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現代戦

ディモス地区。

ザラマチ軍が二分した日、彼等は此処で別れを告げた。

大小様々な廃墟ビルが聳えるこのコンクリートジャングルは、魔物やハウンド、更には地元のギャング達が蔓延るザラマチ屈指の危険地帯である。


サヨはカップ麺をすすりながら、そんなディモス地区のスクランブル交差点の、ガードレールに座っていた。


「………」

(サクラがよく食べてたから試しに貰ってみたけど…まさかこの世にこんな素晴らしい食べ物があったなんて。しかもお湯を入れて三分待つだけって…ちょっと反則じゃない?全人類誰も料理しなくなっちゃうよ。)


そうしている間にもサヨの瞳は、みるみるうちに集まってくる敵戦力の姿を捉えていた。

サヨの目に常時装着されているコンタクトレンズ【ホルス】は、装備者に超人的な視力と、音波と熱による三次元的な地形把握能力を提供する。

他にも、その他のルミナイト機械とオンラインで接続する事で、それらから発信される情報を視覚的に受け取る事も出来る。

サヨの黒目が淡い恒星を宿した様に見えるのも、この小さな機械が原因だった。


(ひいふうみい…ざっと300人かそこらか…驚いたねぇ、穏健派の所には30人しか居なかったのに。てっきりこう言うのって、50対50くらいで別れるもんなのかと思ってた。)


サヨの首筋に、レーザーポインタの赤い光が灯る。

だが、当の本人は全く気に留めていない。


『敵は何人だ。』


「女が一人。見た事の無い顔です。」


『一般人じゃあるまいな?』


「既に定刻を過ぎておりますし、何よりあの女の背後に、ザラマチ軍の旗が立っています。」


『…。例の自動機械とも関係があるかも知れない。生け捕りを狙え、無理なら殺せ。』


「了解。」


狙撃手はサヨから片時も目を離す事無く本部との通信を終える。

銃口はまだ、サヨの首を捉えている。


(そう言えば、この戦いが終わったら晴れて政府樹立だよね。そうなれば僕も、一国の君主かぁ…)


サヨは、自身の背後でなびく旗を見る。

錆びた鉄の棒に括り付け端がボロボロになったそれは、交差する剣と杖のマークが描かれていた。

かつてのアルノケミア王国の国旗を、若干色を変えてアレンジした物である。


(楽しみだなー、君主。あ、そうだ。何を主権に置くかも考えなくちゃ。そうだな、やっぱり自由国かな?)


サヨは、カップ麺の殻を放り投げる。


(ああそうだそうだ。せっかくなら服も一新したいな。可愛いやつかな?それとも、僕の好きなかっこいいやつ?夢膨らむなぁ。)


空のカップは空中で白炎に包まれ、地面に落ちる前に消滅した。


「あの女、魔法を!」


『総員掃射開始!』


良くも悪くも。異能者は通常の人々にとっては畏怖の対象である。

それが敵と言うのであれば、人一倍恐れられた。


ビルの窓と言う窓ほぼ全てから、無数の鉛玉がサヨに放たれる。

あまりの濃度の弾幕に、サヨの周囲には火薬と土の煙が立ち込めた。


サヨの座っていたガードレールが鉛玉の雨にひしゃげ、その一帯の地面は弾痕だらけになる。

それでもザラマチの兵士達は射撃を辞めなかった。

ただ恐怖の命じるままに、引き金を引き続けた。


三十分に渡って続いた弾幕が、漸く晴れる。

辺りには硝煙と鉛の臭いが立ち込め、コンクリートで舗装されていたスクランブル交差点は、穴ぼこだらけの砕けた荒地に変わっていた。


「こんな感じでどうだろうか。」


煙が晴れる。

そこには真新しい衣服に身を包んだ、傷一つ無いサヨが居た。


つば付きの軍帽は、そこから流れる銀糸の様な長い髪を引き立たせている。

羽織るジャケットは、マントの様に靡いている。

それは降りかかる鉛を生地に、ルミナイトを糸にして仕立てられた漆黒の軍服だった。


(…あれ、想像してたよりも色気が無いな。まあ…そこは顔とスタイルでカバーするか!)


