悪に覆われた大闘技場の巻
マキが怒っているのに全く動じないトーゴー。すぐに指で合図を出すと、ルリさんの隣にいた女が立ち上がり、武器を構えた。乱入者二人もリングを下りて、倒れるサキーとマユを髪の毛を掴んだ。
「………っ!」
「大聖女様!あなたが動けば人質どもがどうなるかをよく考え、慎重に行動なさってください」
とことんこのスタイルを貫くつもりか。こうなってはマキも座るしかない……と皆が思った。ところが、
「……好きにしなよ。そのぶんわたしも好き勝手やらせてもらうから」
「は……?いや、だからあなた次第でそこのルリ・タイガー、それにサキーとマユの二人は……」
「別にいいって言ってるじゃん。そいつらが消えてわたしに何のダメージがあるの?お姉ちゃんを狙ってるどうしようもない連中……そんなのが人質になると思ってるなら頭が弱すぎて救えないよ」
マキは止まらなかった。私を人質にしない限りマキには効果がない。
「狼狽えるな!あいつは偽者とはいえ大聖女だ、本気であんなことを考えているはずがない!」
「いや……嘘には聞こえない!私たちが変な動きをしたら全員無慈悲に殺される!脅されているのはこっちだ!」
極悪非道のハウス・オブ・ホーリーが震えている。エーベルが真の大聖女と主張してはいるものの、それはお金や地位を得るためだ。誰が本物なのか彼女たちもわかっている。殺意を向けられたら生き残れない。
「あ、あのどす黒いオーラ!あれが大聖女か!?」
「冗談抜きでエーベルのほうが大聖女にふさわしいだろ!人の命を軽く考えすぎだって!」
この無礼な発言、私も怒りがわいてきた。マキが私のために怒るなら、私はマキのために怒ろう。
「もういいかな。誰からやろうか?」
痺れを切らしたマキがとうとう動こうとしたその時、私たちに援軍がやってきた。
「妹様!あなたはそこにいてください!」
「この声はどこから………ぐあっ!?」
ルリさんに武器を向けていた女をラームが一撃で倒した。身体を小さくして近づき、能力を解除した勢いであごに渾身のパンチを食らわせた。
「お、おい!あれは………はっ!!」
「これ以上お前らに好き勝手させないぜ!」
「あの屈辱、百倍にして返してやるよ!」
ザ・グレーテストのツミオさんとエンスケ、それにアッキーラさんが入ってきた。マシガナさんもその後に続く。昨日の復讐戦として、私たちを助けてくれた。
「うあっ!やめろ!まだ試合中だ、放せ!」
「試合中だからこそ関係ない人には退場してもらいます!ジャクリーンさん、頑張ってください!」
エーベル、シヨウ、そしてトーゴー以外のメンバーは排除され、三対三の戦いに戻った。審判は意識を取り戻し、サキーとマユも回復した。
「一人でよく耐えてくれた……タッチだ!」
サキーに代わってリング外で休む。熱くなりすぎた気持ちを落ち着かせるのにちょうどいいタイミングだった。
「トーゴー!こちらも交代だ!」
相手もトーゴーからエーベルに代わり、サキーの剣術とエーベルの魔術がぶつかる。場外乱闘ではエーベルのほうが上手だったけど、リング上での戦いならサキーが強かった。
「ぐっ……うぐっ………」
「どうした!その程度で大聖女の座を強奪する気だったのか!?トーゴーありきの大聖女なんか不要だ!」
『サキーが前に出る!エーベルはたまらず後退!』
先代大聖女の力は失われ、記憶しか持っていないのだから、サキーより弱くても驚かない。私が知る限り、サキー以上とはっきり言えるのはマキぐらいだ。
「こ、このっ!」
『エーベルが目潰し攻撃!しかし不発!』
一瞬躊躇ったのか、外から見ている私でも目潰しだとわかる動きだった。当然サキーは難なく回避する。
「子どもの遊びみたいな動きだな!実戦経験が足りないな?私が教えてやるからな……ほら!」
「うああっ!」
サキーは隠し持っていた砂でエーベルの視界を奪った。場外で痛めつけられた仕返しか。
『エーベル悶絶!審判がサキーに注意します!』
「ナメた真似しやがってコラ!」
審判と話している隙を突いてシヨウが入ってきた。ところが途中でマユがカットして止めた。
「正式なタッチをしないでリングに入っちゃいけない。懲らしめてあげないと!」
「ぐあああああ」
シヨウの頭を腕で固定したままロープにつけて、その目をロープで擦りつけながら走る残虐な技だ。サキーはともかくマユがこんな荒っぽいことをするなんて珍しい。
「やれ―――っ!そんなやつら、殺しちまえ!」
「首を落としてから磔刑だ!」
観客の声援も普段より物騒になってきた。ハウス・オブ・ホーリーの卑怯な戦いに苛立っていたにしても、大闘技場全体が殺伐としている。
「ハハハハハッ!!これだ、この空気だ!皆が悪に染まりつつある空間……最高だっ!」
「ト……ト―――ゴ――――――!!」
全てがこの悪魔の願った展開だった。自分たちが悪役になるだけでは足りず、私たちや観客まで闇に引き込んだ。
「これだけ憎しみや怒りが満ちていれば私の技の成功率は100パーセントに近くなる……私の最大奥義だ」
「………!?」
嫌な予感がした。慌ててトーゴーから離れようとしたけど、その技に距離は関係ないようだ。トーゴーは私を追わずに話を続けた。
「世界の平和や幸せのために命を捧げる勇者、全てを捨てて神に仕える聖職者、誰からも善人と言われる清い人間……彼らであっても完全に正義にはなれない。悪の感情を全く排除できる人間などいない!」
「……………」
「その比率が違うだけだ。自らの悪を制することができるかはそこにかかっている。人間なら必ず持つ悪の心を100パーセント引き出し、欲望に忠実な生き方ができるようにする力を持つ者がいたら……どうなると思う?」
尋ねるまでもなかった。それがトーゴーの能力だ。
「エーベルもシヨウも……私が洗脳したんだよ!弱い正義よりも強い悪、どっちが勝つか決まってんだろ!そしてジャクリーン・ビューティ!次はお前だ!」
「うっ!!こ、これはっ………」
トーゴーの両手から怪しげな霧が噴き出し、私を覆う。逃げることもできず飲み込まれた。
「ジャッキー!」 「ジャッキーさん!」
「それまでずっと『いい子』だったやつほど解き放たれた時の反動は凄まじい!さあ、悪に支配されて我々の一員となれっ!」
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