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82   その目に嵐は見えているか

 グリッシーニ王国の王都リッシーナで雪解けが始まるのは、春になって二、三週間が過ぎた頃が例年のことである。その頃になると、日中には人影が多くなり、王都リッシーナには活気に満ちた人々の声が響くようになる。とはいえ、厳しい冬を再び乗り越えた喜びを爆発させるのはまだもう少し先のことだ。完全な雪解けにはまだ一か月ほどかかるのだから。

 一方で、冬を乗り越えられなかった者達も少なからず存在する。大都市につきものの貧民街では、毎年毎年、この時期に何十人もの遺体が見つかる。屋根のある場所で眠れなかった者達はもちろんのこと、屋根のある場所で眠れたとしても、壁の隙間から入る寒風に命を奪われることは、このグリッシーニ王国ではさして珍しいことではない。

「――汝らに聖なる翼の導きがあらんことを」

 そして、そんな者達を弔うのも、イカル・アフの仕事の一つだった。

 祭壇に所狭しと並べられた遺体を前に、銀髪の男が片膝をついて祈っている。その両腕は手首のところで交差するように前へと伸ばされていた。翼を表しているのだ。

「――イカル司祭」

「…………」

 その後方――礼拝堂の入り口からイカルを呼ぶ声がした。だが、イカルは黙して答えない。祈りを中途半端に終わらせてはならないからだ。

 イカルを呼んだ修道女もそれは理解しているため、繰り返し呼ぶことはない。

「…………」

「…………」

 数拍の間、礼拝堂には静謐と祈りだけが満ちていた。

 やがて、閉じていたまぶたを開けると、イカルは静かに立ち上がり、顔だけ振り向いて返事をする。

「――何事かな?」

「尋ね人です」

「どなたの行方を知りたいと?」

「風の行く先を」

「……書斎へ案内するように」

 黙礼を返して了承の意を伝えた修道女が見えなくなると、イカルは礼拝堂のさらに右奥へと続く扉を開けた。その先は細長い通路になっている。もちろん、秘密の通路などではない。単に、こちらからも彼の言う書斎へと行けるというだけのことだ。

 当然のことながら、修道女の言葉は全て符丁である。「尋ね人」とは、本来の意味とは逆で、何かを探し尋ねてきた者のことを指し、「風の行く先」とは、その目的を秘密としていることを指す。

 つまりは、情報屋「修道院」の顧客が来た、というのがその意味するところであり、それもまた、イカルの仕事の一つだった。

 死者の眠りを妨げぬように、ゆっくりと静かに扉が閉められ、礼拝堂に静寂が満ちる。扉の向こうへ消えたその背には、純白に輝く一対の翼があった。




 情報屋「修道院」と接触するため、路地裏の雑貨屋で白い羽飾りを買い、場末の酒場で符丁を言ったザインは、最終的に本物の修道院へと辿り着いたことに、さほど驚いていなかった。

(北方小国家群中から情報を集めるには、頻繁に国境を行き来しなければならん。そのようなことができるのは、旅芸人か聖職者くらいしかおらんからな……)

 さらに言えば、符丁の一つとして「白い羽飾りを買って胸につける」とエラルドから教えられた時点で、その正体にある程度予想がついていた。

 そして今、ザインの前には予想通り翼人の男が座っている。情報収集において、空を飛べる聖職者がどれほどのアドバンテージを持つかは語るまでもない。

「なるほど、あなただったか。ザインザード・ブラッドハイド殿」

「まあ、さすがに知っているか」

「当然。黒髪金眼の若い男――血影のザインと言えば、界隈ではすでに有名人だ」

「ん……? チカゲ?」

「『血みどろの影使い』――故に『血影』。あなたに関する情報を集めた同胞(はらから)がそう名付けた。行く先々で必ずと言っていいほど流血沙汰に深く関わる様を見てね。以来、界隈ではそう呼ばれている」

「なるほど」

 イカルの言う界隈とは、要するに情報屋のネットワークのことである。当然だが、情報屋というのは「修道院」一つだけではない。ピンからキリまで世界中に無数の情報屋がある。

 にもかかわらず、これまでザインが利用してこなかったのは、本人が直接――もしくは協力者やその子孫から――情報を収集すればこと足りたからだ。

 だが、ここはグリッシーニ王国――北方小国家群の中でも北側に位置する国だ。そうなれば最北の大国の影響は大きく、ひいては他国から来た者への監視の目も厳しくなり、協力者を送り込むことは難しくなる。

