リングの伝道師の巻
スポイラー・トーゴーの遠い先祖は異世界の人間だった。リングを使った戦いが多くの国で楽しまれていたが、世界のどこでも、というわけではなかった。
この素晴らしい競技を広めるために、その人間は旅に出た。あらゆる土地で人々に教える姿は、『リングの伝道師』と呼ぶにふさわしかった。
ある日伝道師は静かな場所で休んでいた。これまでの人生を振り返り、この先どうするかも考えていた。
(もっと『プロレス』を知らない人たちのところに行きたい。世界を変えてみたい!)
自分の活動に限界を感じ、何かが起きることを期待していた。その願いは想像を超えた形で叶えられた。
『よろしい。ならば最高の地を用意しよう!言葉通り、その世界の歴史と常識を変えるがよい!』
「ま、眩しいっ!うっ!」
次の瞬間、伝道師は全く違う世界に転移させられた。謎の力の主によって、言葉が通じずに困るということはなく、すぐにやりたいことができた。
「ロープで跳ね返り加速して……」
「なるほど。攻撃に威力が出るな」
人間たちだけでなく、魔族にもリングの作り方と戦い方を教えた。この世界は伝道師がいた世界よりも身体能力が高い者ばかりで、魔法や特殊な力を使えば更に技の完成度は高くなる。
新鮮なものを前に皆が意欲的に学び、あっという間に吸収する。とても教えがいがあり、伝道師は充実した毎日を過ごした。
(この素晴らしい世で唯一物足りないのは……強者の中に悪役がいないことだな。純粋な悪がいない)
人間界で悪党と呼ばれる者たち、また魔王とその仲間たちにも、彼らの正義があった。それぞれの主義や主張には筋が通っていて、簡単に正義と悪を分けることは難しかった。
どうしようもない悪人たちも存在していたが、彼らは弱かった。金や権力のおかげで強者の側にいるとしても、もし彼らがリングに上がったなら瞬殺だ。熱い勝負ができる腕前を持った者同士で善と悪がぶつかり合う、それが最高に楽しい戦いだと伝道師は考えていた。
(悪役がいるから正義が光り、試合が盛り上がる。善人しかいない世はやがて戦うことを忘れる。せっかくここまで広がり、私の死後はますます普及していくであろうリングでの戦いが廃れてしまう………)
伝道師はこの世界で結婚して子どもを持ち、自身の技術が代々受け継がれていくようにした。仮に世界がリングを捨てたとしても、自分の家だけでも継承し続けるなら完全に廃れることはない。
そしてもう一つ、子孫たちに残した書があった。『時が満ちたら闇で光を覆うように』と書かれていて、伝道師から数代後の女、スポイラー・トーゴーは今こそその時だと確信して動き始めた。
「あなたが大聖女の生まれ変わり、それはもちろん信じるさ。だがわからないのはその生き方だ」
「生き方?なぜですか?」
「大聖女でありながら不幸せな生涯を過ごした前世の鬱憤を晴らしたくないのか!やり直したいと思うのは当然のことで、あなたには奪い取る資格がある!」
先代大聖女の生まれ変わりでありながら膨大な魔力と癒やしの力はなかったので、田舎で慎ましく生きようとしていた少女エーベル。トーゴーは彼女を唆し、悪の道に誘った。
「マキナ・ビューティを見たか!幼稚で無責任、しかも凶暴な本性を秘めている!偽の大聖女を追放し……エーベル!お前が大聖女となれ!どんな手を使っても!」
「グ……グアアア〜〜〜ッ」
エーベルを闇の側に引き込むと、トーゴーは仲間を集めた。ユーという女は最初から小悪党だったが、他の者たちはいずれも洗脳され闇に堕ちた。
例えばシヨウは真面目な冒険者だった。『ヨー』という一つ年上の女武闘家とコンビを組み、ダンジョン攻略や闘技場の試合で稼いでいた。しかしヨーがスランプに陥った時、トーゴーがシヨウに囁いた。
「お前のパートナーは終わってるぞ。足手まといのクズを捨てて、私たちと最高のチームを結成しようじゃないか。真の大聖女を中心とする聖なる館……ハウス・オブ・ホーリーだ!」
「う………うおおおおっ!」
トーゴーは二人を仲間にする際、悪魔の言葉だけでなく秘術も使っている。彼女たちの良心が働かないようにして、目的のためならどんな手段を用いてもいいと思わせた。
仲間を裏切った者、師匠を裏切った者、自分を捨てた人々を激しく憎む者……ハウス・オブ・ホーリーの残りのメンバーたちも、全員トーゴーによって不満や疑念、苛立ちの気持ちを刺激させられていた。我慢できるはずの小さな負の感情がトーゴーの力によって爆発し、彼女たちを愚行へ走らせた。
(いいぞ。光から闇に堕ちてきた人間たちを見るのはやはりいい!残りはあいつか……ジャクリーン・ビューティ!新旧の大聖女よりも遥かに清く美しい心が黒く塗り潰されたらどうなるか………最高に楽しみだ!)
