ギルドのエースの巻
無情にも遅かった。ギルドはちょうど営業終了だった。
(……実はそんなに惜しくもないけど………)
いまサンシーロさんが鍵を閉めているのだから、実際の受付や業務はもっと早く終わっている。これでは諦めるしかない。
「事情を説明して頼んでみましょう!ここに当事者のスライムがいるんだから話は早いはずです」
「はい、私も証言します」
それはどう考えても悪手だ。二人を止めた。
「いや、やめたほうがいいよ。あの場所は全く人が立ち入っていない、つまり誰にも知られていない。でもここで話せば、その存在がサンシーロさんからもっと上に報告される可能性はかなり高い」
「もっと上?」
わからないという顔のマユに対し、胸を張りながらラームが私の考えていることを代わりに言った。
「王国の偉い人や大きくて栄えているギルドに……ですよね、ジャッキー様。スライムたちが大量にいる巣があるとわかればこんな弱小ギルドじゃ手に負えない。でも報告しておけば何かがあったときにご褒美がもらえる。だからあのオヤジには話せないってわけ」
スライムが数十万はいる。しかし人を襲うことはないし、そもそも人間の生活圏にほとんど出てこない。これを王国の幹部や他のギルドが危険と考えるかどうか、私にはわからない。
私はスライムたちが襲われたと聞いて、貴重なアイテムやお金になりそうなものが手に入るわけでもないのになと思った。でも私が知らないだけで実は何かあるのかもしれない。だから今日のことは秘密にしておくべきだという結論になった。
「そうなるとこいつのことはどう説明しますか?」
「そのへんに一人でいたところを仲間にした、それでいいんじゃないかな。群れからはぐれたってことにしよう」
このギルドならスライムを連れていてもいろいろ聞かれることはないはず。そんなやる気があるとは思えない。
「ん?やけに遅かったな。ただの薬草採りに時間かけすぎだろ。今日の金は出さないからな」
「……なんとかなりませんか?」
「ならないならない。もう終わってんだよ。明日の朝にしてくれ」
控えめに頼んでみたけど駄目だった。サンシーロさんは早く帰りたいのかマユについても何も聞かれず、それなら私たちから話すこともない。
「残念だったな、新人たち。ま、失敗は成功のもとと言うしな。この悔しさを糧に這い上がれ」
「飲んで忘れるのが一番だ。俺たちと飲むぞ!」
背後から先輩冒険者らしき二人組が近づいてきた。サンシーロさんが言っていた引退後のお小遣い稼ぎをしているおじいちゃんたちと思って振り返ってみると………。
「うわっ!りゅ、竜人!」
「こっちは……腕が六本ある!?」
二人はただのベテラン冒険者じゃなかった。人間と別の種族、両方の血が流れる人たちだ。『魔人』、『ハーフ』、『モンスター人間』など様々な呼び名がある。
「俺が奢ってやる。好きなだけ飲んで食え!そっちの小さい二人はもっと大きくならないとな、遠慮するな!」
「やめておけ。後輩を大事にするのはお前のいいところだがその見栄っ張りのせいで金がないんだろ?裏でがっつり貯め込んでるサンシーロに出させるよ」
見た目以外は普通の人間と変わらない。だから私たちも特別に身構える必要はない。でもいきなりそばに立たれるとやっぱりびっくりする。
「テンゲンさん、そいつはビューティ家の娘ですよ!ハラさんや俺が金を払うなんて馬鹿馬鹿しい、むしろそいつに奢ってもらうべきでしょう!」
竜人が『テンゲン』さん、腕が六本ある魔人が『ハラ』さんか。ギルドマスターのサンシーロさんが敬語を使っているということは、二人のほうが年上なのだろう。
「そういう問題じゃないだろ。自分の娘と同じかそれよりも若い新人に飲み代を出してもらう?お前にはプライドがないのかよ」
「金儲けが下手な俺たちと違ってこいつはうまくやってるからな。プライドなんかより目の前の小銭のほうが大事なんだろうよ。だがそれじゃあそのうちみんな離れていくぜ?」
「へ……へへへ、気をつけます。お二人に抜けられたらギルドも俺も死ぬしかありませんから……」
実力でもサンシーロさんを上回っていると思われるこの二人がどうやらギルドのエースか。今まで会った高齢の冒険者たちとレベルが違うのは一目見ればわかる。ところがこの直後に二人がそれを否定した。
「何言ってる。お前が一番大事にしてるのはウチの若きエースでありアイドルだろ?」
「ちょうど帰ってきたぜ、出迎えてやんな」
鍵がかけられたギルドの扉の前に一人、鎧と兜で身を覆う剣士が立っていた。その横には巨大で脂肪たっぷりの魔物の死体があった。
「……お、おおっ!素晴らしい!女性たちを襲う淫獣『チャンクロ』をこんなに早く退治してくれたっ!」
「女としてこの屑はすぐに殺したかった、それだけのことです。これ以上被害を増やさないためにも」
剣士が兜を脱いだ。その顔を見た私は大きな衝撃を受けた。驚くことばかりだったこの長い一日でもこれが一番と言えるほどに。
「女の人だ。年齢はジャッキーさんと同じくらいかな?」
「髪の色は金……妹様のほうが鮮やかですけどね」
強い女剣士も金髪も確かに珍しい。それでも私が驚かされたのはそこじゃなかった。
「……剣聖、『サキー』………」
「え?」 「知ってる人ですか?」
「昔何回か会ったことがあるくらいだけど、あれは間違いない。そして剣聖と言ったけれど正しくは……剣聖になるはずだったのになれなかったサキーだ」
私とサキーは似ていた。私は聖女、サキーは剣聖の力を得るはずが、12歳の誕生日にまさかの悲劇が待っていた。私は妹、サキーは弟こそがその称号と加護を受ける人間だった。長女が確実に母親を継ぐ聖女と違い、剣聖は最初の子どもが選ばれない場合も時々あるとはいえ、サキーのショックは大きかっただろう。
そんな私たちが決定的に違うのは、私は聖女ではないとわかってからも家族に愛され、サキーは残念ながらその逆だったということだ。やがて冷遇を我慢できなくなったのか家出したと聞いていたけど、こんなところで会うとは思わなかった。
龍原砲はプロレス史に残る名コンビの一つです。