デスマッチの真髄の巻
自分の血をぺろりと舐めたキョーエンが突進してきた。再び自爆させるために寸前で避ける。
「おっと、危ない!」
今度はキョーエンも踏みとどまり、すぐにこちらを向いた。連続成功とはいかなかった。
「順番的には……そっちの番だろ!」
「うわっ!!」
キョーエンの動きはとても速い。すぐき腕を掴まれると、すぐにガラス棒目がけて投げられた。
『ジャクリーン、今度は回避不可能か!』
「これなら………とうっ!!」
ぶつかる寸前に足でガラスを蹴った。その時に棒が割れたけど、靴ならダメージはない。しかもスピードをつけてリング中央に戻れる。
「くらえ!」
「ぐわあっ!」
『そのまま頭突きタックル!キョーエン吹っ飛んだ!』
今度は背中からガラスだ。初めてのデスマッチだったけど案外楽勝、このまま無傷で勝てそうと思った。ところがそれは甘すぎる考えだった。
「ふんっ!!」
「えっ!?」
ガラス棒が何本も割れた。しかしキョーエンは何もなかったかのように、ロープで跳ね返る時と同じ動きで戻ってきた。
『痛みはないのか!?すぐに反撃!』
「うあっ!」
腕で攻撃してきた。もう避けられないから防御力を高める魔法でガードしたけど、それでも衝撃がすごい。リングに倒された。
「へへへ……背中もやられたな。だが……」
「………っ!!」
『キョーエンは追撃せず……おっと、自分で固定したガラス棒を外した!一本だけだがこれをどうするのか!』
棒を持って私を見下ろす。何をするかはもう明らかだった。なんとか起き上がった私にできることは少しでもダメージを軽くする努力だけだ。
「これ一発で終わるなよ、大聖女の妹よっ!」
「あぐっ!!」
一人が小さな球を投げ、もう一人が木の棒で打つという遊びがある。遠くに飛ばすために打つ側は全力で棒を振る必要があり、キョーエンは球を打つかのように私の頭を豪快にガラス棒で振り抜いた。
『ガラスが粉々だ――――――っ!!ジャクリーンの頭も砕けてしまったか――――――っ!?』
「お姉ちゃん!」 「ジャクリーン様!」
私の応援団から悲鳴が飛ぶ。しかしキョーエンは手応えに違和感があり、首を傾げていた。
「むむむ……また防御魔法か」
『ジャクリーンは無傷だ!凌いだぞ!』
範囲を首から上だけに絞ることで、魔力の少ない私でも完璧に攻撃を防げる。これまで何度もやってきたことで、すでに弱点は明らかになっている。
「なるほど、しかし守りを固めているのは頭だけだな?胴体は無防備だろ……しかも短い時間しか効果は続かない!」
「………」
キョーエンにもばれていた。こうなると私にできることは一つしかない。
(いったん距離を取って……立て直す!)
すでに何本かガラス棒が割れていて、そこから素早くリング下に逃げられる。棒が残っているところだと狭くて捕まってしまう。
「よしっ、今だ!」
隙を突いて逃げようとした。そのためには立ち上がる必要があって、私はついマットに手をついてしまった。
「いたっ!き、切れたっ!」
ガラスの破片でざっくりとやった。逃げることに必死すぎて、どうしようもないミスをした。
「うわっ……血が真っ赤だ!」
「こんなもんに驚いてちゃ先が思いやられるぜ?これからお前はもっと……赤くなるんだからな!」
すでにキョーエンは新しい棒を持っていた。手の傷なんかで動きを止めたせいで、私にはさらなる大惨事が待ち受けていた。
「ぎゃあっ!!」
『防御魔法の効果がなくなっている!打たれっぱなしのジャクリーン、ついに頭から流血!』
自分の血が目に入って視界が悪くなった。こうなってしまったら試合は完全に相手のものだ。
「ぎゃ――――――っ!!」
「ジャッキー!」 「ジャッキー様!」
『これは痛い!ガラスが散らばるマットに背中から叩きつけられた!』
ただの抱え投げが大ダメージを与える技に変わる。ガラスが服を貫通して突き刺さる感覚があった。
「うう……背中がぐちゃぐちゃに………」
「そうだな。これ以上ガラスで背中を傷つけられるのは嫌だよな。だったら………」
柱に支えられていた石の刃つきの板を外したキョーエンは、それをマットに寝かせて置いた。もちろん刃があるほうを上にして。
「ここに寝かせてやるぜ――――――っ!」
「いた――――――いっ!!」
石の刃で背中の傷はますます深くなった。しかもキョーエンの攻撃はここからが本番だった。
「これでよし………とどめだ!」
『動けないジャクリーンの上にガラス棒を何本も置いた……そしてキョーエンが柱の上に立った!』
一回戦でアブコを破った、キョーエンの必殺技だ。
『ここで飛べばジャクリーンに大ダメージが入り、勝負は決まるでしょう!しかし自分もただでは済まない、命知らずな捨て身のダイブ!』
『ハハハ……いいぞ!そのクズを殺れば王国から褒賞金を出してやるぞっ!』
大闘技場の歓声や悲鳴よりも大きな王様の笑い声が響く。それを聞いたキョーエンは首を何度も横に振った。
「違うな……確かにこのデスマッチ、命が惜しけりゃ絶対にやらない代物だ。だが……死にたいとか殺したいとか思ってやってるやつはいねーんだよ!」
「………!」
「リングでの戦いは戦場とは違う。相手を殺す必要も自分が死ぬ必要もない。デスマッチだとしてもな」
キョーエンの叫びに場内は静まり返る。この戦いの真髄は私たちが持っていたイメージとは全く違った。
「生きていることを実感するためだ!熱い刺激と流れる血に汗!痛みと失血でぶっ倒れそうになりながら……生きて帰る!戦い抜いてリングを下りた時……この命に感謝して、生きていく活力になるんだ」
王様や観客たちに向けての言葉だった。ここからは私に対して語りかける。キョーエンが私との対戦を熱望していた理由だった。
「ジャクリーン・ビューティ……覚えているか?前回の闘技大会だ。お前はフランシーヌに勝ち、しかも自分で死のうとしていたあいつを救った」
「………」
「その時のお前の言葉に俺っちは感動したよ。『生きたくても生きられない人たちのためにもあなたは生きるべき』、ほんとうにその通りだ。そんな命を大切にするお前だからこそ……面白いデスマッチになると確信した」
その翌日のマキとの試合で、死ぬつもりで戦っていたことは黙っておこう。すごく怒られるに違いない。
「これからも楽しみたい……だから死ぬなよ!」
キョーエンが目を守るための防具をつけた。
「シェ―――――――――ッ!!」
私に乗せたガラス目がけてキョーエンが飛び、狙い通りの位置に落ちた。大量のガラスが割れて飛び散り、私とキョーエンの姿が見えなくなるほどだったという。
生きて帰るまでがデスマッチです。なお、横浜DeNAベイスターズはすでに死亡しています。