 だが、協力者がいない理由は別にあった。

 無論、最北の大国を警戒してのこと――ではない。

 ブラッドハイド家の協力者は、ラプラス皇国にもメビウス法国にもいたのだ。監視の目が厳しいなどという程度の理由で、協力者を送り込まないなどあり得ない。

 つまりは「あえて」である。あえて協力者を送り込まずにいた――グリッシーニ王国にも、フォカッチャ王国にも、プレッツェル王国にも、そしてピロシキ王国にも。意図的に空白地帯を作り出せば、相手は勝手に深読みしてくれる。真実がシンプルであればあるほどに。

 例えば、そう――目の前の情報屋とかも。

「気に入らなければ、『千変万化の影使い』で『千影』――という風にもできるけど?」

「余計なことに金を払う気はない」

「それは残念」

 さすがに見抜かれたか、とイカルは内心で苦笑する。

 実際、払おうが払うまいがさほど変わりはしない。界隈でザインが「チカゲ」という異名を付けられたのは事実だが、その意味するところは「血影」でも「千影」でも間違っていないからだ。前者は否定的な者が付けた異名で、後者は肯定的な者が付けた異名というだけで。

「さて、それでは商売の話といこう――と言いたいところだけど、その前に一つ」

「何だ?」

「あなたにはぜひお礼を言いたい」

「ん……???」

「法国の件だよ。かの国の新たな法王に我らが同胞を就けたこと、非常に感謝している。これで法国の同胞達は不当な境遇から抜け出せるだろう。遥か南方に生きていようと、異教徒であろうと、同胞であることに変わりはないからね。故に感謝を」

「ふむ……」

 深々と頭を下げるイカルを前に、ザインは正直困っていた。

 ザインがヒバリ・マニを法王に押し上げた理由は、翼人だったからではなく、メビウス教とは関係のない部分で支持を集められる人物だったからだ。感謝を受け取るのも、かといって不要と返すのも、どちらも何だか違う気がして、曖昧に頷くことしかできない。

 そうこうしているうちに、イカルは頭を戻し――一転して、なぜかザインを鋭く睨む。

「――だが、北方小国家群で行ったことは話が別だ」

「…………」

「ベーグル王国の件も、ブリオッシュ王国の件も、フォカッチャ王国の件も、どれもこれもが我らゴルトン同盟への敵対行為に他ならない」

 グリッシーニ王国に純粋な翼人はいない。市井の民も、王侯貴族すらも、あくまで翼人の血を引くだけの翼を持たない混血種族である。

 ならば、銀髪銀眼で純白の翼を持つ壮年の男――イカル・アフとは何者か?

「故に、あなたに売る情報は一つ限りだ。それ以降はあらゆる面で非協力を貫かせてもらう。最低限の感謝の印として敵対はしないであげよう」

 最北の大国――すなわちゴルトン同盟から派遣された聖鳥教の宣教師。そして、北方小国家群中から集めた情報をゴルトン同盟に送る諜報員の長。それがイカル・アフという男の正体である。

 ちなみに、聖鳥教とは、聖なる鳥エピオルニスを信仰する翼人の民族宗教である。彼らはエピオルニスの羽より生まれ、その魂はエピオルニスの翼に帰ると信じている。

「では、よく考えて発言するように。――何を知りたい?」

「王位継承をめぐるグリッシーニ王国の現状について」

 だが、ザインに迷いはない。

 情報屋「修道院」がゴルトン同盟に関わりのある組織であることなど、とっくに確信していたのだから。さらに言えば、たとえ敵対されようが襲撃を受けようが脅威ではない、とも。

「……これまた妙なところに目をつける。ベアトリーチェ・ディ・フォカッチャ――あの若き新たな王のために何をするつもりかな?」

「くはは、それをこれから決めるんだがな」

「…………」

 嘘つけ、と思いつつも、それを口には出さないイカル。

 やがて盛大にため息をついた。

「まあ、いい……。誰がグリッシーニの王になろうと、我らにとっては些細なことだ。それで、王位継承をめぐる現状だったか。次の王は王太子のウルバーノ・ダ・グリッシーニで決まりだ。本人が死にでもしない限り、これは覆らない」

