本物の大聖女の巻
ルリさんも気持ちよさそうな顔で眠ってしまった。ラームの横に運んで、二人並んで寝かせておいた。
「あいつ……狂人だ!あんなやつを仲間にするのは無理だ!計画変更だ!」
「しかし仲間を襲わせることには成功した。だったらこの試合はさっさと終わらせよう!審判にあいつらの反則をアピールしてこい!」
トーゴーの指示でシヨウが走った。試合に関係のない人間が次々とリングに上がっているのだから、反則負けと言われても仕方ない。
「よっしゃ!これで終わりや……がっ!?」
そのシヨウの足が突然止まった。何者かに頭を掴まれ、先に進めない。圧倒的な力で完全に動きを封じられていた。
「邪魔すんなや!誰だおめー……げっ!!」
「邪魔してるのはそっちでしょ、ていっ」
シヨウを片手で軽々と放り投げ、リングに向かってくる。これが誰かなんて、見なくてもわかっていた。
「お姉ちゃん……さあ、始めよっか」
サキーたちとあんなことをしたのだから、マキが黙っているわけがなかった。
「遅かったね。もっと早く来ると思ったよ」
「わたしは一番最後って決めてたから。他の連中の味も感触も思い出も全部塗り替えて上書きするためにね」
私を止める気は少しもなく、ラストに登場することでおいしいところを持っていこうとしていた。
「……どうしようかな。もうたっぷり楽しんだからな〜」
「………は?」
あえて意地悪なことを言ってみた。今の私は悪の道を突き進んでいる。
「私たちみたいな何もない人間はともかく、大聖女様がこんな大勢の前で………あれ?」
ところがマキは止まらない。私の目の前まで力強く歩いて距離を詰め、互いのおでこと鼻がくっつくところまで迫った。
「面白くないよ、そういうの。普段とは違うお姉ちゃんにも魅力があると思ったけど……やっぱりいつものお姉ちゃんには遠く及ばないね」
「マキ………んっ!!」
両手を恋人のように指を絡めて繋いだ。それと同時に、マキが私の唇を奪ってきた。今日初めて先制を許した。
『大聖女様が優しく口づけ!醜態を晒す姉を正気に戻したいと願う妹の愛は届くのか――――――っ!?』
何が優しく口づけだ。マキはあっという間に私の舌をぺろぺろと舐めている。私の比ではないほどに欲望の塊だ。
(どう?わたしが一番お姉ちゃんを愛してるってわかったよね。でもこんなものじゃ終わらないよっ!)
マキが右手だけ離した。何をするのかと思ったら、
(………っ!マキめ……!)
私の胸に手を当てて、そのまま揉み始めた。キス攻撃の激しさは変わらない。
『大聖女様が妙な動きをしていますが……ジャクリーンの胸にトーゴーの術を解く鍵があるのでしょうか?』
そろそろ実況がマキを擁護するのも苦しくなってきた。私も左手が空いたし、反撃といこう。
(お姉ちゃんのおっぱい、一生こうしていられるね!全てが完璧な………んんっ!?)
マキの動きが止まった。私にお尻を撫でられ、優しく揉まれたからだ。その隙を突いて口のほうの主導権争いを五分に戻した。
『ああっ!?ジャクリーン・ビューティ、何をやってるんだ――――――っ!?実の妹にすら発情しているぞ!マキナ様の優しさが裏目になってしまった!』
「最低の変態女!」 「不敬罪で処刑しろ!」
同じようなことをしても私の場合はブーイングの嵐だ。激怒、嫉妬、嫌悪……大闘技場はますます黒い感情で満たされていった。
「んびゅっ……ひゅうっ………」
「んっ……あえっ………」
互いを貪るようにしているうちに、私は気がついた。悪を悪、闇を闇で倒そうとするのは間違っていると。
試合が始まる前は、裏切られたトーゴー相手に完全なる決着をつけようとした。徹底的に痛めつけるつもりでいた。試合は乱入合戦、無法な技の応酬だった。
操られてからの私も、サキーたちへの攻撃の動機は仕返しや欲望の解放という悪いものだった。これではトーゴーたちを驚かすことはできても、秘術は打ち破れない。
(マキ……これからは人前でももっと甘えていいからね。ここまで激しいのは別だけど……)
(わかってる。お姉ちゃんとわたしの仲を見せつけたかったんだよ。好き、好き、大好き………)
これ以上密着できないと思うくらいぴったり抱きあっていたはずなのに、私たちは止まらない。同化して一つになっていく感覚だった。
私を支配していた邪気が逃げていく。マキに吸い込まれたわけではなく、自然に消滅している。強い愛が悪の居場所を奪った。
(悪をそれ以上の悪で倒そうとするのは大間違い………正義の心で立ち向かうべきだったんだ!)
「うわっ!!ま、眩しいっ!」
「光っているのか、大聖女姉妹が!」
私とマキが一つになった瞬間、私たちが持つ大聖女の力も一つになった。身体から放たれる白い光は、これまでよりも遥かに強く、清く、美しかった。
『だ、大闘技場が光に包まれています!マキナ様やジャクリーンの発光は先日の大会でもありましたが、目の前の光はレベルが違います!』
『こんな神聖なものは生まれて初めて見た!』
闇が光に覆われていく。私たちの長かった口づけが終わった時には、征服が完了していた。
「……お姉ちゃん、会場の空気が………」
「全く違うね。とても爽やかだ」
私がトーゴーの秘術から解放されただけでなく、観客たちも元通りになっていた。もちろんサキーたちも。
「あれ?エーベルたちはどこに?」
「あっ、そうだ。まだ試合中だった」
リングから離れていたエーベルたちを探す。また奇襲攻撃を受けたら大変だ。
「………」 「………」
「いたぞ!エーベルとシヨウだ!」
ところが二人の様子がおかしい。試合中だというのに、まるで今ここに連れてこられたかのように辺りをきょろきょろと見渡していた。
「………私たちは……何をしていたのでしょう?」
「夢の中にいるようだったけど……これは?」
私とマキの持つ力が一つになることで、大聖女の奇跡は輝きを増した。洗脳されてからかなりの時間が経っていたエーベルたちの解呪に成功し、トーゴーの毒を完全に取り除いた。『本物の』大聖女の力に不可能はないのかもしれない。
第二章完結は目前です。




