
試合前に勝負は決してしまうかもしれない。身体は無傷でも心が砕かれて戦闘不能もありえる。
「サキーのカウンター……見事に決まったね。もしユミさんが試合をやれるとしても、かなり優勢になった」
「恥ずかしさ、情けなさ、苦しみ……まともに戦えませんよ」
私がユミさんだったらこの場から逃げ出して、元の世界へ戻れる方法を必死に探すだろう。だけどさすがは勇者、戦意を失っていなかった。
「うう〜〜〜〜〜〜っ……」
大観衆の前で秘密をばらされたことへの憤怒。様々な感情を全てサキーへの激しい怒りに変えていた。
「死ね―――――――――っ!!」
『な、なんと突進!試合開始の鐘が鳴る前に!?』
怒りに身を任せた、ただ剣で叩くだけの攻撃。勢いよく見えても、サキーならこんなものは余裕で凌げる。
「勇者ユミ、お前は精神が幼すぎる……その未熟さを利用させてもらう!」
サキーは最初からこれを狙っていたわけではない。ユミさんたちが先に挑発的な言葉で怒らせようとしたのだから、悪いのはむこうだ。
「……フン。大振りだが、それだけだな」
剣の達人であるサキーからすれば、下半身の力が入っていないこの一振りは怖くない。しかも攻撃後の防御を考えていないから、返しの一撃が簡単に入る。
(カウンターを確実に入れるには……こいつの攻撃を避けずに受け流す!どうせ大した威力じゃない)
「キエエエエ――――――ッ!!」
「勇者どころか狂人だな……まあいい、これ以上無様を晒す前に倒して………」
完全に我を忘れているユミさんの攻撃は、私でも簡単にかわせそうに見えた。今度こそ開始前の決着かと思っていた。
「うぐっ!?」
「………!?」 「な………」 「え?」
神々が勇者に与えた力は想像を遥かに超えていた。軽く受け流すつもりでいたサキーが吹っ飛ばされ、マットに倒れた。技術も補助魔法の効果もない、あんな雑な攻撃が恐ろしい破壊力を秘めているとは誰も考えていなかった。
「がはっ………」
「サ、サキー………」
今日が勇者に勝つラストチャンスかもしれないとマキやマユは言っていたけど、二人とも大間違いだ。すでにそのチャンスは終わっていた。
横浜DeNAベイスターズ、また横浜で試合ができます!ようやく打線が目覚め、投手陣は好調をキープ。守備はつまらないミスがなくなりませんがもう諦めました。正義の力であと二つ、勝利を掴んで栄光を勝ち取ってもらいたいです。
ソフトバンクは強い、完璧なチームだと言われていましたが、完璧ではあってもケンダマンやスクリュー・キッドのレベルでしかありませんでした。化けの皮を剥がせば、血に飢えた悪魔たちがいるだけです。このまま全身を粉々にしてやりましょう。




