転移者の真の姿の巻
「……私たちの世界でもリングの中で戦う競技はたくさんあった。しかし私もキヨも格闘技には全く興味がなかったからな……素人同然だ」
「お二人の世界からずっと昔に来た転移者が広めたルールだったのですが……そういうこともあるのですね」
異世界から伝えられた戦いをその異世界人に教えるという、よくわからない展開になった。複雑なことはないからすぐに覚えてくれるだろう。
「勇者と魔王がリングで世界の命運をかけて戦う……面白い世界だな。負けたら死ぬってわけでもなさそうだ」
「どうかな。前回の闘技大会では一人死んだぞ。回復魔法でだいたいの傷はどうにかなるが、死者を復活させることはまだ誰も成し遂げていない。即死したら助けようがない」
「………!!」
リング内では魔法の威力がかなり抑えられ、剣も殺傷力がほとんどないものを使う。だから安全かと言われたらそれは違う。
「魔族がルールを守って正々堂々と戦うか、それはわかりませんからね。勝敗よりも相手を痛めつけることが目的の残虐な敵もいるでしょう」
人間同士の戦いでもトーゴーのようなやつがいた。あいつ以上に卑劣で無法な悪魔が魔王軍にはたくさんいるだろう。
「ふふふ………面白くなってきた。無敵の力で苦労せず頂点に立つ、そんなもの面白くもなんともない」
「……ユミ!」
「危険と試練を乗り越えて栄光を掴むからこそ達成感がある!明日から特訓の開始だ!すぐにこの中で一番強くなってやる!」
笑いながら部屋を出ていくユミさん。野心の強さがうまく働けば、マキと肩を並べて戦えるくらい成長できるかもしれない。
「あっ……では私も失礼します。また明日、よろしくお願いします」
キヨさんは深々と頭を下げ、部屋を出る時にもう一度そうしてから扉を閉めた。将来は大賢者になれると言われているほどの逸材だから、大事に育てないと。
「ウーム、今日からのはずだったが二人ともいなくなってしまったな。まあいい、明日からリングでの戦いを教えてやってくれ。期限は二週間後、スーパー闘技大会の登録が締め切られる日までだ」
二人をスーパー闘技大会に出場させる気だ。ここで予選落ちするようでは魔王軍と戦うレベルに達していない。二人が実戦でどのくらい戦えるかを試すにはちょうどいい舞台だった。
「あの二人が結果を残せば、魔王軍との対抗戦が始まるとしても確実にメンバー入りだ。大聖女の姉というだけでここにいる場違いなやつも無事表舞台から姿を消すというわけ………ぐへっ!!」
「ジャッキーの悪口は許さん!くらえっ!!」
お父さんと王様の戦いが始まった。互いに近くにあった王冠や杖を武器として使ったり、髪の毛を引っ張り目を攻撃したりと見苦しい勝負になったから、私たちは部屋を出た。
「王様の言葉はぼくも頭にきましたけど、ユミさんたちのおかげでジャッキー様が危険な戦いに参加する必要がなくなるのなら大歓迎です」
(……私は安全でもマキは………)
私には愛する妹を守るという使命がある。そのためには転移者たちを強くして、少しでもマキの負担を減らすのがいいのか。逆に転移者よりも自分のほうが上だと見せつけて、マキのそばで戦う権利を手放さないのが正解なのか……よく考えよう。
ユミさんとキヨさんは二人で一つの部屋が与えられていた。もちろんとても豪華な最高ランクの部屋で、掃除をするのも数人がかりでやらないと終わらないという広さだった。
「……………」
「……………」
部屋にはベッドが二つ置いてある。しかし二人は一つのベッドで寝ていた。二人でも余裕があるほど大きい。ちなみに私たちに用意された部屋のベッドも同じもので、さすがに六人で寝ると狭すぎた。みんなが私のベッドに入ってきて、腕や足に抱きついている。
話をユミさんたちに戻すと、二人はベッドの上に座っていた。しかもキヨさんのほうは服を着ていない。もしかしたらこれは……と多くの人は想像するはずだ。ところがその想像とは少し違ったことが始まった。
「いいよ、ユミちゃん………来て」
「………うう〜〜〜っ」
キヨさんが腕を広げると、その豊かな胸にユミさんが飛び込む。そのまま顔を埋めるとキヨさんを押し倒し、そして激しく泣き出した。
「うええ〜〜〜〜〜〜ん………どうしよう!怖いよ!怖いよ〜〜〜〜〜〜っ!!帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
「……………」
「骨が折れちゃったら……腕や足がなくなっちゃったら……もしかしたら……し……死………うわあああああああ―――――――――っ!!いやだ―――――――――っ!!」
泣き叫ぶユミさんをキヨさんは優しく抱きしめ、頭を撫でる。ユミさんが少し落ち着くまでそれは続いた。王の間での二人とは全く違う。
「……怖がらなくていいよ、ユミちゃん。あなたは誰よりも強くて勇気がある。あの部屋にいた連中、モンスターたち……全員ユミちゃんの噛ませ犬だよ」
「うっ……うっ……そうかな?」
「どう頑張っても私たちが結ばれることはなかった世界から逃げられた。この夢みたいな展開……だいじょうぶ、必ず幸せになれるよ。さあ………」
キヨさんはまるで母親で、ユミさんは小さな子どものよう……いや、あれは赤ちゃんか。泣きながらおっぱいを吸う姿は赤ちゃんにしか見えない。
「んちゅ……んちゅ……」
(……見なかったことにしよう。もちろん誰にも……)
この光景を私はしっかりと目撃してしまった。マキたちの無礼を謝り、明日からのことについて打ち合わせをしようと部屋に来てみたら、少しだけ扉が開いていた。その瞬間、ユミさんの叫びが聞こえてきた。
「………あっ」
「ジャッキー……」 「お、お姉ちゃん………」
みんなが私の背後にいた。この様子だと、私が黙っていても無駄なようだ。
「帰りが遅いので見に来たのですが……」
「まさかあんな裏の顔が………」
これからユミさんがどんな活躍をしても、これが頭に浮かんでしまうだろう。
すでにスーパー闘技大会編の最後まで書き終えていますが、この時点ではまだ優勝者を決めずに書いていました。




