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歴史的な日だ

ザラマチ軍の拠点は民家を改造した物で、増改築部分は手作りだった。


(うわーボロッボロだー。幻滅しちゃうなー…)


元が豪邸なので広さはあったが、経年劣化が進み、壁や天井にはヒビが入っている。


サヨが案内されたのは三階の一室。

ザラマチ軍の指導者の元だった。


「初めまして。私の名前はドルン・アステオ。ザラマチ軍の総統をしている。」


短い金髪。青い瞳。20歳前後の青年。

明るいが、全く本心の読めない口調。


「僕の名前はサヨと言います。訳あって苗字は伏せさせて頂きます。」

(そもそも無いからね。)


「部下から話は聞いていますよ、サヨ殿。我々と共にザラマチ政府を樹立したいそうですね。」


「ええ。貴方方も知っての通り、今のザラマチは国家と呼べるのかすら怪しい状態です。現状ここは無政府状態にあり、ザラマチで暮らす人々は廃墟や路地裏でぼろきれを被って生きています。僕はこれを由々しき事態だと考え、この状況を改善するには政府の樹立しか無いと考えております。」


「その点は私も同意見だ。我々に関しても、ゆくゆくはザラマチ市民の生活の改善にも取り組んでいかなければならないと考えている所だ。

…だがそんな事は、この国に住んでいれば誰でも思う事です。

先ず単刀直入に言います。私はまだ、貴女を信用する事が出来ない。仮に我々が君の提案に乗ったとして、我々に何のメリットがある。そもそも君は、ただの帰国子女だと聞いていますが。」


「ええ。そのご指摘はごもっともです。ただ…」


サヨは右手に持っていた物をドルンのデスクに置く。

デスソーサーの剣の柄である、


「少なくとも僕には、ザラマチ軍16人分以上の戦力があり、ビジョンがあり、そして何より理性があります。これだけでは足りませんか?」


「確かに魔物への敗北は我々の落ち度、反省すべき点だと考えています。しかしそれは同時に、貴女への協力が出来ない理由でもあります。

今のザラマチは大変危険な状態にあります。ザラビアとザラロスカの戦闘は再び激化の兆候を見せ始め、ハウンドの脅威も未だ健在。ザラムそのものを狙う諸外国も、いつ食らいついてくるか解らない状況。

一層防衛に力を付ける必要がある今、悲しい話だが今の我々に治安向上に回せる力は無い。単純に、今の我々では貴女の力にはなれないだろうし、貴女に裏切られた場合の対価を支払う能力も無い。」


「…ふ。ふふふふふ。」


「?」


「今貴方がおっしゃった全てが、僕がここに来た理由ですよ?」


部屋のあちこちから、黒色の板状金属が生えてくる。

金属は分解されてパーツとなり、銃や近接武器、手榴弾や盾と言った様々な兵器がサヨの目の前で組み上がる。

中には、メディックドローンの様な医療器械もある。


「力、医療、安全な拠点。もし僕の手を取ると言うのであれば、僕の用意できる物であれば何でも与えましょう。政府設立を困難にする憂いがあると言うのであれば、喜んで力を貸しましょう。」


サヨの目の前から新造された武器が消える。


「僕は絶対にパートナーを裏切ったりはしないと約束しますし、もしそれでも不安なら、ある日僕が裏切ったとしても対応可能な程の、充分なリターンをお約束しましょう。」


サヨはドルンに手を差し伸べる。


「僕には人手が必要なんです。同じ理想を抱く者同士、共に支え合って行きたいのです。どうか、何卒。」


ドルンは(いぶか)しんだ。

まるで絵空事に登場する悪魔の取引、あまりにも話が美味すぎる。

この手を取るのは、まだ危険だ。


「では貴女は、我々ザラマチ軍に何を求めるのですか。」


「軍政を敷くにしろ何にしろ、政府には人手が必要なのです。本当にそれだけです。…あ、政治の勉強はしてありますので、そこは御安心を。」

(クッキーおばあさんに全部教えてもらっただけだけどね!)


