聖女になれなかった女の巻
よろしくお願いします。
「な……なんと!この方からは一切!聖女としての力も神の加護も感じられません!」
「そんな馬鹿な!確かに私たちの娘、長女だぞ!」
私が12歳になった日、衝撃の事実が明らかになった。私のお母さんは結婚するまで聖女として王国を守っていた。その力は代々最初に産んだ女の子に引き継がれていくはずだったのに、私には何もなかった。
「前代未聞だ……どうしてこんなことが」
「我が国に聖女様は他にもいますが、全員12歳の誕生日に神から力を受けるのは今さら言うまでもない事実です。慈悲深い治癒と悪を裁く正義の魔法により国を救う……その兆しがこの方にはないのです!一般人と何ら変わらない!誕生日を間違えているくらいしか可能性は……」
「……あれ?何かあったの?」
「!?」 「こ、この神々しいパワーは!?」
皆が混乱していたそのとき、私の1歳年下の妹がやってきた。するとお城や大聖堂から来た人たちはこれまで以上に驚き、騒然とした。ちなみにその人たちでなければ聖女を見分け認定することはできない。
「失礼ですが……私たちを試しておられたのですか?この方こそ本物、聖女の力を有しています!」
「いや、この子は妹、まだ12歳にはなっていない。仮に聖女だとしてもまだ………あっ!!」
「数百年に一人と言われる例外なら……長女でなくとも聖女に、しかも12歳を待たずに神の力を受けると伝承にはありました!そしてその場合は『大聖女』!規格外の魔力を持つ歴史に名を残す人物となります!ま、まさか私が生きている時に大聖女が現れるとは、神よ………」
私はお父さんと同じ黒い髪、妹はお母さんのような美しい金髪なのがこの異常事態に関係があるのかはわからない。そんなことよりも大聖女が、しかも私の妹が………。
王国中が大聖女の誕生を盛大に祝った。お父さんとお母さん、そして私も妹といっしょにいろんなところに招かれた。美味しいものをたくさん食べて飲んで、きれいなドレスを着た。毎日の生活も変わった。大きな豪邸や家の仕事をする奴隷たちを国からただで貰い、あっという間に貴族になった。
妹のおかげで私も最高の日々……なんて最初のうちは気楽だった。でも新しい環境に慣れてきて、いろんなことをじっくり考える時間ができたとき、私は不安になった。
(………捨てられる?何もない役立たずは……)
聖女の力を得られなかった代わりに別の何かが与えられたということはなく、スキルや加護を一切持っていないのが私だ。一般人以下の存在だった。
私のように長女でありながら聖女になれなかった話は聞いたことがない。何しろ数百年に一度のことだ。それでも似たようなことは時々耳にする。例えば双子で、産まれた時間はだいたい数分差、長くても一時間以内だった場合ほぼ同時とみなされるようで、どちらが聖女の力を得たのかは12歳の誕生日にならないとわからない。その日、人生の明暗が分かれる。
聖女だった子がもう一人を見下し、両親や周りの人間も『選ばれなかった落ちこぼれ』を虐げるようになる。しばらくは奴隷のように扱い、やがて家から追放するか評判の悪い家の男との政略結婚の駒にされる。
(最初から違うとわかってたらなぁ……)
次女以降は聖女の力を引き継げない。最初から期待されていないので別の力を受けられるように育てられる。結婚相手もしっかりしたところから選ばれる。しかし私はその期待を裏切った人間、突然追い出されても文句は言えない。いつか訪れる未来に怯える日々が始まった。
「おはようジャッキー!今日も素敵だ!」
「ええ!世界一美しくてかわいい!私たちは最高の幸せ者ね!」
私の名前は『ジャクリーン・ビューティ』。みんな私のことを『ジャッキー』と呼ぶ。16歳になった今、家から追い出される気配はまるでない。今日もいつものようにお父さんとお母さんから溺愛されていた。
「おはよう………うわっ!」
「えへへ〜〜〜……お姉ちゃん〜〜〜すりすり」
大聖女様である妹が抱きついてきて、私の匂いを吸っている。こうすることで日々の疲れや消耗した魔力を回復できるらしい。
「しばらく帰れないからね……たっぷり補充しとかないと」
「寂しくなるな……しかし大した調査ではないはずだ。わざわざマキが行く必要もないだろうに」
「最近は魔物よりも他の国の動きが怖いわ。マキがいるのだからどんな敵が来ても大丈夫とはいえ、無理は禁物よ」
妹は『マキナ・ビューティ』、愛称は『マキ』。聖女が兵団に同行する場合、傷ついた兵士たちを癒やすのが主な仕事だ。でもマキなら仲間が傷つく前に敵を一掃できる攻撃魔法があるからそれには当てはまらない。浄化や裁きというよりは殲滅と呼ぶべきだ。
「二人とも、わたしがいない間、お姉ちゃんを頼んだよ」
「任せておけ!大事なジャッキーに何かあったら自害以外に責任を取る方法はない!」
家族のなかで私は『守護されるべき存在』になっていた。聖女の力どころか何の加護もスキルも才能もないのだから、弱いのは事実だ。
私たちの王国を敵視している人間は大聖女のマキが邪魔で仕方がない。でもマキを襲うなんて自殺行為もいいところだから、私を攻撃してマキを封じ込めようとするかもしれない。単純に落ちこぼれの私を痛めつけたい連中もいるだろう。家では愛されていても外での私の評価は地の底、これ以下はないほどだ。
(ビューティ家のみんなのためにも過保護に守られてるだけじゃだめだ。私だって………)
辺境に送られることも遥か年上の化物みたいな男に嫁がされることもなく、大切にしてもらっている。私を家に置き続けるせいで周囲から白い目で見られていてもだ。どうにかその愛に応えたい。そのためにできることは何でもしようと固く決意しているのに、なかなかうまくいかない……それが私だった。
登場人物たちの名前には元ネタがありますが、借りているのは名前だけで外見や性格はあまり関係がありません。実在の人物や団体とは無関係のはずです。