プロローグ 何気ない日常。あるいは異常の兆し
プロローグ 何気ない日常?
「あー暇だ」
そう嘆くのは、俺の前にいる雰囲気のいい好青年。
「それを俺の前で言わず、行動に起こしたらどうだ? 蒼」
現在の時刻はおおよそ11時半を少し過ぎたくらい。学校だからかはわからないが、とにかく暑い。外ではミ―ンミーンとセミが元気よく歌っている。
俺は暑さで噴き出た汗を持参のタオルで拭いながら、若干苛立ったような声で蒼に言葉を返した。
「えーめんどい」
神楽蒼ー一言で言うなら、スポーツにおいて天賦の才を持つ天才。その他、誰もが認めるイケメンであり、雰囲気もどこか落ち着けるような感じだ。
「じゃあ文句言うな」
俺と蒼の馴れ初めは、共通の趣味――ゲームだった。
それからの流れは速かった。それまでは一切関わりがなかった俺達だったが、次第にゲーム以外でも話したり、昼食を取っていると、いつの間にか悪友くらいにはなっていたのだ。
今も多少のいざこざはあるが、まあ、それも仲良くなった証だろう。
「お前さ、スープ呑んでるけど、暑くないの?」
俺は視線を下に落とし、学校で指定されている自身の制服をじっくりと眺めてみた。今時、こんな肌にピッタリとくっつくような素材を使用しないでほしい。せめて風通しのいいものであればもうちょっと涼しいのかもしれないというのに……。それどころか、風を一切通していない。やっている人の仕事は増えるが、生徒会の予算案にクーラの設置か、制服の風通しをよくする案をいれてほしいものだ。
「いや、暑いぞ? 」
「暑いのかよ」
テンプレ過ぎるツッコミを決め、何やってるんだろう、と突然の虚無感に襲われる。言っていなかったが、今は昼休み。そこで、真夏のバカ暑い日に目の前で市販のコーンスープを飲んでいた蒼が気になったというわけである。
「はあ、何バカやってんだか」
俺が大きめなため息をつけば、蒼はそんなの関係ねえ、とお構いなしにとんでもない事を言ってきた。
「あ、これ、ゴミ箱捨ててきてくんね?」
一瞬右手拳が蒼の顔面に向かって動いたが、俺は必死の思いでそれを食い止めた。クラスメイトが大勢いしているようなここで騒ぎを起こせば、最低のレッテルを貼られて一躍有名になってしまう。
「お前さ、俺がタオルで必死に汗拭いてたの見てた?」
ちなみに、ゴミ箱があるのは日差しをもろに受ける場所であり、そこは地獄のような暑さになる。
「そりゃあな。俺の視力は2.0だから当然だ」
蒼は自慢するかのように花をフンと鳴らしているが、俺にはそれが信じられなくなりつつあった。
単に性格が悪いのか、あるいは……いや、あるいは、なんてことはないだろう。こいつは性格が悪い。それだけが事実だ。
「……放課後にジュースで手を打つ」
「っし、頼むわ」
取引成立。俺はあくまでも自分に利益がある。または、デメリットがない時にしか行動という行動は起こさない。そうでなきゃ、長い人生をやっていけない。
「じゃ、行ってくる」
そう言って俺は、暑さでやられた体を目覚めさせるように勢いよく自分の席を立ち上がった。立った瞬間にちょっとした眩暈がしたが、すぐに治まったことから、さほど大したものではないだろう。
そんな事を思いながらも、俺はゴミ箱に向かって歩き出す。
「悠、ちょっといい?」
ごみを捨てに歩き始めて数十秒、俺は自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、一度その場に立ち止まった。
俺はその声にかなりの聞き覚えがあった。
「どうした、リン」
小宮リンー文武両道、神々が徹夜して作り上げた最高傑作の美女と言うべき存在。そして、俺の幼稚園からの幼馴染でもある。
もちろん彼女とは仲がいいが、リンのほうから、というのは少し珍しい。
「あのね、放課後、屋上に来てくれる?」
「? わかった」
俺が呆けたふうにそう言うと、リンは一回頷いた後、また自分の席に戻っていってしまった。
何だったんだ?
何がしたいのかはまるで分らなかったが、今はとりあえず、ゴミ箱にごみを入れることを考え、また足を動かせる。
何がしたいのかは、放課後にどうせわかる、と。