「……それだけか?」

「いいや。この程度はその辺の民でも知っている。あなたが知らないとは思えない」

「まあ、そうだな」

「故に売り物としての価値は無い。ここから先が商品だ。大金貨で三枚――まずは支払ってもらおう」

「ふむ……意外と安いな」

 言いつつ、ザインは懐から小袋を取り出し、大金貨三枚を机の上に積む。

 イカルの手がそれをサッと回収した。

「大体はこの国の貴族であれば大抵の者が知っている情報だ。法外な大金を取る気はない」

 机の右脇にある一番上の引き出しを開けて大金貨三枚を閉まったイカルは、続いて一番下の引き出しの鍵を開け、そこから一冊の分厚い本を取り出し開いた。

「――今言ったように、ウルバーノ王太子が王位を継ぐのは確実だ。だが、対抗する派閥がある。第二王子のトリスターノ・ダ・グリッシーニを推す一派だ。北部から中央部にかけての貴族から支持を集めるウルバーノ王太子に対し、トリスターノ第二王子は辺境や南部の貴族から支持を集めている。当然、勢力差は歴然だ。故に次の王はウルバーノ王太子で間違いない」

(……本はブラフだな)

 情報を頭に入れつつ、よどみなく語るイカルを観察していたザインは、その手に開いている分厚い本に実のところ意味はない、と結論付けた。

 情報屋が大事な商品をそんなわかりやすいところに閉まっておくはずはないし、顧客の目の前で取り出して開くなどというずさんな管理をしているはずもない。何より、イカルの目は本に注がれているにもかかわらず、文章を追っている気配がない。

(あるいは魔術道具かもしれんが……少なくとも、見ているだけでは使い方はわからんな。これなら問題ないか)

 情報の奪取を考えたわけではなく、情報の流出を懸念しての観察である。

「だが、これだけでは表面的な理解だ。それぞれの勢力を細かく見ていくと、ウルバーノ派には後継者がいないことがわかる」

「つまり、他の王子王女は全員がトリスターノ派か」

「その通り。ウルバーノ王太子には幼い娘がいるがそれだけだ。一方で、トリスターノ派には王女のジータ・ダ・グリッシーニと第三王子のサヴィーノ・ダ・グリッシーニがいる。ウルバーノ王太子は弟妹からよほど嫌われているらしい。特に、ジータ王女は、ウルバーノ王太子と母を同じくしているのにトリスターノ第二王子についたため、ウルバーノ派からは裏切り者扱いされている」

「なるほど……分厚い薄氷だな」

 トリスターノ派は、たとえトリスターノ第二王子本人が暗殺されてもサヴィーノ第三王子を担げばいいが、ウルバーノ派は、ウルバーノ王太子本人が暗殺されると瓦解するしかない。逆に言えば、ウルバーノ派は暗殺と裏切りだけ警戒していれば勝利は確実なわけだが。

「ちなみに、現王のヴァレリアーノ・ダ・グリッシーニは、基本的にはウルバーノ派だ。だが、トリスターノ第二王子を評価してもいる。兄弟姉妹間の溝が埋まるか、ウルバーノ王太子に息子が生まれれば、安心して引退するかもしれない――とまあ、こんなところだな」

 そこでイカルは本を閉じた。

「ふむ……確かに大金貨三枚の価値はあったな」

 特に最後の情報は王に近しい者でなければ知り得ないことだ。よほど優秀な諜報員を抱えているのだろう。もしくは、王に近しい者を諜報員に仕立て上げたのか。

 これで必要な情報は得た、と確信し、ザインは席を立つ。そのまま書斎から出ていこうとしたところで、

「――フォカッチャ王国への進軍を主導しているのはウルバーノ王太子だ」

 本を閉じたはずのイカルがついでとばかりにそう言った。

 ザインの足が止まる。

「理由は、ウルバーノ派の重鎮であるヴェローネ伯爵の領内外で大量の人死にが出て、周囲の中小貴族が動揺していること、フォカッチャ王国の対応にヴェローネ伯爵が納得していないこと、前王の死とその後の分裂で攻める好機と見たこと――などが挙げられる」

