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つつかれた藪

サヨの鼻歌が狭いシャワールームに反響する。

少しでも勢いを強めるとお湯では無く水が出てきてしまうので、シャワーの水量は半分に、使う時間は倍にして身体を洗っていた。


コトリンを助けてから一週間。

サヨは相変わらずザラロスカのアパートの一室で慎ましく暮らしていた。


一方ザラロスカの街は、“キラートラベラー(殺人旅行客)”の話題で持ちきりだった。

連日に渡り新聞やテレビで報じられ手配書も出回っている。

単なる役立たずの処刑とは言え、ロスカーノファミリーが行おうとしていた事が完全に妨害された事など、今までは一度も無かったからだ。


「わ、冷て!今日はもう限界かな?」


サヨはシャワーを止める。

体を適当に拭き、下は下着と短ジーンズ、上はタンクトップ一枚だけを着ると、サヨはバスルームを後にした。


燻んだガラスを透過した日の光は茶色く濁っている。

サヨは湿った髪と体も御構い無しにボロボロのソファに身を投げる。


「ふぅ…」


一週間も潜伏しているのは別に期を伺っている訳では無い。

ただ怠惰な生活が板についてしまっただけだった。


「…ねえ、コトリン。」


部屋の隅で一人、絵を描くコトリンに声を掛ける。


「?」


「今の僕、かっこいい?」


「え?」


コトリンはサヨと一週間暮らした。

その結果分かったのは彼女が天性の怠惰人間だと言う事と、かっちりとした真面目な口調の方が演技だと言う事だけだった。


「ほら、ウェスタンスタイルのダメ人間って、なぜかクールに見えるじゃん。」


「え、あ、そ、そうなんですか…?」


「ボロアパート、常に薄暗くて茶色っぽい部屋の中、自堕落なお姉さんと、大人に構ってもらえず一人で遊ぶ女の子。ほら、なんかかっこいいでしょ?」


「……?」


コトリンにはサヨの言っている事は理解できなかった。


(だめだこの人…私がしっかりしなくちゃ…)


