71 声は見える形でこそ圧力を生じさせる
妙な連中が増えたなぁ、って感じたのは、秋が始まった頃のことさ。
最初は数人だけだった。
道行く人達に話しかけ、しばらく話したあと、礼を言ってわかれたり、謝ってわかれたり。
次の日も、そのまた次の日も、その獣人達は同じことを繰り返してた。
わかれたあと、そのままウチの店に来たお客さんがいたから、何を話してたんだいって訊いたこともあったんだが、
「いや……何か、冒険者ギルドに受付嬢を増やすよう要望するから、賛同してくれるなら名前と住んでるとこを教えてくれって……」
「??? 何だいそりゃ?」
「さあ……? ま、教えたら喜んでたけど」
結局、よくわかんなかった。
ところが、一週間ほど経ったある日、獣人達が倍に増えた。
まぁ、だから何だって感じだがね。
だって、やってることは一緒だったからさ。
道行く人に話しかけ、しばらく話したあと、礼を言ってわかれるか、謝ってわかれるか。
その繰り返しだ。
だから、さらに一週間ほど経って、人数がさらに倍に増えても、「妙な連中が増えたなぁ」って程度のことしか思わなかったわけさ。
変化があったのは、最初に見かけた日から一か月くらい経った頃だったかな。
それまで毎日見かけてたのに、パタリと見なくなったんだよ。
まぁ、数日の間だけだったがね。
で、また同じことを始めた。
道行く人達に話しかけ、しばらく話したあと、礼を言ってわかれて……そういや、謝ってわかれてるのを見なくなったのは、あの頃からだね。
理由はたぶん、慣れたからだろうが……さて、それは獣人達の方か、それとも住民の方か……。
ついにあたしが話しかけられたのも、ちょうどその頃だった。
「すまない、お姉さん。今、少しいいかな?」
「あたしかい?」
「ああ、そうだよ」
「何だい?」
「縫製屋のクロヴィスさんのところにアスケラという弟子がいるんだが、彼女が独り立ちするのを認めるよう縫製ギルドに要望するから、賛同してくれるなら名前と住んでいる場所を教えてくれないかな?」
「クロヴィス……アスケラ……? ああ……あいつなら確かに独り立ちしてもやってけるだろうね。まぁ、それは構わないが、冒険者ギルドの受付嬢の話はどうなったんだい?」
「ああ、冒険者ギルドね。街のみんなのおかげで無事に獣人の受付嬢が二人増えたよ」
「へぇ、そりゃよかったじゃないか。で、今度は縫製ギルドにだったか。わかった、いいよ。あたしはアニエス。この通りの先で『時覚え亭』って飯屋をやってる。住んでるのはそこの二階さ」
「アニエス……鍛冶屋通り『時覚え亭』の二階、と……。ありがとう、今度、みんなと食べに寄るよ」
「偏屈な客ばっかだから、覚悟して来なよ」
「ははは、みんなにも言っておく。それじゃ、本当にありがとう」
「あぁ、またね」
そう言ってわかれたあとで、ふと、冒険者ギルドに獣人の受付嬢っていたかねぇ……? って思ったが……まぁ、あまり関わりのない場所のことだったから、すぐにどうでもよくなった。
それから半月ほどして、また獣人達をパタリと見なくなり――あの時、話しかけてきた、こげ茶の髪に黄色い瞳、黒い肌の獣人が、十人以上引き連れてウチの店にやってきたのは、さらに数日後のことだった。
「やあ、お姉さん、約束通り来たよ」
「らっしゃい――って待て待て、いったい何人いるんだい!?」
「あー……十三人だったかな?」
「今はな。あとからザインザード達も来るぞ」
「え……!? 戻ってきてるの!? 俺、あの人苦手なんだよね……」
「気が合うな、自分もだ」
「そうなんっスか?」
「何も考えずあいつと話せるのはお前だけだよ、ムフリッド」
「……で、結局、何人になるんだい?」
「えーっと……」
「十九人なのですぅ」
「ほぼ貸し切りじゃないか……」
ウチは二十席しかないんだが……。
「――なら貸し切ればよか」
獣人達の中からその声が発せられた瞬間、何人かがビクリと震えた。
驚いたというより怯えるようなその震え方に、いったいどんな強面が出てくるのかって身構えたが、前に出てきたのは成人したばかりくらいの獣人の少女だった。
白い髪に白い肌、そして真っ赤な瞳。左手で金髪金眼の幼女の手を握ってた。姉妹じゃなさそうだったが……。
「もう昼過ぎやけん、問題なかはずばい」
「まぁ……鍛冶屋の連中は来ないだろうがねぇ……」
問題がないわけじゃなかった。
来てくれたお客さんには悪いが、貸し切ってもらえれば、断りやすいのは確かだ。
だが、いったい、いくら取ればいいんだい……?
