集結
それはココナにとって、人生最悪の経験だった。
まず襲ってきたのは、全身がバラバラになったかの様な壮絶な痛み。
そこに、めちゃくちゃな記憶が無理矢理頭の中に戻されながら、脳をかき回される不快感が足し合わさる。
かつて"父"や"家族"から受けた凌辱もこの苦痛には劣る。
(止めろ…止めてくれ…)
身体を切断され、縫合されを延々と繰り返されている気分だ。
子供に遊ばれる粘土も、こんな気持ちなのだろうか。
(頼む…もう許してくれ…)
もしやここが地獄か。
ココナはそう考えた。
父の命令とはいえ、あまりに人を殺し過ぎた。
これは裁きだ。今まで自分が人に与えてきた苦痛が、清算される時が来たのだ。
(う…うあ…ああああ…)
もうだめだ。発狂する。
「"ボゴボゴボゴボゴバガバガバガバガバガ!?!?"」
目が開く。
一面の緑。
全身を襲っていた痛みと不快感だったが、皮膚や頭からはひけていた。
(…ん?)
自分は確かに死んだ。それは理解している。
それともここが、戦神ドゲル様の御許だと言うのだろうか。
(…【ナイトモジュール】…)
身体が熱くなり、心に確固たる信念が宿る。
これは紛れも無く、自分のスキルの感覚だ。
だが、
「"ガボバッ!?"」
ココナは砕けた内蔵を吐き出す。
蛍光緑だった視界が、グロテスクな肉色に変容する。
『おや、もう目が覚めたのか。』
聞き覚えのある声が、培養槽全体に響く。
(お前は…)
『サヨだ。覚えてないか?』
(お前は確か…私を殺した…)
『良かった。記憶も戻ったみたいだな。』
水流の音と共に、ココナの視界から肉色が取り払われていく。
『スキルと言うのは、我々が思っている以上に重労働だ。試すのは、できれば君の身体が完全に出来上がってからにして欲しい。』
(…つまりお前は、私を生き返らせたのか?)
『よくあるだろう?事故で死んだと思ったら、サイボーグの身体で復活したと言う現象。あれだよ。』
それは漫画の中の話では。
そんな突っ込みもぐっとこらえ、ココナは次の質問をする。
(目的はなんだ。何故私を作り直した。)
『知りたいか?それはだな…』
マイク越しにココナと喋るサヨは、ひどく狼狽していた。
音速で貧乏ゆすりをしながら、大量の冷や汗をかいている。
「それはだな…」
まさか本当にうまくいくとは思っておらず、サヨはここから先の事を何も考えていなかったのだ。
(やっばいどうしよう…本当に死者を蘇生しちゃった!これって多分ダメな事だよね!僕これから、世界道徳保全団体とか、なんかそういう組織に追われちゃうのかな!?)
そんな組織は無い。
次の展開を考えているサヨに、ココナから助け船がやってきた。
『まさか私も、お前の兵器になるのか!?その漫画の様に!』
「漫画?」
(漫画、サイボーグ、復活、ココナ…騎士?ヒーロー?これだ!)
サヨは立ち上がり、声高らかに宣言する。
「そうだ!これからお前は我が尖兵となって復活する!悪を挫き、ザラマチの平和を守る正義のヒーロー!ナイトレンジャーとしてな!」
『ナイトレンジャーだと…!?』
ナイトレンジャーと言うのは、サヨがコンマ2秒で考えた適当である。
だが幸運な事に、ココナにそれがクリーンヒットした。
『な…何てことだ…ぐふふ…我が力と忠誠心を…き…貴様の悪事に利用される事になるなんて…いひひ…それで、ナイトレンジャーは何をすればいい!?』
「え?そ…それは…だな…」
サヨのスマホに通知が届く。
第二防壁も突破され、じきに敵軍が本土に侵攻してくるとのこと。
(そう言えば敵が攻めてきてるんだった。すっかり忘れてた。)
「まずはこの街の平和の為に戦ってもらう!この任務を遂行した暁には、町中が貴様の名を称えるだろう!」
『平和の為に戦う…いひひ…!それではまるで、本物のヒーローではないか!』
「その通りだ!僕だけの為ではない。このザラマチに住む、生きとし生ける者全ての為にだ!やってくれるか、ヒーロー!」
『【ナイトモジュール:ロイヤルヒール】!』
培養槽が光り輝く。
未完成の身体を損傷とみなした回復魔法が、ココナの身体の再構築を加速した。
(あれ、このままこの速度でいったら、午後には戦線に出せるのでは?)
