日和見日和
ロスカーのビル、最上階の廊下。
2人の黒服の男が警戒している。
「おい、外はどうなってる!何の騒ぎだ!」
「落ち着け。エリンコさんからは待機の命令が出てるだろ。俺達はただ黙って此処で…」
不意に、2人の耳に足音が届く。
階段のある方からだ。
「何だ!?」
2人はほぼ同時に音のする方に銃を向ける。
階段の下から、女が現れる。
足元には機械の蛇も追従している。
「クソッ!下の奴は何やってる!」
「良く聞け侵入者!それ以上動いたら…」
女は、2人の言葉など意にも介さず歩き続ける。
2人は発砲する。
"カンッ!カンキンッ!"
銃弾は全て、一瞬で女を囲う様に巻き付いた蛇の身体に阻まれる。
蛇は女に密着しているのでは無く、あくまでバネの様にただ周りを囲っているだけである。
故に女は、その状態でも歩み続けることができた。
蛇の口と装甲の一枚が開く。
口の中には閃光が宿り、開いた装甲から銃口がせり出す。
「クソ…早く騎士に連絡を…」
2人は撤退すべく後退を始める。
「…人に銃口を向けておいてそれは無いんじゃないか?なあ、レオナルド。」
レオナルドから白色のレーザー光線が放たれ。装甲の機銃は掃射をする。
1人は頭が蒸発し、もう1人はまたたく間に蜂の巣となりすぐにズタズタの肉塊へと姿を変えた。
(…っと、危ない危ない。向こう側の壁に穴を開けるとこだった。やっぱりレーザーの威力調整は難しいなぁ。)
サヨは目の前に胡絽がる二体の骸を蹴り飛ばして退かし、先に進む。
(もう一人居るのは…放っといていっか。僕は平和主義だからね。)
サヨは廊下を進み、重厚な木製の二枚扉の前までやって来る。
ドアノブを軽く引くと扉は呆気なく開いた。
「…?」
扉の奥には漆黒が広がっていた。
「動くな。侵略者。」
そんな声と共に、サヨの背に白銀の直剣が突き付けられる。
父の玉座を護るのは、守護の長ココナである。
「それで罠のつもりか?」
警告を無視し、サヨは前進しながら振り返る。
「動くなと言っている!」
剣は銃とは違い、間合いと言う物がある。
ココナは再びサヨを間合いに捉えようと、暗い執務室の中へと入って行く。
咄嗟の事にその足取りはおぼつかず、さながら誘われている様にも見えた。
サヨはココナに急接近してその脇腹を掴み、部屋の奥へと投げ付ける。
「な!?」
ココナはビルの壁を突き破り高空へと放り出され、そのまま重力に任せて落下した。
サヨも空いた穴から飛び降りる。
機械蛇もサヨに続く。
"ドオン!"
ココナは足で着地する。
ココナ自身には何の損害も出なかったが、コンクリートの地面には小さなクレーターが出来た。
「やはりスキル持ちか。」
ココナの前にサヨも落下してくる。
サヨは地面に付く瞬間に一瞬だけ減速したので、音も跡も発生しなかった。
機械蛇が螺旋を描きながらゆっくりと降りてくる。
「自己強化系か、はたまたそれ以外か。まあ、何でも良い。」
サヨは魔方陣に手を突っ込み、一本の剣を引っ張り出す。
白色のラインが入った黒い刀身のそれは、サヨにより【黒輝の剣】と名付けられていた。
「騎士は騎士らしく、少年の夢の世界に帰って貰おうか。」
機械蛇が、サヨを護る様にとぐろを巻く。
「貴様を倒し、私は己が正義を果たして見せる!」
「正義?」
「騎士ココナ!推してまいる!」
ココナはサヨに飛び掛かって来る。
サヨは初撃を剣で受け、鍔迫り合いに持ち込ませる。
「正義だと?」
(スキルの神に精神を歪められちゃったのかな。)
サヨが剣を払うと、ココナは自身の得物ごと吹っ飛ばされる。
ココナは一度バウンドしたが、直ぐに体勢を立て直した。
「ああそうだ!私を拾い育ててくれた"父"と、父の愛するこの街を護る事、それが私の正義だ!」
「…なるほど。」
サヨは魔方陣の中に剣を収める。
「少しの間でも、お前の信念を疑ってしまって悪かった。」
サヨの周囲に四枚の魔方陣が展開される。
「ではこちらも、誠心誠意を以て戦おう。」
四枚の魔方陣それぞれから大型レールガンがせり出してくる。
【ルミナイトキャノン】と名付けられた、浮遊式の砲台だ。
「兵器の召喚。それが貴様のスキルか。」
ココナは剣を構える。
「当たらずとも遠からずだな。」
四基のルミナイトキャノンが一斉にチャージを始める。
「そんな卑怯な力になど、私は屈しない!」
ココナはサヨに向けて再度駆け出す。
その剣は次第に光を帯びていく。
「はあああああ!【ジャッジメント…」
「…」
サヨは距離を詰め、ココナの首を掴む。
「がはっ!?」
ココナは地面に叩き付けられる。
サヨはココナを抑えたまま、その眉間に拳銃を突き付け、16発の弾倉が空になるまで撃ち続けた。
「呆気無いな。騎士よ。」