 なぜ、イカルはそのような情報を無償で提供したのか。

「故に、ウルバーノ王太子が死ねば、フォカッチャ王国への進軍は中止になる可能性が高い。まあ、どうするかはあなた次第だけど」

 誰が王になろうと我らにとっては些細なこと、とイカルは確かに言っていた。ならばその理由は個人的な何かだろうか。

 結局、その真意を尋ねることなく、ザインは修道院をあとにした。




 ――コネリアル子爵が遺体で見つかりました――

 グリッシーニ王国騎士団長グレゴリオ・ダ・フェラールがそう報告を受けたのは早朝のことだった。

 コネリアル子爵はウルバーノ派に属する中堅貴族である。自身もウルバーノ派であったグレゴリオは、ウルバーノ王太子からの命令もあり、部下の騎士達に捜査を命じる。

 この時点では、自身はあくまで動かず、部下からの報告をまとめてウルバーノ王太子に伝えればいい、と判断していた。

 楽観視していたのは否めないだろう。中堅貴族とはいえ、ウルバーノ派全体からすれば、コネリアル子爵は替えのきく駒でしかない。失っても手痛くはなく、むしろトリスターノ派の者を犯人に仕立て上げれば格好の攻撃材料になる、とすら考えていた。

 翌朝に「今度はスチオ男爵が殺害されました」という報告を聞いた時も、

(自派閥の者も殺すことで混乱させようとは、浅はかなことを……)

 まだその程度の認識だった。

 スチオ男爵は宮廷貴族としては珍しくトリスターノ派に属する弱小貴族である。ウルバーノ派からすれば、当然無視できる存在であり、トリスターノ派からしても、失っても手痛くはない存在だった。

 だが、二日続けて宮廷貴族が殺害されたことも事実だ。

「どう対応するつもりかね?」

「一週間ほど夜間の警邏を倍に増やします。殿下には夜間外出禁止令を出していただきたい」

 ウルバーノ王太子に問われたグレゴリオはそう答えた。

 そしてさらに翌朝――

「大変です、団長! ルブレア侯爵が遺体で見つかったと……!!」

「バカな……!?」

 ルブレア侯爵は魔学大臣を務めるウルバーノ派の重鎮である。彼がいたからこそ、魔学省の宮廷貴族全員がウルバーノ王太子の支持を決めたほどに。

 ここに来て、ようやくグレゴリオは事態の重大性を認識する。

 トリスターノ派が有無を言わさぬ手段に出てきたのだと。

 替えのきかない重鎮を殺されては、もはや全面対決しかあり得ない。

(――……待てよ……?)

 だが、グレゴリオは立ち止まった。

 そもそも、勢力で圧倒的に劣るトリスターノ派は、争い事になれば敗北するしかないのでは? ――と。

 もっと言えば、自身も熟練の魔法師だったルブレア侯爵を暗殺できる者など、グリッシーニ王国には数えるほどしかいない。

(コネリアル子爵程度を殺すために、そんな熟練の暗殺者を使うか……?)

 ルブレア侯爵はまだわかる。だが、ウルバーノ派と本気で対決するつもりなら、最初から大物を狙えばいい。小物を何人か切り捨てれば、自派閥も攻撃されたという主張には充分なのだから。

 グレゴリオはトリスターノ第二王子を愚物と侮ってはいない。ウルバーノ王太子がいなければ王にふさわしい、と誰もが認めるからこそ、トリスターノ派は対抗派閥足り得るのだ。

 ならば、第三者による犯行か?

 それとも、そう思わせようというトリスターノ派の策略か?

(…………自らの目と耳で確かめるしかない、か……)

 すぐにでもトリスターノ第二王子を首謀者として告発しよう、と言うウルバーノ王太子を、

「一日だけ待っていただきたい」

 となだめすかし、グレゴリオは自ら部隊を率いて夜間の警邏に打って出た。

 たとえ答えがどちらであろうと、混乱を加速させるため、今夜も犯行に及ぶはずだ――と確信して。

「――……出てきたまえ。先ほどから尾行していることには気付いている」

 だが、見つかったのは、貴族の屋敷を窺う賊ではなく、自身を尾行する謎の存在だった。

(何者かは知らないが、この上なく怪しいな……。あるいは貴族殺害の関係者か……?)

