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冷たい鍛造

曇り時々爆雷の降る空の下。

廃墟よりも壊れ、しかし尚も朽ちぬ病院の一室にて。


「元気な…女の子ですよ…」


母親の命と引き換えに、少女はこの呪われた惑星に生を受けた。

サヨナキドリの鳴く夜に生まれたので、少女はサヨと名付けられた。


かつてのアルラント大陸は、剣と魔法の超大国アルノケミア王国がその全土を治めていた。

アルノケミア王国は数多の種族と文化が共生していたにも関わらず、建国以来たったの一度も戦争を行いはしなかった。

かの地は、地上の楽園とも称される程の豊かで平和な国だった。

然しその地上の楽園は、20年前に勃発した世界大戦での敗戦により、破壊された。

アルラント大陸にはもう、かつての楽園の面影は無かった。

武器と思想と恐怖(パラノイア)が蔓延し、大陸全体に張り巡らされた国境はまるで、その大地が砕け散った様に見えた。


毎日の様に発生する国境紛争。

日を追う毎に酷くなっていく慢性的な物資不足。

かつての超大国が遺したインフラは朽ち果てつつある。

地上の楽園は、いつしか地獄へと変わっていた。


「もう包帯が無い…布切れで代用しようにもアルコールが無い…一体どうすれば…」


「薬さえあれば…薬さえあれば救えた筈なんだ!」


「“ハウンド”の連中が北の国境まで勢力を拡大した様だ。此処の治安もいよいよ信用できなくなってきたな…」


「シンシアが…シンシアが“ハウンド”の流れ弾を受けちまったんだ!何でもするから頼む!彼女を助けてくれ!」


サヨは病院で育った。

物心付いた頃にはもう、死と困難のみが彼女の日常になっていた。


「ねえ先生。ハウンドって何?」


「暴力思想と略奪に取り憑かれた武装組織さ。奴らはこの大陸全土を牛耳っている。」


「悪い人達なんだね。」


「ああ。悪い。だから君は、どんな苦痛と苦難に揉まれても、決して獣に堕ちないで欲しい。」


終わりの見えない暗い日々。

だがある日、サヨの人生に大きな転機がやって来た。

勿論それは、災厄と言う形だったが。



◇◇◇



ザラビア。国境付近。


灰色の空の下。

赤いローブを纏った男が、隣国(国と呼べるかは怪しいが)ザラマチを睨んでいた。

背後には銃と迷彩で武装したザラビア国軍が、男の護衛として配備されていた。


「ザラマチの北までハウンドが来たと言うのは本当か。」


赤ローブの男は、兵士に背を向けたまま問う。


「はい。このまま行けば、我々の国土も脅かされます。大魔導士ウギク様には是非とも、そのお力を振るって欲しいのです。」


「解っている。報酬はもう受け取った故、断る理由も無い。」


大魔導士ウギクは、両手を天に掲げる。


「航空兵団の準備は良いな。」


「は!いつでも作戦を開始できます!」


それを聞いたウギクの足元に、赤く輝く魔法陣が展開される。


「千の炎塊よ!遍くを破壊せよ!【降りしきる業火】!」


ウギクの掲げる両手より、無数の炎塊が放たれる。

炎塊は真っ直ぐ上空に飛んでいき、ザラマチの曇り空の向こうへと消えて行った。


「航空兵団!出撃せよ!憎きハウンドの進路を絶ち切るのだ!」


兵士の1人が無線機に叫ぶ。

数秒後、一行の上空を戦闘機とワイバーンの群れが通過した。



◇◇◇



その日、サヨは病室で患者の包帯を巻きなおしていた。


「いつもありがとな。嬢ちゃん。こんな死にぞこないなんかの為に…」


男はかつてザラマチ国防軍として戦い、身体の四半分を失ってからは長期入院していた。

元々男の命は長くなかったが、物資不足による医療処置不足のせいで、更に先が短くなっていた。


「死にぞこないなんかじゃありませんよ。貴方はこの国を守るために戦った、勇敢な兵隊さんなんですから。」


「へへ。サヨは相変わらずおだて上手だな。あ、そうだ。何もあげれるもんはねーけど、誕生日おめでとう。サヨ。」


「え?」


男は、サヨが生まれる前から入院していた。

サヨにサヨと言う名前を付けたのも、この男だった。


「ありがとうございます。」


絶望しか無いこの世界の、小さな喜び。

この瞬間をいつまでも大事にしよう。

そう思った矢先だった。


"ドオオオオオオォォォォ…"