貸し切りなんかされたことないから、あたしにはわかんなかった。
ところが、そう言ったらその子も困った顔してね。
結局、そういう場面に居合わせた人が獣人の中にいたから、そこからおおよその相場を予想して払ってもらうことにした。
まぁ、その人がいたのは、フォカッチャ王国の風呂屋だったらしいが……似たようなもんさ。
「はいよ、確かに。それで、名義はどうする? ってか、あんたらはどういう集まりなんだい?」
「名義は『互助会』で」
「『互助会』……? 『互助会』っていったい、どこの――あぁ……獣人の『互助会』か。ってことは、全員、冒険者かい」
「ラーちゃん以外はそうなのですぅ」
「まぁ、お嬢ちゃんは年齢的に無理だろうねぇ。獣人でもなさそうだし」
だが、そうなると、獣人の「互助会」が何で縫製ギルドに要望を……?
獣人の「互助会」ってのは、文字通りの意味じゃなく、非公認の冒険者クランのことさ。
だから、冒険者ギルドに要望を出すのはわかる。最も関係の深いとこだからね。
だが、縫製ギルド――というより、縫製職人と冒険者の間に接点はあまりない。
それがどうして一職人を独り立ちさせるか否かという話に絡んでくるのか……。
「……そういや、この間、言ってた縫製ギルドの話はどうなったんだい?」
「ああ、アスケラのことだね。何とか独り立ちが認められたよ」
「へぇ、そりゃよか――何とか? あいつの腕は確かだって聞いてたが、親方が渋ったのかい?」
「いや、クロヴィスさんは元から大賛成だったよ。渋っていたのは縫製ギルドの方だね」
「そりゃまたどうして?」
「さあ……たぶん、理由はないんじゃないかな。獣人だからだろうね」
「はぁ……???」
何だいそりゃ?
「……お姉さんは鍛冶屋通りに店を構えて長いのかい?」
「え? あぁ……旦那と結婚してすぐだから、もう十五年くらいになるかねぇ……」
「なら、スラファトさんが独り立ちした時のごたごたも覚えているだろう?」
「スラファトさんかぁ……。あぁ、覚えてるよ」
忘れようとしたってそうそう忘れられるもんじゃない。
あの騒動で鍛冶屋が何軒か潰れたからね。
発端は、スラファトさんが独立しようとした時だった。
スラファトさんを弟子にしてた親方は一人前の太鼓判を押してたのに、鍛冶屋ギルドがいろいろと難癖をつけて加入を認めなかったのさ。
ギルドに加入できないんじゃ、扱いは闇かもぐり。まともな生活なんてできるわけがない。
当然、親方も怒る。
ところが、スラファトさんの腕を知らない他の連中はギルドを支持した。
そうなると親方も黙るしかなくて……。
「……そういや、あの時はあんたら『互助会』が動いたんだっけ……?」
「らしいね。俺はあの頃、故郷の畑を走り回っていたから、詳しくは知らないんだけど……。そうだ、ラサラスならミルザムの旦那から聞いたことがあるんじゃないかな?」
「なぜそこで自分に振るんだよ……。まあ……聞いたことはあるけどさ」
だが、スラファトさんは納得がいかなかった。
親方にも認められた自分の腕に自信があった。
だから獣人の「互助会」に相談し――「互助会」は実力行使を決断した。
って言っても、暴力沙汰じゃない。
それまで冒険者ギルドに持ち込んでた様々な素材を「互助会」の倉庫で保管し、スラファトさんを「互助会」専属の鍛冶師にして、希望者を募って弟子までつけた。
まぁ、獣人の鍛冶師なら、獣人に良く合う武器防具を作ってくれるからね。
困ったのは冒険者ギルドと鍛冶屋の連中さ。
獣人の「互助会」っていうのは非公認クランだが、規模はブリオッシュ王国最大――っていうか桁が違う。
他のクランは実力や考え方、出身地、しがらみ、過去の遺恨なんかで大小様々入り乱れてる。
一方、「互助会」には獣人の冒険者のほぼ全てが所属してて、所属してない極わずかも、何かあれば頼るのは「互助会」だ。
いくら獣人が少数種族でも、冒険者の十人に一人が所属してるとなれば、半端じゃない勢力になる。
その全員が、いっせいに冒険者ギルドへの素材の持ち込みをやめた。
中には、獣人のパーティーだけが供給してた素材もあったし、獣人しか加工方法を知らない素材もあった。
そして、そういった素材を使った武器防具は、スラファトさんか、その元親方のとこでしか手に入らなくなった。
他の鍛冶屋の客は十分の一以上減り、何軒かの鍛冶屋はそれで窮地に陥った。
冒険者ギルドも獣人が関わってた依頼が来なくなり、小口の取引先をいくつも「互助会」に取られた。
最初に「互助会」と交渉したのは、当然、冒険者ギルドだったが、「互助会」はスラファトさんの独り立ちに反対する鍛冶屋に売らないならという条件を提示。当時のギルドマスターは悩んだ末にこれを呑んだ。
で、それを知った鍛冶屋が次々とスラファトさんの独り立ちに賛成し――鍛冶屋ギルドは一転、少数派に追い込まれ、一度解体されたあと、強固に反対してた連中を追い出して再建された。