 貴族の屋敷が集まる区画の一角で、わざと一人になったグレゴリオは、いつでも剣を抜けるよう油断なく構える。

「――百手(ハンドレッド)

「なっ!?」

 直後、その身を無数の黒い手が襲った。

 そして翌日――グリッシーニ国王ヴァレリアーノ・ダ・グリッシーニが凶刃に倒れる。ウルバーノ王太子やトリスターノ第二王子も列席した場での、白昼堂々の犯行であった。

 下手人は王国騎士団長グレゴリオ。ルブレア侯爵、コネリアル子爵、スチオ男爵が殺害された件について、首謀者が判明したため、陛下の御前で報告したい――と、国王以下王族や主要な宮廷貴族を謁見の間に集めたグレゴリオが、その場で凶行に及んだのである。

 国王の左胸を隠し小刀で貫いたグレゴリオはその場で即自害。近衛兵の剣を奪って自らの首を断つ、という壮絶な最後だった。

 なぜそのようなことをしたのか――どれほど調べても、グレゴリオの周囲からは動機らしきものすら出てこない。

「――もうよい、下がれ」

「はっ……!」

 だが、目の前で仕える主を殺された間抜けな近衛兵が、グレゴリオの最後の言葉を聞いていたという。

 報告を受けたウルバーノは、当然それを一言一句思い出させた。今、その内容を聞いて、意味不明さに頭を抱えているところである。

 ――申し訳ありません、陛下……私如きでは、「御君」には逆らえず……――

(「御君」とは誰だ……? グレゴリオが仕えていたのは父上ではなかったというのか……!? いいや、そんなはずはない! ……いったい、何が起こっている……!??)

 あるいは、何が起ころうとしているのか。

 背後の窓から外を見れば、雪解けを待ちわびる春の陽射しで満ちている。

 だが、ウルバーノはそこに嵐の予感を覚えていた。




「――人の世の嵐とは、常に暴風をまき散らしているわけではありません。そこには波があり、強弱がある。たとえ人の目に見えなくとも、嵐は渦巻いているものなのです。北方小国家群に渦巻く嵐も、ゴルトン同盟に渦巻く嵐も、コルピタゲム大陸に渦巻く嵐も。それこそ――五百年もの昔から」

 ゴルトン同盟の一角――とある島の片隅で、唐突に少女はそう言った。

「嵐? 嵐が来るんですか、キララ様?」

「嵐? プルル達吹き飛んじゃう?」

「いいえ、そんなことはありませんよ。今のは単なる比喩です」

 的外れなことを言うお世話役の二人に対し、少女はニコリと笑って勘違いを正す。

 奇妙な三人であった――いいや、もはや「人」として数えていいものかどうか迷うほどだろう。

 キララと呼ばれた少女は、鮮やかな金髪に深い紫の瞳こそ普通だったが、その体は人間よりも二回りは小さく、その背には煌めく透明な羽があった。

 お世話役の二人に至っては、もはや人間の手のひらに乗れるほど小さい。だが、鮮やかな金髪や緑色の瞳は人間そのもので、やはりその背には煌めく透明な羽があった。

 コルピタゲム大陸の国々において、彼女らはもはや伝説に近い種族である。何しろ、五百年もの昔から、誰一人その姿を見たものがいないのだから。

 だが、八つの島で構成されるゴルトン同盟のとある島に、今もその種族は生き続けている。それぞれの島にただ一種族だけが暮らすという特異な状況下で。

 妖精――あるいはフェアリーと呼ばれるもの。それこそが、この島に住む唯一の種族だった。

「ああ……」

 ふと。

 何かに気付き、キララがどこか遠くを見つめる。

「ついにこの日が来てしまうのですね……。ポロロ、プルル、そろそろ帰りましょう――」

 キララという少女は、時折こうしてどこか遠くを見つめることがあった。

 そして多分に漏れず不思議なことを言うのだ。

「――南方より悪魔が来ます」

 突然にそんなことを言われた二人は大慌てである。

「悪魔!?」「悪魔来る!?」「喰われる!?」「怖い!」「呪われる!?」「怖い!!」「やっつけなきゃ!」「やっつける!?」「できるできる! 魔法で一発さ!」「マジか、ポロロすっげえ!」などなどと叫んでせわしない。

 だが、一方のキララも困惑していた。

「はい……??? ……ああ――そうでしたね、あなた達は言わなければわからないのでした」

 自分が言葉足らずだったことに気付いたキララは、落ち着かせるように勘違いを正す。

「すべきは迎撃の準備ではありませんよ」

 ニコリと笑って。

 当たり前のように。

「――歓迎の用意です」

 つまりは真実とは実にシンプルなのである。

 ゴルトン同盟の一角は、ブラッドハイド家の同志だった。

 それこそ、五百年もの昔から。

 細かい話は活動報告にて。

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