遠くの方から、爆発音が聞こえてきた。


「何?」


サヨは気になって、外を見る。


「…!?」


空は紅炎に染まり、建造物程の大きさを誇る無数の火塊が、ザラマチの大地へと降り注いでいた。


「は…早く逃げ」


振り返った瞬間、サヨは男に抱きすくめられていた。


「逃げるぞ!」


男は十五年以上を寝たきりで過ごしていたが、その足は現役の頃から一切の衰えを見せていなかった。

胴体の左半分が存在しなかったが、その力強い右腕はサヨを決して離さなかった。


男は廊下に飛び出し、玄関目掛けて走り抜ける。


「皆よく聞け!【降りしきる業火】は空に打ち上げた火の玉を重力に任せて降らせる魔法だ!そう長くは続かない!」


男は群衆の合間を縫うように進みながら、あっという間に玄関に辿り着き、病院を脱出する。

医者も患者も入れ替わり立ち代わりを繰り返すこの病院では、男とサヨは最も古く長い付き合いであった。

男にとってサヨは、家族の様な物だった。


「は…は…やっぱり久しぶりの運動はきついなぁ。」


男は廃墟と化した市街地を駆け抜ける。

天空からは無数の業火が降り注ぎ、ザラマチの街を破壊し続けている。


「兵隊さん…これから僕達、何処に行くの?」


サヨの心は不安で一杯だった。

生まれてこのかた、殆ど病院から出た事が無かったのだ。


「業炎は見た目こそ派手だが、実弾の爆雷より威力は下だ。地下がある頑丈な建物に避難すれば…」


その一秒後、男は自身の真上まで炎が迫ってきている事を知覚する。


二秒後、男はもう助からない事を察知する。


二秒と半分後、自分が今、他の命を抱えている事を思い出す。


「…やああああああ!!!」


男は持てる全ての力を以って、サヨを炎の届かぬ場所まで投げる。


「…!」


放り出される際、サヨは男の顔を見た。

左半分が無いその顔は、心の底からの安堵によって綻んでいた。


爆風でサヨの体は更に吹き飛ばされ、かつて高級ホテルだった廃墟の玄関前まで吹き飛ばされる。

入り口前には大きなキャノピーが付いていて、サヨを炎の脅威から守ってくれた。


「…!兵士さん!」


サヨは着弾地点に向かおうとする。

空から更に三つの炎塊が降り注ぎ、通り一帯をめちゃくちゃに破壊した。


「う…うわ!?」


土埃の混じった爆風により、サヨはホテルの中まで吹き飛ばされる。

限界を迎えたキャノピーが地に落ち、入り口を塞いだ。


「兵士さん…兵士さん!?」


サヨは窓の外を確認する。

通りは跡形も無く粉砕され、先程まで自分が何処に居たのかすらわからなくなっていた。


「兵士さ…」


更に一つ着弾する。

窓が割れ、サヨは爆風で吹き飛ばされ、反対側の壁に頭をぶつけて気を失った。


「兵士…さ…」



◇◇◇



「…?」


地下鉄のホームで、サヨは目を覚ます。

二枚の毛布を布団代わりに、サヨは寝かされていた。


ホーム全体は古びた蛍光灯の光で照らされている。

空間全体は経年劣化が進んでいるものの、地上の惨状と比べれば随分とマシである。


「起きたかい。お嬢さん。」


ホームにはサヨ以外にもう一人、ぼろきれに身を包んだ老婆が居た。


「兵士さん…?兵士さんは!?」


サヨはがばりと起き上がる。


「兵士さ…」


老婆は、焦げた包帯の切れ端をサヨに差し出す。

それは、サヨが男に巻いてやった物だった。


「あ…ああ…」


サヨは膝から崩れ落ちる。


「うああああああああああああ!!!」


骨すら残さず消し炭に変える業火。

これだけ残ったのは、むしろ奇跡だった。


「兵士さん…兵士さあああああ!!!」


サヨは、男の名前を知らなかった。

サヨにはそれが余計に悲しくて、辛かった。


「…はぁ…」


老婆はため息を吐く。


この世界を満たしているのは、暴力と悲しみだけだ。

それが、95年の人生と目の前の光景から老婆が弾き出した結論だった。


"パキパキ…バキバキバキッ"


