42話
42話
「カレンちゃん、お待たせ。これが蓋で、こう回すと蓋が開くから」
「タロウ様、ありがとうございます!!いただきます!!」
紅茶系のペットボトルを2本持って食道まで降りると、受付のメアリーちゃんがアワアワしながらカレンちゃんを間近で見ていた。
何せカレンちゃんが笑顔で手を小さく振りながら、座った席は受付のメアリーちゃんに一番近い場所。
話が聞こえるけど良いのか?
直ぐ近くに憧れのカレンちゃんがいるから、メアリーちゃんがずっとアワアワしてる……。
たぶん日本だとテレビの大スターが自分の家に来てる感覚なんだろうな。
そりゃアワアワするよな。
ペットボトルの1本をカレンちゃんに渡し、もう1本は実演の為に蓋を開けた。
『凄腕の商人』の前だ。
気を引き締める為にもカレンちゃんが帰ってからゆっくりと飲もう……。
カレンちゃんが『んしょんしょ』と可愛らしくペットボトルの蓋を開け、にこにことゆっくり優雅に一口飲むとクリクリと可愛らしい目をカッ!と見開く。
「どう?カレンちゃん、美味しい?」
「…………」
「カレンちゃん?」
「…………」
「カレンちゃーん?」
「ハッ!?……し、失礼を致しました!!タロウ様!!とってもとっても美味しいです!!美味し過ぎて、ビックリしちゃいました!!」
「ははは。そう言ってくれるなら、貴重な1本をカレンちゃんにプレゼントした甲斐があるよ」
「タロウ様!!本当にありがとうございます!!私は近隣諸国有数の商家ミランダ商会に連なる者ですが、今まで飲んで来たハーブの香り水が貧相に思えて来ました……。こんなに香り高く高貴な味を生み出すタロウ様の御国は、本当に凄いです!!尊敬します!!」
日本のみんな。
異世界の美少女が凄く褒めてるよ。
日本を褒められて俺も凄く嬉しい。
「カレンちゃん、ありがとう。それだけ喜んでくれたなら、きっと国のみんなも喜んでくれてるよ」
カレンちゃんがニコニコと嬉しそうに紅茶系を飲んでると……半分ほど残して、なぜか急にしょんぼりと暗い顔をする。
どうしたんだろ?
「カレンちゃん、どうしたの?何かあったかな?」
「……タロウ様……少しご相談したいことがあります……。お話だけでも聞いて頂けないでしょうか……?」
おいおいおい。
このクソガキは俺からまた何かを引き出すつもりか?
いくら何でも強欲過ぎるだろ……。
目の前に実家ですら豪腕でぶん殴る獰猛に笑うミリスさんの影が見えるんだけど……。
すぐ近くにはメアリーちゃんが興味津々で俺たちの話を聞いている……。
この席を選んだ理由はそれかよ。
既に俺はクソガキが張った罠に足を取られて、話を聞くことを断ることが出来ない状況を作られた。
話を聞くことを断れば、近隣諸国の絶対的アイドル『ミランダ商会の煌めく宝石』の話すら聞かない人間と評価される。
そして紅茶系を半分ほど残した理由は『飲み終わったら帰れ』の一言を封じる為か……。
完全に時間の主導権をクソガキに握られた。
クソッ。
話だけでも聞くしかないか……。
「……何かな?話だけなら聞くけど……」
「……タロウ様は迷宮都市ハリスの、いえ、近隣諸国の商人たちの実情をご存知でしょうか……?」
あん?
商人たちの実情?
こっちは異世界3日目やぞ?
知るわけねーし、えらく抽象的な話だな……。
でも、きっと『何かある』な。
目の前にいるクソガキは『凄腕の商人』だ……。
「カレンちゃん、実は全然知らないんだよね。商人たちの実情がどうしたのかな?」
「……タロウ様……実は『女性の商人』と呼べる存在はミリス姉様しかいません……」
ん?
異世界の男女差別の話?
なぜそんな話をするんだ?
目的が全く分からない……。
「……そうなの?ミリスさんの手腕が凄いから、女性の商人も活躍してると思ってたんだけど」
「……タロウ様……商人の補佐をする女性はいます……。私も実家のミランダ商会で父の補佐をしてました……。でも近隣諸国の中で商会を率いる女性の商人はミリス姉様だけなんです……」
もしかして実家の悩み相談?
それとも男女差別の悩み相談?
目的は何だ?
俺の情報か?
日本の情報か?
それとも本当に相談だけなのか?