~
「うおおおおおおお!とりゃああああ!」
快活な叫び声と共に、機械恐竜の首が宙を舞う。
白い火花を散らしながら、また一頭、アレックスが四人組の侵入者に敗北した。
「くっそー…倒しても倒してもキリがねぇ!」
ウォレス。
【ウォーリアモジュール】の魔法で戦う、ザラビア国魔法小隊のリーダーである。
「相手は機械。持久戦になればなるほどこちらが不利になる。一気に進むぞ。」
ギーン。
ウォレスと同じく【ウォーリアモジュール】を与えられたが、その戦法はウォレスとはまた違う。
「にしても、こんなに細密なルミナイトの造物は見た事ないよ。一体どんな工場があるんだろうね。」
ビル。
【アーチャーモジュール】を持つ、パーティの後方火力担当である。
「一体一体は強力ですが、量産できないのでしょう。数が確実に減ってきています。このまま進み、後方部隊の道を切り開きましょう。」
アンナ。
【ヒーラーモジュール】を持つパーティの回復係で、紅一点。
ジョブモジュールシリーズと呼ばれる魔法は同じ神を起源としており、この世界で最もありふれたスキルと言える。
単体でも勿論強力だが、その真価は複数名が集まった時に発揮される。
「来たよ!飛行タイプだ!」
ギーンが叫ぶ。
上空から現れたのは、四枚のプロペラが付いた大型ドローン。
【ウィルバート】と言う名前が付けられているのだが、この者達が知る由はない。
ウィルバートはレーザーポインターの光でパーティを捉えると、搭載された二丁のガトリングガンで掃射を開始した。
パーティは散り散りになって物陰に隠れる。
「こいつめんどいんだよね。アンナ、また例の手を使うよ。」
ビルは無線機に話す。
「はぁ…この手はあんまり使いたくないのですが…」
アンナは胸の谷間から、自身の体温が宿った"手"を取り出す。
手首の辺りから切り取られた、道中の名も無き戦死者の手だ。
「それ!」
アンナは手を投げる。
ウィルバートのレーザーポインターが、一瞬だけその手に集中する。
「今よ!」
「あいよ。【爆矢】!」
アンナの合図と共に、ビルは矢を一発。
矢は見事にプロペラの一枚に直撃し、爆破。ウィルバートの姿勢が不安定になり、照準も乱れる。
「うおらああああああ!!」
その隙にウォレスが飛び出し、建物を蹴りながらウィルバートの高さまで上がり、大剣の一撃を叩きこむ。
ボディに大きな切り傷を負ったウィルバートは、白い火花を散らしながら墜落する。
「今だぜギーン!」
「おうよ!【チャージ】【ダブルチャージ】【モアチャージ】!そして!【ハードアタック】うううう!」
紅いオーラを纏った大斧の一撃が、ウィルバートにとどめの一撃を食らわせる。
白色の魔力爆発を起こし、ウィルバートはばらばらに吹き飛んだ。
「いっちょあがりだ!」
ギーンは額を軽く拳でぬぐう。
「皆さま、お怪我はありませんか?」
また一仕事おえ、四人はアンナの元に集合する。
ジョブモジュール系の真骨頂は、他の異能者を圧倒する連携性能にある。
四人編成が最も伝統的かつ効率的とされ、軍事運用においてもそれは変わらなかった。
戦う相手が魔物から人間同士に変わっても、彼らは"パーティ"のままだった。
無数の羽音が近付いて来る。
異変を察知したウィルバート達が、一斉に四人の方へとやって来たのだ。
「鉄屑どもとは言え、まがりなりにも異能の造物。ちと面倒だぞ。」
頭をかくギーン。
「へ、上等じゃねえか!何個来ようとかんけーねー!みんなまとめてスクラップに変えるまでよ!」
ウォレスは剣を構えると、ドローンの軍勢の方に突っ込んでいった。
~
「砂外の青二才共が、せいぜい派手に暴れて敵を引き付けていればいい。」
紅いローブを纏った男が、空を覆うドローンを見上げながら呟いた。
シー・ナミブ。
デルガード魔法師団団員の、【フレイムサモナー】だ。
~
「ザラビアのパーティが動いたよ。どする?」
背の高いビルの屋上。
蒼いローブを着た少女が、双眼用を覗きながら言う。
クリカ・ナミブ。
同じく魔法師団に所属する、【アイスサモナー】。
「ふわぁ…めんどくせーけど俺らも動くかー」
クリカの背後で、緑のローブの青年が仰向けに寝転がっている。
コースタス・クロコード。
魔法師団所属の【ウィンドエンチャンター】である。
~
目に入る全ての物を破壊しながら、大柄な男がザラマチを進む。
黒いローブを着た彼は、魔法師団所属のサッドサッドと呼ばれている。
スキルが【ダークエンチャンター】と【バーサーカーモジュール】の二つと言うこと以外、デルガード側も彼の事については何も知らない。
皆、目指す場所は一つ。
ザラマチ政府、議事堂だ。