サヨはココナの口に親指と人差し指を突っ込み、小さなルミナイトの塊を取り出す。
それは通常の物とは違って僅かに赤く輝き、黒い表面には血管の様な紋様が走っている。
サヨはそれを魔方陣の中に放り込む。
ルミナイトキャノンも引っ込んでいく。
サヨは騎士の骸を見下ろすと、踵を返し歩み去る。
雨が降り始める。
人は機械の恐竜で追っ払われ、この光景を見たのは路地裏で残飯を漁る二匹のネズミだけだった。
~~~
「ロスカーノファミリーに逆らったら殺されるから、今までは仕方なく奴らに着いてただけだ!別に誰が政権かなんて興味は無い!頼む!私はタダの商人だ、見逃してくれ!」
「お…俺もだ!人身売買なんてシケた商売も、仕方無くやってたんだ!」
政権が変わってから最初にサヨの元にやってきたのは、商店の長ジョバンと絶望の長テレンスだった。
「………」
(うわー恐怖政治の弱いとこ出てるなー。てかこいつらどうしよう。)
かつて"父"のデスクだった場所にふんぞり返りながら、サヨは暫しの間思案した。
「ジョバン。お前を僕の配下にしてやる。」
「ほ…本当ですか!?」
「ただし条件がある。武器と偽造品、それから薬物から手を引くんだ。健全な営みこそ僕の国に相応しい。」
「かしこまりました!」
「良い返事だ。もう行っていい。」
「は!」
ジョバンは急ぎ足でサヨの部屋から出て行く。
「でだ、テレンス。」
「俺も人身売買からは即刻手を引き…」
「君の所の商品が見たい。」
「…は?」
「テレンス。お前には、ジョバンが捨てた闇を引き継いで欲しいんだ。綺麗ごとだけで国家を運営できるほど、この世界はそう甘くは無い。国家の抱える全ての闇を支配する、影の総括者。そう言うポジションこそ"絶望"の銘に相応しい。そう思わないか?」
「…!」
「勿論、事が済んだら国家の完全健全化を図るつもりだ。勿論、その後の君にも相応のポジションを約束しよう。」
「了解しました!ボス!絶望の名に恥じぬ働きを約束しましょう!
俺の商品は地下街にあります!早速案内しましょう!」
サヨは僅かに微笑み、立ち上がる。
「そう言えばその、済ませる事、って何ですか?」
テレンスは問う。
サヨは暫し考えた後、徐に口を開いた。
「世界征服だ。」
〜〜〜
「ジョバンとテレンスが居ないねぇ。」
「あいつらの事だ。どうせ侵略者に寝返ったんだろう。」
森の夜道を走る黒い高級車の中。
運転するのは父、後部座席に乗るのは賭博の長マリーザ。
「それで?パパ。これからどうすんの?」
「このザラロスカには、戦争時代に使っていた隠れ家があちこちにある。そこを転々としつつ、町に残ったルカと連携して奴の政権を崩す機会を伺う。」
「それで、私の力が必要って訳?」
「ああ。お前のスキル、【ラッキーシンドローム】があれば必ず…」
「…それって私に得ある?」
「何?」
「肉親から貰った市場を使って私は今まであんたの為にお金を稼いでた訳だけど、あんたは私に何かしてくれた?」
「お前…誰のお陰でザラロスカで商売が出来てたと思ってる!」
「あの町を仕切ってたのがたまたまあんただったってだけでしょ?あんたがザラロスカの為に何かしてるとこ見たこと無いんだよね。」
「貴様!父に向けてなんだその態度は!」
「…くだらな。」
次の瞬間、道路脇にあった大木が倒れる。
「な!?」
父が慌ててブレーキを踏んだので、幸い車の後部は無事だった。
マリーザは特に慌てる様子もなく車から降りる。
「一体…どう言う…」
車の前面は木に潰されており、父もその下敷きになっていた。
「【ラッキーシンドローム】は、"私にとっての"ラッキーが舞い込むスキルだよ。何度も言ったじゃん。」
「き…貴様…」
「さて、私もジョバンやテレンスを見習って向こうに寝返ろうかしら。素直で可哀想なココナちゃんを騙してただけのあんたよりも、きちんと自分のスキルで征服してきたあのお姉さんの方がまだマシだろうし。」
潰れた高級車を背に、マリーザはザラロスカへと帰って行く。
「覚えておけよマリーザ…他の日和見主義者諸共、全員纏めてできるだけ長く苦しめて処刑してやるからな!」
「君にそんな事は出来無い。」
倒木が発炎する。
「だってパパ、長距離ドライブの為にたっぷりガソリンを入れたじゃん。」
「ま…待て!俺が悪かった!」
「燃料はたっぷり、でも木のお陰で引火はしないかもね〜。」
マリーザは再び歩み始める。
「ゆっくりこんがり焼かれればいいさ。…私の本当のパパにそうしたようにね。」
「待て!何が欲しい!金か!?地位か!?なんでもくれてやる!だから頼む!助けてくれぇ!」
マリーザは父の声を無視する。
「待て!戻れ!マリーザああああああ!!!ぎゃああああああああああああああ!!!!!」