機械獣
ザラロスカの摩天楼は、あいも変わらず怪しく輝いている。
摩天楼を見下ろすビルの屋上に、サヨが立っている。
頭には軍帽。袖を通さずボタンも付けず羽織った軍服のコートがマントの様に靡いている。下は、腰に弾倉をベルトの様に巻き、そこから股にかけて暗灰色の布を垂らしている。両手足にはルミナイトの機械鎧を装着している。
羽織っている軍服の襟には紐が付いており、それが蝶々結びになる事で辛うじて風に飛ばされずに済んでいる。にも関わらずコートの下の上半身は何も着ていなかった。
サヨの今の格好を形容するならば、冷たい軍国の軍備品によって彩られた熱砂の国の踊り子である。
「サヨさん!危ないですよ!」
背後にはコトリン。
かなり焦っている。
「僕なら大丈夫だよ。だって、」
バチバチと閃光を放ちながらサヨの周囲に機械部品が発生する。
部品はその場で組みあがり、そこに一匹の機械の大蛇を顕現させた。
サヨはこの蛇に、【レオナルド】と名付けている。
「凄く強いんだから。」
レオナルドはサヨを護る様にとぐろを巻く。
装甲の間に間から漏れる白色光が淡くサヨを照らした。
「そうじゃないです。その…その恰好はちょっと…」
「ん?」
コトリンは目をそらそうとしながらも、チラチラとサヨの胸元を見る。
非常に際どく、コートが飛んで行ったり風で捲れたりしてしまったら見えてしまう。
「ああ。これも大丈夫だよ。ねえコトリン、絶対領域の魔法って知ってる?」
「え?まさか、そんな魔法が?」
「この世界の真理さ。」
「?」
「この世界には、僕みたいに奇抜な格好の人は沢山居る。然し、実際に事が起こってるのを僕は見た事が無い。だから僕も大丈夫さ。」
「???」
勿論その様な魔法は存在しない。
サヨは、そういう根拠の無いメルヘンを信じるのが好きだった。
「魔法が僕を守ってくれるからさ。」
「サヨさん…」
何言ってんだこいつ。
それがコトリンの率直な感想だった。
「…あ、そうだサヨさん。私はどうすれば…」
「例の新居に帰って、僕のためにあったかいご飯を作って待っていておくれよ。」
「え?でも…」
「僕が居ないと寂しい?ふふふ、僕もだよ。コトリン。」
サヨは微かにコトリンの方を向く。
「でも僕は行かなくちゃならないんだ。君を守る為にね。だって僕は、強いから。」
サヨはそれだけ言い残し飛び降りる。
機械の蛇レオナルドもそれに続く。
コトリンは直ぐにビルの下の様子を見てみたが、もうサヨと蛇の姿は無かった。
〜〜〜
掃除夫ダニエルは、今しがた磨き終えた懐中時計を見た。
午前零時。
人々はあいも変わらず街を往来している。
ハンマー女騒動は未解決のまま風化し、今やザラロスカから忘れ去られようとしている。
だがファミリーはそれを許さない。
必ず見つけ出し、4人の家族を殺めた代価をきっちりと支払わせる。
「…遅いな。」
ダニエルがビルの前で待機を始めてから、やや二時間は経過している。
そろそろ仲間がハンマー女の死体を持って出て来る頃の筈だ。
“ドサリッ”
“ドサリッ”
不意に、ダニエルの目の前に何かが落ちてくる。
先程ビルに入った、2人の仲間の死体だった。
「…ッチ、しくじったのか。」
死体は全身に銃創が開いている。
きっと犯人が複数いて蜂の巣にされたのだろう。
ダニエルはこの事を上司に報告すべく、無線機を取り出した。
「こちらダニエル。初期接触に失敗した。きっと奴に仲間が居たのだろう。」
応答は無い。
そもそも無線機に電源が入らなかった。
「あ?…ッチ、こんな時に限って故障かよ…」
ダニエルは無線機を投げ捨て、顔を上げる。
誰かがそこに居た気がした。
次の瞬間にはもう、ダニエルの頭は上半身ごと蒸発して消えていた。
サヨは無線機を拾い上げ、鎧から魔力を流して無理やり復旧させる。
その傍らには、瞳を怪しく輝かせ、口から煙を立ち昇らせるレオナルドも居る。
『お前の直属はコルドーだろ。どうやって直接俺に掛けてきた。』
無線機から声がする。
「下っ端に用は無い。貴様らのボスに会わせろ。さもなくば、これから五分おきにお前らの家族とやらを殺して回る。返答はこの無線機に。以上。」
『何?貴様、ハンマーお…』
サヨは通信を切る。
「…不愉快だ。」
(ハンマー女って…筋肉モリモリオーク系おばさんみたいなのを想像しちゃうじゃないか。酷いなぁ。)
無線機が再び電波を受け取る。
サヨは直ぐに応答した。
「答えは出たか。」
『中央通り、ロスカーノビル前のスクランブル交差点まで来い。ボスもお前に話があるそうだ。』
「解った。」
サヨはそれだけ言うと無線機を握り潰した。
(僕と戦うつもりかな。さて、どう料理してやろうかな。)
〜〜〜
12時59分。
スクランブル交差点。
「あの女、本当に来るんですかね。」
スイーパーの1人がエリンコにそう零す。
「少なくともタイマー殺人は止まった。」
「逃げたとか?」
「奴に逃げる理由は無い筈だ。そもそも喧嘩を売ってきたのはあっちだ。」
交差点には既に、スイーパーと暗殺ギルドによる合同軍が展開されていた。
普段はお株を奪い合う両組織だったが、今夜限りは共闘している。
それがファーザーの命令だったからだ。
交差点を守護する様に、四方の道路全てにギャングが敷き詰められている。
これでは何処から来ようとも捕捉されてしまうだろう。
一時を告げる鐘の音が鳴る。
この街に時計塔など無いのに。
「中だ!」
誰かが叫ぶ。
交差点の中心、包囲網の中心、エリンコの隣にサヨが佇んでいた。
「御機嫌よう。ロスカーノファミリーの皆様。」
次の瞬間には、サヨは全方位から銃口を向けられた。
「おい女。」
全く動じない様子のまま、エリンコが話し出す。
「ボスからの伝言だ。“俺とゲームをしよう。ビルの最上階にある俺の部屋まで辿り着ければ、命乞いくらいは聞いてやる”。」
「おや、君達の父君は随分と寛大なのだな。少し見直したよ。」
機械の蛇がサヨを囲う。
現在の科学技術ではおよそ再現不能なオートマタに、その場に居る全ての者がサヨが異能者である事を理解する。
「もっとも…」
エリンコは歩いて西側の集団に混じる。
「通すつもりは無いがね。」
少しづつサヨへの包囲が狭まっていく。
「…【アレックス】。」
サヨは呟く。
次の瞬間、サヨの真上から巨大な機械のティラノサウルスが降ってきた。
機械の恐竜アレックス。
分厚い装甲版の継ぎ目から漏れる白色のルミナイト光が、サーチライトの様に周囲を照らす。
「な…なんだこいつ!?」
多数の銃弾がアレックスに当たるが、傷一つ付かない。
「逃げろおおおお!!!」
包囲していたギャングたちは一転し、逃亡を始めた。
アレックスは西側の道路に猛進を始めた。
「…ふん。滑稽だな。」
恐怖のならず者達は一変し、B級パニック映画の被害者に転じてしまった。
すっかり人気の無くなった交差点。
サヨは凱旋する様に、ビルの中へと入って行った。