決められない女の巻
「何事もなく終わってよかったですが……」
「ジャッキー様は反省ですね」
みんなに囲まれた状態で床に座っている。今日の私は何を言われても仕方ない失態を犯した。
「………」
「まあ……まずはトーゴーですよ。あいつには気をつけろと散々忠告されていたのに……」
トーゴーに騙されていたのは私だけだった。胡散臭い、裏がある、信用できない……みんなは人を見る目があった。
「あいつが昨日の試合中に本性を明らかにしたからまだよかった。もし今日だったら私たちは負けていたかもしれないな」
私のせいで大変なことになるところだった。悪に支配されたままのエーベルさんが暴れ続け、トーゴーが暗躍する闇の世が訪れていた未来もありえる。
(いや……マキなら平気か)
私たちがあっさり負けて、一対一とは名ばかりの不利な戦いを強制されてもマキなら勝つ。ハウス・オブ・ホーリーが全員リングに上がっても一掃していただろう。
「今後も詐欺師に狙われるかもしれません。お金が欲しいとか仲間になってくれとか言われたら、まずは私たちに相談してください」
「……はい。気をつけます」
自分よりずっと小さなマユに説教されて頭を下げる。情けない姿だけど文句は言えない。
トーゴーに夢中になっていた件についてはこれで終わりのようだ。私としては、次の話題に移るよりはずっとこのことで責められたほうがまだましだった。
「………では、ここからが本番ですね」
「試合中に私たちを次々と襲ったことについて、詳しく話を聞きたいのだが?」
「うっ!」
逃げ場はない。みんなを納得させる答えを絞り出すしかない。
「まあ……あまり覚えてないんだけど、とんでもないことをしちゃったみたいで……」
「ジャッキー様、それは冗談でしょう。エーベルたちはかなり長い間トーゴーの魔術にかかっていましたが、全員自分のしたことを覚えていましたよ」
私への視線が厳しいものになる。全身を突き刺されて血だらけになった気分だ。
「いや、まるで夢の中みたいな感じだったから。現実ならありえないようなことが……」
これはほんとうだ。理性や良心の働きを奪われたせいで、私なのに私ではないような感覚だった。あんな大胆な行動も言葉も私のものでは……。
「……心の奥底にある欲求や苛立ちを解放する、それがあの秘術の正体でした。ジャクリーン様、あなたは隠していただけです。素直になれずにいた、と言ったほうが正しいでしょうか……」
ルリさんが私を追い詰めると、みんながニヤニヤし始めた。私の大逆転はとても厳しくなった。
「……私の装備に意見していたな。肌の露出を抑えろと。大勢の前で見せたくないと……」
大胆な格好だなと以前から思ってはいた。でもサキーが戦いやすいならそれが一番、そこまで気にしている問題ではないはずだった。
「あの言い方と手つき、お前の身体は自分のものなのだから大事にしていろ……そう受け取らせてもらった。ジャッキー、本心は伝わったぞ」
「……は、ははは………」
サキーを独占したい、そんな気持ちがあったなんて自分でも知らなかった。これが私の眠っていた欲望なのか。
「あれ?ジャッキーさんのものなのは私ですよね?女王様や私の両親の前での誓いの言葉を持ち出したのはジャッキーさんのほうです」
「………ま…まあ…その………」
サキーに続きマユも、私の暴走中の言動をはっきり覚えている。真っ赤になって倒れても記憶は残っていた。
「あれほど情熱的なキスをしたあとで『もっと凄いことをしてあげる』そうですから……私がジャッキーさんの一番でなければおかしいですよ」
まだ結婚を決意してはいないのに、そんなことを言うのは不誠実すぎる。それをやってしまったのが私だ。
「いやいや、ぼくでしょう!ジャッキー様がぼくの服の中に手を入れて何をしたか……」
ラームが前に出てきた。さっきの私はどうかしていて、愛想を尽かされてもおかしくない変態ぶりだった。それでもラームはますます私に迫ってくる。
「ジャッキー様がぼくみたいな小さな身体にも興味があるとは以前から思っていましたが、今日はっきりしました。大人になるまで待つ必要はないと!」
「……否定しても誰も信じないよね………」
ラームやマユ、それにマキのような相手に魔の手を伸ばした事実はもう変えられない。それでもみんなが私のそばにいてくれることを感謝しなければいけない。
「皆様が何を主張なさるとしても、ジャクリーン様の婚約者はこのわたくしであり、ビューティ家の正統な後継者を産むことに変わりはありません」
「ル、ルリさん………」
ルリさんは本来控えめで慎ましい人だ。ただし私が関わるとそうではなくなり、自分が先頭にいると声を大きくして主張する。
「わたくしたちが結ばれるための魔法の完成を急いでいましたが、そんなものがなくても幸せにしてくださるという約束の言葉をいただき……感動しています」
部屋の空気がとても緊張したものとなり、あまりにもビリビリしているからガラスのコップや花瓶が割れるかと思った。
「あ~あ、低レベルな戦いだよ。揃って目を血走らせちゃって、そんなに『第二位』の座が欲しいのかな?」
「は?」 「ああ?」 「………」
ここまでずっと黙っていたマキがついに口を開いた。みんなを煽りながら、勝ち誇るように。
「お姉ちゃんとわたしは二人で一つなんだよ。わたしたちだけの特別な関係は誰も邪魔できない、そんな簡単なこともわからないんだからね………ふふっ」
マキの笑いを合図にいよいよ試合開始……ということはなく、マキは私に迫った。それに続くように、全員が。
「そもそもこうなったのはお姉ちゃんが悪いんだけどね。いくらわかりきった話だからって、誰を選ぶかはっきり言わないんだもん」
「………え?」
「これもジャッキー様の優しさなのでしょうが、そろそろいいでしょう。あまり先延ばしするのも残酷ですよ」
こうなるのは意外ではない。誰への愛の言葉が本物なのか、順位をつけるとしたら一番は誰か……はっきりさせなければならなかった。
「さあ!」 「さあ!」 「さあ!」
「いや〜〜〜………一人を選ぶなんて無理だよ。みんなかわいいし、いい子だし………」
「「「「「…………………」」」」」
しばらく沈黙が流れた。呆れて物も言えないようだ。情けない私を見限って全員いなくなってしまうのが普通の反応で、それならそれでいい選択をしたと褒めてあげたい。そう思っていたのに、
「………ジャッキー、今日はもう疲れただろう。試合後で汗もかいているし、風呂にでも入ろうじゃないか」
「王様が特別に最高級の浴室を用意してくれました。王国を狙う悪党を退治したご褒美だそうです。ゆっくりしましょう………」
「あっ、そうだね!行こう行こう!」
疲れているせいでふざけたことを言い出したと勘違いしてくれたのか、みんな優しかった。
もちろんこのまま何事もなく今日という日が終わるはずがなかった。私の頭が働いていなかったのは正しかったようで、危険を察知できずにお風呂に向かったのが大失敗だった。
明日で第二章が完結します。