スラファトさんは無事に独り立ちし、鍛冶屋ギルドに所属したが、今でも「互助会」専属を続けてる。
ラサラスという名の金髪碧眼の獣人が語った話に、あたしが知ってることを加えて要約すると、こんな感じさ。
「――ってまさか、今回も同じことを……?」
「いやいや、まさか。状況は同じだけど、スラファトさんの時みたいなことはできないって、ミルザムの旦那は言っていたよ」
「そ、そうかい……。なら、いったい……?」
「う~ん……俺も頼まれたことをやっていただけだから、冒険者ギルドも縫製ギルドも、どうして上手くいったのか説明できないんだよね……。えっと……こちらのカロン様なら、たぶん……」
「ふぇ!?」
なぜか様付けで話を振られたのは、さっき貸し切りを提案した子だった。
「あぅ……よ、要は圧力だって主様は言いよったばい」
「圧力?」
「どぎゃんギルドでん、最も関わり合いが深かとは住民ばい。やけん、住民が望んどるとなれば、無視するわけにはいかん。そっが具体的な数字として示されればなおさらだ――って……あぅ……」
「???」
たぶん、この子は理解はしてる……んだろうね……。
だが、理解してるということと、説明できるということは別物らしい。
さっきと違って妙にしどろもどろだし。
カロンという名の白髪赤眼の獣人が言ったことだけじゃ、いまいち、よくわからず、
「ギルドというものは、個々の商売人の集まりだ。そして、個々の商売人の生活は、住民に何かを売ることで成り立っている。冒険者なら労働力を、縫製職人なら服を、鍛冶屋なら武器防具を。逆に言えば、住民が買ってくれなくなると、個々の商売人の生活は破綻するわけだ。故に、住民の賛同を得ている要望をギルドが拒否すれば、住民の間で悪評が立ち、その影響が及ぶ個々の商売人はギルドに不満をぶつける。賛同を得た住民が多ければ多いほど、それは巡り巡って元凶であるギルドへの圧力となるわけだ」
「だが、あたしらは縫製職人から新品の服を買うことなんてほとんどないよ?」
「うんうん」
「金持ちは買うだろう? そして古着屋に売る。古着屋から買うのは貴殿ら住民だ。買い手がつきそうにない古着は安く買い叩かれる。金持ちというのは意外とケチだ。そうなれば新品の服も売れなくなる。縫製ギルドの連中は、最初、それを理解していなかったがな」
「なるほどねぇ……」
「ほうほう……」
結局、あたしや旦那が獣人達のやったことの意味を理解できたのは、彼女が「主様」と呼ぶ男が店に来たあとだった。
その黒髪金眼の男はザインザード・ブラッドハイドと名乗り、青髪に空色の瞳の背の高い男や、赤髪に褐色肌の両眼を白い布で覆った女、水色の髪に赤茶色の瞳の――お、男……!? といった面々を連れていた。
そして、その中には、あのミルザム・フォイエンもいた。
「まさかウチの店に『赤炎の射手』が来てくれるなんてねぇ……」
「んむ……我程度の者が来ただけでそこまで喜んでくださるとは。冒険者冥利に尽きるというもの」
「いやいや、あたしら世代にとっちゃ、『赤炎の射手』ってのは冒険者の代表格だからね。こっちこそ飯屋冥利に尽きるってもんさ」
「うんうん!」
A級冒険者ミルザム・フォイエン。
あたしと旦那が飯屋を始めた頃、彼はすでにC級冒険者だった。
娘が生まれた頃にはB級に。
娘が初めて歩いた頃にはA級になってた。
旦那と同い年の中に、ずいぶんとすごい人がいるもんだって、あたしら夫婦の間じゃ、一種の英雄だった。
そんな人がウチの店に来てくれたんだ。
これほど嬉しいことはないね。
「さあ、じゃんじゃん頼んどくれ! 腕によりをかけて美味い飯をつくるよ! ウチの旦那と娘がね!」
「うんうん!!」
「任せといて!!」
……結局、あたしは何も訊かなかった。
どうして獣人の「互助会」が縫製職人の独り立ちに協力したのか、とも。
そんなことをしたら縫製ギルドの恨みを買ったんじゃないか、とも。
縫製ギルドがあくまでも拒否したらどうするつもりだったのか、とも。
「――それで、中央の方は何て?」
「んむ、実証を示してほしいそうだ」
「実証……冒険者ギルドと縫製ギルドの件で充分じゃ?」
「いや、この方法は限られた期間でどれだけの賛同を得られるかも重要だ。説得力はあればあるほどいい」
「ならどうするんだ?」
「もっと大きなこつ実現すりゃよか」
「幸い、ラミオン辺境伯はまだ静観するつもりです。それに、柔軟な考えの持ち主のようですよ」
「けど、大きなことと言っても何をすれば……?」
「んむ…………巡視隊にしよう」
「巡視隊……!? それは――……確かに大きい相手だね……!」
そして、木枯らしが厳しい冬の始まりを告げた頃、あたしはそれを後悔することになる。
細かい話は活動報告にて。