「……そうなんだ。そう考えるとミリスさんって凄いよね」
「……はい。ミリス姉様は凄いんです。商家の女性なら、みんなミリス姉様を尊敬してます。ミランダ商会で爺様や父様の補佐の役割を超えて、壁内の商家や商人と互角以上に交渉して来ました。私の一番尊敬している人はミリス姉様です。私の憧れの女性です」
ふーん。
そりゃ奴隷制に封建制の世界だ。
たぶんゴリゴリの男女差別があるんだろうな……。
でも、それを俺に話をして何になるんだ?
この『凄腕の商人』は何を狙っているんだ?
「……そうなんだ。カレンちゃんはミリスさんのことが大好きなんだね」
「はい。大好きです。ずっとずっとミリス姉様の背中を見て育って来ました。だからこそ分かるんです。『女として生まれて来た』ことを誰よりも悔やみ悲しんでいるのは、ミリス姉様だと……」
なんか、凄い重い話になって来たんだけど……。
これはやはり話を聞くだけの相談系なのか?
「……ど、どうしてカレンちゃんはそう思うのかな?」
「……タロウ様。商家の娘の人生をご存知でしょうか……?」
いやいやいや。
異世界3日目やし、質問に質問を返すなよ……。
まぁ、俺がハリスの常識を全く知らないから、カレンちゃんが基礎知識を教えてるんだろうけど……。
「……カレンちゃん、ごめんね。全然知らないんだ」
「……タロウ様。商家の娘たちは実家で商いの補佐をしながら、商家の妻や愛妾、貴族家や王族の愛妾になる人生なんです……。どんなに……どんなに商人としての能力があったとしても……殿方の補佐をする人生なんです……」
やっぱり男女差別の悩み相談系?
話がどんどん重くなるんだけど……。
「……そ、そうなんだ。自分の人生を自分で選べないのは辛いよね……」
「……タロウ様、その通りです。商家の娘は自分の人生を選べないのです……。私も自分の人生を選べずに爺様と父様が選んだ商家に嫁ぐか、または貴族家や王族の愛妾になる人生でした……。でも、ミリス姉様が私の人生を変えてくれたんです。ハリス有数の商才に溢れるミリス姉様は貴族家の愛妾になることを拒否して……爺様と父様と大喧嘩しました……。そして実家のミランダ商会から離れて、商業ギルドの受付をしながら仲介業で生活してました……」
なるほどね。
ミリスさんの生い立ちが何となく分かって来たな……。
でも、それを俺に話をして何になる?
目的が全く分からない……。
「……そうなんだ。実家から離れて独立するなんて、凄い覚悟だよね……」
「……はい。ミリス姉様の覚悟は凄いです。自分の人生すら選べない商家の娘たちに勇気と希望を与えてくれました。ミリス姉様の覚悟と背中を見て、ミリス姉様に続けとミリス商会の傘下に入った商家の娘は沢山います。私もミリス姉様の覚悟と背中を見て、実家のミランダ商会を出ました。『女が商いの真似事をしても、世間は相手にしないぞ!』と爺様と父様に怒られましたけど……」
なるほど。
ミリス商会の保護下に入った沢山の商人とは、商家の娘さんたちのことだったのか……。
目的はミリス商会の内情を話すことなのか?
なぜ?
「……ミリスさんは凄いね。商家の子女をそこまで動かすなんて。でも話を聞いてると、大変そうだよね。世間と喧嘩してる様な話だし……」
「……タロウ様、その通りです。ミリス姉様が壁内の土地の権利書を入手出来たのは、本当にタロウ様のお力添えのお陰なんです……。タロウ様と専属契約しているミリス商会の仲介手数料の10%の内、9%と引き換えに壁内の商家から土地の権利書を購入出来たのです……」
は?
ミリスさん、高品質パピルスの仲介手数料9%と土地の権利書を交換したの?
「……えっと、仲介手数料1%だけでミリス商会はやって行けるの?ミリス商会には沢山の商家の子女が来たんだよね?」
「……生活だけでしたら、何とか暮らしては行けます。でも、私たち商家の娘は元々生活には困っていないのです……。私たち商家の娘が求めていたのは……選べない人生のハズだった『商人としての生き方』なのです……。ミリス商会が立ち上がる前から私たち商家の娘は動いてました。でも……『女が商いの真似事をしても、世間は相手にしないぞ!』と言った爺様と父様の言葉通りでした……。壁内と壁外の商家も商人も……世間の誰もが私たち商家の娘を相手にしませんでした……。現在、ミリス商会はタロウ様だけとしか取り引きをしておりません……タロウ様だけが私たち『憐れな商家の娘』に救いの手を差し伸べてくれたのです……」
ん?
んんん?