「…!?」


老婆は目を疑った。

地面から光沢のある黒く四角いプレート状の物体が、洞穴で鉱石が成長するかの様に発生していた。

それはサヨを中心にいくつも生成され、ある一定まで成長した物が倒れた時には金属音がした。

物体同士がこすれたりひび割れたりしてできた傷は、白く発光している。


「嬢ちゃん!お前さん、まさか!」


「グス…?」


サヨは無理矢理泣き止み、辺りを見回す。


「…うわぁ!?」


「その様子じゃ、これが初めてなんだね。」


老婆はプレートを一枚引き抜く。

するとプレートは老婆の手の中で分解、変形していき、いくつものパーツとなって再び組み合わせられていった。


「スキル同士は惹かれあう…か。迷信だと思ってたんだがな。」


老婆の手の中には、銃口の奥やパーツの所々が白く輝く、漆黒のハンドガンが完成していた。


「【ルミナイトフォージ】。それがその力の名前さ。」


「ぼ…僕…まさか…スキルが…」


「おめでとう。素敵な能力を授かったな。」


不意に、汽車の音が近付いて来る。


「え…この駅、まさかまだ列車が?」


「そんなわけあるかい!クソ…さては魔力に惹かれてきやがったな。」


次の駅へと続いていた筈のトンネルから、蒸気機関車がサヨたちの居る駅に到着する。


煙突からは紫色の煙を吐き出し、窓から覗く無人の車内は真っ赤な血肉で染まっている。


「[プレデタートレイン]か。このクソめんどくせえ特に限って…」


老婆の両手元に白色の魔方陣が展開される。

老婆は魔方陣に手を突っ込み、そこから二丁のハンドガンを引っ張り出す。


「丁度良かった。嬢ちゃん!お前にこのスキルの真髄を見せてやるよ!」


客室の窓が割れ、無人だった筈の客車から無数の人型幽霊が溢れ出てくる。

だが、老婆の拳銃から放たれる白色の魔弾は霊体すらも貫き、冥土からの刺客は次々と霧散していった。


「【ルミナイトフォージ】の権能は三つだ。」


老婆の背後に、巨大な一枚の金属板が生える。


「《生成》」


金属板が分解され、いくつものパーツに変わり、再び組み合わさる。

出来上がったのは、対戦車砲だった。


「《製造》」


老婆を挟む様に、白色の魔方陣が展開される。

老婆がそこに拳銃を投げ入れると、魔方陣も拳銃も、跡形も残らず消失した。


「そして《格納と召喚》だ。」


老婆は対戦車砲を列車に向け、引き金を引く。

放たれた弾道は白色光の様なエネルギーを噴き上げながら推進し、そのまま列車に直撃し、対象を破壊した。


「どうだ。[ルミナイト]を生成し、[ルミナイトアームズ]を製造して戦う、超攻撃型生産系スキル。それが、【ルミナイトフォージ】だ。」


老婆が対戦車砲を肩から降ろす。

対戦車砲は、地面に展開された魔方陣に沈む様にして消えた。


「かっこいいだろ?」


「…れば…」


「え?」


サヨは手の中にルミナイトの最初の姿、ルミナイトプレートを生み出し抱きしめる。


「…これがあれば、みんなを護れるかな…?もう、悲しい思いをしなくても済むかな?」


「…へへ、良いね。」


老婆は壁に背を付けて座るサヨの元までやってきて、手を差し伸べる。


「オレの名前はクッキー・チリムギ。プリシス出身の、愉快な浮浪者さ。おめーは?」


その後、クッキーが病死するまでの5年間、2人は共に暮らした。

毎週月曜日に更新します。

気長にお付き合い頂ければ幸いです(´ω`)

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