サヨの周囲に幾つもの魔法陣が展開される。

現れたのは、全く同じ姿かたちの13基のドローン兵器。


「殲滅しろ。【チェイサーホーネット】。」


プロペラの回転音と共に、ドローンは離散した。


「さらばだ。名も顔も知らぬ戦士達よ。」



~~~



ホラー映画で得体のしれない怪異と出会った時、登場人物はどういう反応をするだろうか。

恐れおののくかもしれないし、恐怖で逃げ出すかも知れない。

当然、人や物語によって反応はそれぞれだ。

では此処に、二つの条件を加えてみた場合はどうだろう。


一つ、逃亡できない。

一つ、手には銃がある。


するとどうだろう。

どんな物語のキャラクターであっても、或いはどんな人物であろうとも、とる行動は判で押したように同じだ。


「はぁ…はぁ…やったか…?」


クラウンはスコープから目を離す。

弾倉が空になるまで撃ち続けたので、部屋にはまだ火薬の臭いが立ち込めている。


高層アパートの一室、窓からは件の掃射地点が見える。

土埃は晴れているが、先ほど見た女の姿は何処にも無い。

死体も無ければ、血しぶきの一滴も見当たらない。


(落ち着け…俺達は既にディモス地区の全域を包囲している。奴に逃げ場など無い筈だ…)


クラウンは無線機を取り、チャンネルを合わせる。

先ずは、司令部にこの事を報告すべきだろう。


ザー、キュルキュルと言う雑音が晴れ、通信が確立される。


「こちらA4。ターゲットのロストを確認しました。」


返事は無い。

ノイズは無いので、通話は成立している筈だ。


「…繰り返します。こちらA4、ターゲットのロストを…」


『"…ダ"』


破裂音がして、通信が切断される。

それから何度チャンネルを合わせなおしても、無線機がノイズ以外を発する事は無かった。


「…?」


不意に、視界の隅で何か光る。

向かいのビルの窓の向こうで、何かが反射したのだ。


クラウンは無線機のチャンネルを変え、他の地点との連絡を試みる。

通信は繋がらないか、繋がったとしても無音かのどちらかだった。


(きっと妨害電波に違いない。自動兵器を用意する連中だ、それくらいはしてくるだろ。)


クラウンはアサルトライフルを担ぎ、その場から退散する。

目指すは隣のビル。


(仕方無い…一度セーフハウスに戻って、体制を立て直さなきゃな。ザラマチの平和と未来が掛かってるんだ。絶対に負けられな…)


不意にプロペラの回転音が近付いてくる。


「?」


クラウンは振り返り、窓の外からこちらを除く単眼のドローンと目が合う。


次の瞬間クラウンは、部屋ごと蜂の巣となった。



〜〜〜



現代戦は残酷だ。

人体の限界を優に超えた兵器が戦場を支配するこの場所では、意志の強さや技術、経験の有無など殆ど関係無い。

ただ運だけが、兵士の生死を左右するのだ。


サヨは浮かない顔をしながら帰路についていた。

その視界は13機全てのドローンと繋がっている。


(あの人達にもあったのかな。信じる正義って言うのが。)


悪人というのは、大概の場合は極端に愚かである。

己が事しか考えていなかったり、他人の迷惑を顧みなかったり、或いは致命的に道徳心が欠如している。

そう言った者は皆、遅かれ早かれその国の法の元に裁かれ牢屋に入る。

だから戦場には、本当の悪人など一人も居ないのだ。


仕事を終えたドローンが、ゆっくりとサヨの元に帰還する。

サヨの半径5m圏内に入ると、ドローンは出迎える様に出現した白い魔法陣に消えた。


ビルのガラスがサヨを写す。

真新しい軍服に身を包んだサヨには、汚れ一つ付いていなかった。


「…綺麗だな。」


とても、紛争からの帰りだとは思えないくらいに。

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