「……」


ドルンは暫し悩んだ後、その漆黒の鋼の手をとる。

サヨの優美な顔が、微かに笑みを浮かべる。


「今日はきっとザラマチにとって、いえ、この世界にとっての歴史的な日となるでしょう。」


その時だった。


「失礼します!ボス、緊急事態です!」


部屋のドアが開き、慌てた様子のザラマチ軍メンバーがやって来る。


「どうした。」


「過激派の連中が襲撃して来ました!あいつら…ハウンドの武器を持ってやがります!」


「そうか。至急戦闘態勢に入れ。私も出る。」


立ち上がろうとするドルン。

それを、サヨの左掌が制止する。


「お待ちを。ドルン殿。」


「?」


「親愛なるパートナーとして誠意を見せましょう。ザラマチ、そして“ルミナス様”の名の下に。」


異能を授かった者は、いつしか神格を崇拝し始める、

いつ信仰に目覚めるのかは定かでは無く、目覚めるスキルによって崇拝対象も異なる。

閉鎖的な場所で育つと、最初それは自分が考えた架空の神格だと考え、同じスキルの者と出会って初めてそれが実在する信仰である事に気付く場合もある。

なので、聞き知れない神の名を口にしたり、見知らぬ様式の祈りや儀式を行なっている場合、その者はスキルを持っている可能性が高い、と言う見分け方もあった。



〜〜〜



サクラ・キクライの人生は波乱に満ちていた。

東洋の名家で生まれた彼女は、幼少の頃より勉学や習い事に励み、多彩な才を開花させていった。

名家に嫁ぐにしろ、一流企業に就くにしろ、サクラの将来は安泰だった。


ある日、東洋の国で軍事クーデターが起こった。

腐り切った財閥に対して、軍部を中心に大衆が発起したのだ。

自身が財閥の家の娘である事は、サクラは逃亡中の列車の中で知った。

海を越えた先で列車がハウンドの襲撃に遭ってから、サクラは長い間アルラント大陸を放浪した。


ある日サクラは、腹が減って行き倒れている所をザラマチ軍に発見され、それからザラマチ軍のメンバーとして生きる事となった。

賢く器用で何事もそつなくこなすサクラだったが、ある一点、致命的な弱点があった。


「私ならできる…私ならできる…私なら…!」


拳銃に弾を込め、サクラは意を決して窓枠から僅かに顔を出す。

すると目の直ぐ下の壁に銃弾が当たり、壁の破片が宙を舞った。


「ひやああああぁぁぁぁ!!!」


サクラは直ぐに引っ込み、そのまま反対側の壁まで後退する。


「おいサクラ!何やってる!死にてえのか!?」


「すすすすすすいません〜!」


サクラは、兵士として最悪だった。


黒く真っ直ぐな、ビロードのような長髪。眼鏡。学年に一人居るかどうかの美人。防弾プレートで覆われた戦闘服は、あまり似合っていない。


(うう…平和な世界が恋しい…)


サクラの顔の直ぐ横に、銃弾が直撃する。


「ひいいいぃぃぃぃ!」


「もういい!戦えねえならすっこんでろ!」


「すいませ〜ん!」


サヨは姿勢を低くし、頭を抱えながら前線となっている窓際を後にする。

辿り着いたのは階段の裏、この建物で一番静かな場所である。


「はぁ…どうして私は、命を賭ける勇気が無いんだろう…」


「それは、此処が祖国でも何でも無いからでは?」


「そうですよね…私が臆病な弱虫だから…って、うわぁ!?」


いつのまにか、サクラの目の前には一人の女性が立っていた。

短ジーンズに、隆起し歪みきった白いTシャツ。瞳が黒目全体に放射状の光を放つ、星を宿した様な目。長い銀髪。手足を覆う漆黒の機械鎧は、どう見ても浮世の物体では無い。

サヨは、見た目に顕著に出るタイプのスキル持ちだった。


「異能者!?いやでも、ザラマチ軍には…と言うかこの国には居ない筈…」


「最近越して来たんだ。」


サヨはそう言いながら、サクラに一枚のプレートを渡す。

それは黒くて滑らかな、タブレットサイズのルミナイトの板である。


「これは…」


「生まれ故郷でも無いザラマチの為に命を懸けて戦え…って言われて、一体何人の人間がそれを実行できるのか。」


サクラの持っているルミナイトのタブレットが起動する。


「貴女のボスから、貴女も戦えるようにして欲しいと頼まれてね。これなら命を掛けずに戦えるぞ。」


タブレットには、ゲームが表示されていた。

剣とボウガンを装備した黒騎士を斜め上の視点で映しており、周囲には地形や敵キャラ、画面の右と左にはそれぞれ攻撃ボタンとスライドパットが表示されている。


「これは?」


「君の役目は、このゲームで敵を殲滅する事だ。良いね。」


サヨはそれだけを告げると、その場を後にした。


(これ…3Dアクションゲームって奴かな?これで訓練しろって事?)


この手のゲームには親しみがあったサクラは、そのままプレイを始める。


(やった!また倒した!…はぁ…現実でもこんな風に戦えればなぁ…)


ゲーム内での敵キャラの撃破と、外から聞こえる敵の断末魔が同調している事に、サクラはまだ気付いていなかった。

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