トーゴーの暗躍の目的は『面白い戦いがしたいから』、それだけだった。そのために崇高な理念など一切ない、ただ世の中を混乱させたい無法集団を作り上げた。
純粋なる正義と悪がリングの上でぶつかれば試合は盛り上がり、皆が戦いを求めるようになる。先祖と同じ考えを持ち、思い描いていた理想を実現させようとしていた。
「ジャッキー!」 「ジャッキーさん!」
「ハハハ……こいつはすでに心の中の悪に支配された!こうなるとお前たちはこいつよりも自分の身を心配したほうがいい!」
トーゴーは勝ち誇る。私の洗脳はすでに完了していた。
「ジャクリーンとのつき合いは長いのだろう?それなら互いに不満もあるはずだ。もちろん些細な問題であり、意識しなければ忘れてしまう程度のことだろう。そうでなければとっくに解散だからな」
「………」
「しかし私の秘術は僅かな火種で森を消失させる大火災を起こす!今のジャクリーンにはお前たちが家族を殺した仇敵に見えるだろうな!」
サキーとマユの顔が青くなった。ダブジェ島の温泉でのいたずらを筆頭に、私が心の奥底で根に持っているかもしれないことがいくつか思い当たったからだ。
「ぐっ………」 「むむむむ」
「さて、私は離れたところで見物させてもらおう。私は確実に恨まれているからな……」
闇に支配された私が動き出す。地獄の始まりだった。
セ・リーグが誇るお笑い集団、横浜DeNAベイスターズが中日ドラゴンズに最大6点差をひっくり返され大逆転負け。『横濱漢祭』の最終日で見事な討ち死にを遂げた。
今年の横浜は中日とヤクルトの下位2球団から大きく勝ち越し、Aクラスのチーム全てに負け越している。その姿はまるでホストに貢ぐ歌舞伎町の風俗嬢のようだ。ならばせめて勝てる試合を確実に勝たなければならないのだが、練習の質が低くゲーマー揃いの横浜には3タテできる体力など残っていなかった。
牧や山本の活躍で早々に大量リード、さあ逃げ切りというところで戦況は急転した。八回以降の投手は全員1アウトを取るのも苦労しているどうしようもない者ばかり、前進守備も裏目の連続でとうとう勝ち越しを許した。セットアッパーもストッパーも本来なら剥奪するべきなのだが、もう代わりがいないのだからチームは末期だ。
九回は三者三振でそのまま敗北、潔く散った。武士であればそれもいいだろうが、プロ野球選手があっさり負けを受け入れていては失笑ものだ。運、実力、練習量、諦めない心、センスのない監督の下でも腐らない気持ち……全てにおいて完敗だった。
横浜DeNAベイスターズの天下統一はこの小説がランキング入りすることと同じレベルで不可能だと言っても過言ではない。ファンの怒りも頂点に達しているだろうが、SNSへの投稿では言葉に気をつけないと開示されるので直接的な表現はなるべく避けたほうがいい気がする。(『無◯リーゼント』とか『カ◯アキ』とか『豚』などと書いている人は気をつけましょう)