コトリンは意を決し立ち上がる。

せっかくの恩人がこのままダメ人間として生涯を過ごす事など、コトリンには到底受け入れられなかった。


「ほら、サヨさん。立って。」


「え~?何で~?」


「外に出て働かないと、本当に駄目になっちゃいますよ!」


「だって、僕今指名手配中だし?どうせこの土地全部僕の物になるんだから、今動いた所で…」


ジジジッと古びたドアベルの音が鳴る。

サヨはけだるそうに立ち上がり玄関の方に向かう。


「隠れてて、コトリン。」


一言、そう言い残して。



〜〜〜



少し前。

ザラロスカの中心、ロスカーノビルの最上階の会議室にて。

ロスカーノファミリーを象徴する八人の長達が一堂に会し緊急会議を開いていた。


「例の事件から一週間。ハンマー女の足取りは未だ掴めず、か。」


"清掃"の長。

白髪混じりの短髪、一切の汚れの無い純白のスーツ、ガタイの良い筋肉質の体。

肩書きは、掃除夫エリンコ。

彼の率いる"スイーパー"は、掃除のスペシャリスト集団だ。

金、都合の悪い証拠、厄介者、スイーパーはそういった、ありとあらゆる汚い物を清掃する。


「消えちゃったなら消えちゃったでほっとけば良いんじゃないの?どうしてそう深追いするのさ?」


"賭博"の長。

青色の長髪、ラメ入りでド派手な赤色のタキシード、同じくコバルトブルーの瞳。

場に似合わぬ18歳の少女は、"オーナー"マリーザと呼ばれている。

父親の職を継ぐ形で現在のポジションに付いたが、その経営手腕は先代以上と称されている。


「重要なのは、その犯人がスキル持ちである可能性があると言う事だ。それだけでザラロスカの安定は著しく脅かされる。」


"司法"の長。

油けのない黒い長髪、細長い体躯、青白い肌、眼の下にクマのある恐ろしく不健康そうな顔立ち。

通り名は、執法のルカ。

司法とは名ばかりで、彼が運営するザラロスカ裁判所は、たったの一度もファミリーに不利な判決を下した事は無い。


「危険人物の排除か。今回は我々の管轄と言う事で宜しいか。」


"暗躍"の長。

全身を黒いローブで覆い、その声は不自然に淀んだ濁声、その正体は判らない。

暗殺者二コライと呼ばれているが、それが本名なのかも判っていない。

彼の率いる暗殺者ギルドが活動を始めたら最後、ザラロスカ全土が巨大な処刑場と化す。


「我ら商会としましては、この件に歯関わりたく無いと言うのが本音ですな。今は決算も控えた大事な時期、此処はニコライやエリンコに任せるのが得策かと。」


"商店"の長。

貴族を思わせる優美な衣装に、栄華による脂肪で膨れた体。

彼は総支配人ジョバン。

劇場やレストラン、ホテルは勿論の事、薬物や武器の密売、果ては人身売買まで、ザラロスカで行われる金に関わるありとあらゆる物を管轄する大商会、ザラロスカ商会のトップである。

ただカジノ関係に関してのみ、管轄はマリーザとなっている。


「ていうか、スキル持ちの犯罪者が現れたからって、わざわざ八者会談まで開く必要はあったのか?こんなの汚れ仕事役に担当させりゃ良いだけの話だろう?」


"絶望"の長。

ベージュのシャツにズボンと言う至って普通の格好。セットされた金髪・かなり筋肉がありガタイが良く、顔立ちは整っている。

肩書きは、獄卒長テレンス。

ザラロスカで行われる人身売買ビジネスの元締め。

ポジションとしてはジョバンの部下だが、立場は対等である。元々は人身売買の長と言う称号だったが、ゴロが悪すぎると言う理由でテレンス自身が変更した。


「ザラロスカの平和が脅かされるのは実に由々しき事態だ!この私が、ハンマー女とやらを即刻成敗してくれる!」


"守護"の長。

青の宝石があしらわれた純白の鎧。ショートボブの金髪は、光が当たるとラメの様にキラキラと輝く。瞳は宝石の様な青色。腰には長剣。

周りから明らかに浮いている彼女は、"守護騎士ココナ"。

ザラロスカに戸籍を置く唯一のスキル持ちで、"父"の護衛係である。

ザラロスカには、ココナの庇護を受ける事を条件に地価が割高になっている区域もある。だがその事は彼女は知らない。

ココナは、色々騙されて此処に居る。


「………」


黒いスーツに黒いコート。オイルで固められた黒髪。青い瞳。初老。

ロスカーノファミリーの長、"ファーザー"である。


「…ハンマー女が何者なのかは知らねえ。」


ファーザーは葉巻を一口。

火をつけるのは、彼の隣が定位置となっているココナだ。


「だがウチの家族に手ぇ出したからには、落とし前は付けてもらう。商業組は情報収集、実行組は物理的に捜索しろ。このザラロスカに居る以上、監視カメラとキャッチの目から逃れる事ぁ出来ねえ筈だ。」


父の一声によりザラロスカは全面警戒態勢に入った。

サヨの居場所が突き止められたのは、これより数時間後の事だった。



~~~



サヨは足早に玄関から戻る。

少々苛立っている。


「サヨさん?」


コトリンは不安げに声をかける。


「場所が割れた。」


サヨはピシャリと答える。

両手にはハンガーに掛かった衣類を沢山持っている。


「え…ど…どうしよう…」


コトリンの顔から血の気が一気に引く。


「とにかく急ごう。ねえコトリン、かっこいい系かかわいい系かドキッとする系、どれが良い?」


サヨは真剣な眼差しでコトリンに問いかける。


「…は?」


「お願い。一分一秒も惜しいんだ。」


「え…えっと…」


何の事を聞いているのかコトリンにはさっぱりわからない。


「今は…凄くどきどきしてます。」


「オッケー。」


サヨはそれだけ聞くと、バスルームへとすっ飛んで行った。


「…?」


コトリンは恐る恐る玄関の方を見てみる。

玄関先には二人のギャングが倒れていた。

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