おいおいおい。
何となく話が読めて来たが、まさか……。
ヤバいヤバいヤバい!!
逃げろ!!
強制ストップ!!
「そ、そうなんだ。た、大変だね。おっと、そろそろ残していた仕事をしないと……」
「タロウ様。私たち商家の娘にお力添えを頂けないでしょうか?私たち商家の娘に『夢と希望』を与えて頂けないでしょうか?『女として生まれて来た』たったそれだけの理由で凝り固まる世間の常識、それを打ち破るほどの『魅力的な商品』を私たち商家の娘に与えて頂けないでしょうか?タロウ様だけが私たち商家の娘にミリス商会という『女性も商人として生きれる道』を与えてくれました。タロウ様、どうか……どうか世間の常識に深く絶望する『憐れな商家の娘』にお力添えをお願いします」
「す、少し考えるから返答を待ってて……」
こんのクソガキが!!
いけしゃあしゃあと、何が『お力添えをお願いします』だ!!
ここで話を断ってみろ!!
俺は極悪非道の冷酷人間じゃねーか!!
しかも何ウルウルと目を潤ませて、上目遣いの目線をしてんだ!!
クソガキ。
お前は俺の『異世界に対する無知』と『異世界での評判』に付け込んで、俺から商品を奪いに来たな。
よーく理解したよ。
クソガキ、お前こそが『ミランダ商会の最高傑作』が幼少期から丹念に時間をかけて磨き上げた『右腕』なんだろ?
ミリス商会を率いる『ミランダ商会の最高傑作』は商家の娘たちを教育し動かす為に時間が取れない。
だからクソガキ、『右腕』のお前を『全権代理人』として派遣してきたんだろ?
俺から圧倒的な技術力と文化力の結晶である様々な商品を吐き出させること。
その1点が、クソガキ、お前の役目だろ?
この話を断れるのか?
不可能だ。
直ぐ側で話を聞いて目をウルウルさせているメアリーちゃんがいる。
ここで俺が話を断ってみろ?
近隣諸国の絶対的アイドル『ミランダ商会の煌めく宝石』を虐めて泣かせた極悪非道の人間として、街中どころか近隣諸国中の噂になる。
必ず女性たちが怒り狂う。
そして男たちも近隣諸国の絶対的アイドルを泣かせたことで怒り狂う。
王族も貴族家も愛妾候補を泣かせたことで怒り狂う。
クソガキが。
完全に俺を嵌めやがったな。
チッ、心底ムカつくが見事な手腕だ。
銀馬車を眺めていた最初の最初から何の気配も無く罠を1つ1つ丁寧に仕掛けてやがった。
帰りの挨拶をするという理由でメアリーちゃんを受付に残させたのも、この策謀の為だろ?
そしてペットボトルの話ですら策謀の為の擬態だった。
クソガキ、お前まだ13歳だろ?
末恐ろしいわ!!
「タロウ様……ダメですか……?」
おい!!
何が『ダメですか?』だ!!
ウルウルと上目遣いすんな!!
クソッ。
『ミランダ商会の煌めく宝石』を深く警戒していたのに、何の気配も無く完全に『逃げ道』を塞がれている。
どうする?
どうすれば良い?
どー考えても何も出来ねーじゃねぇか。
はぁー、仕方ねーな。
分かった分かった。
クソガキ、また俺の負けだ。
また欺かれた俺の負けだ。
しゃーねぇからミリス商会立ち上げのお祝いとしてプレゼントしてやるよ。
「…………カレンちゃん、ミリスさんには凄くお世話になってるからさ、ミリス商会を立ち上げたお祝いとして今回は特別に商品を卸すよ」
「タロウ様、本当ですか!!やったー!!わーい!!」
キエェェェェィ!!
年相応の可愛らしく喜ぶ姿が、逆に心底ムカつくぞ!!
俺はこんな幼い少女に負けたのか!?
「……商品の選定をするから少し時間がかかるけど、ここで待っててもらっても良いかな?」
「タロウ様、もちろんです!!お待ちしております!!」
結構時間が掛かりそうだし……。
そうだメアリーちゃんを呼んでカレンちゃんの話し相手にしとこうかな……。
「メアリーちゃん、ちょっとこっち来て」
「え?え?ちょっと!!銀馬車のお兄さん!!」
よし。
一口も飲んで無い紅茶系のペットボトルを『握らせ』て、後はメアリーちゃんに任せて3階に行くか……。
何を卸そうかな?
資金
約31億4800万クローネ
魔石ポイント
約900万MP
軍事予算
6億2000万クローネ
所有奴隷
男 29人
女 9人




