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異端のザイン―血みどろの影使い―  作者: 喜多院那由他
オベリスク都市国家連合編
55/86

53   誰にだって休息は必要だ(後)

 ――航海二日目の朝。

 とある船室の木窓が押し開けられ、差し込んだ朝日に一瞬、中にいる人物が目を眩ませた。水平線の先に大陸の影が見える。航海は順調らしい。

 太陽がまだ低い位置にあることから、どうやらほとんどいつも通りに目が覚めたようだ、とへレスは察した。昨夜は結局、夜が更けるまでザイン達とカード勝負に興じていたというのに、習慣というのは恐ろしい。おかげで、彼女は少しばかり寝不足を感じていた。

 これで二度寝すると大層気持ちがいいのだが、客がいる身としてはそういうわけにもいかない。そうでなくても、ザインを放っておくのは何かと不安だった。

 手早く身支度を整えて、部屋を出るへレス。その足は自然と甲板へ向かっていた。

 なお、カード勝負の結果はへレスの惨敗であったという。

(さあて、鬼札やお仲間共は起きてるかねえ……?)

 当然、へレスとザイン達に生活習慣まで把握できるほどの付き合いはない。故に、へレスとしては、少しでも情報を得られれば儲けもの、程度の考えだったが、早速、先端近くで素振りをしているマックスを見つけた。へレスから見ても、いい筋肉をしている。

「――よお、元A級。船の上だってのに鍛錬かい?」

「あん? おっと、これはヘケト王。おはようございます。……まあ、日課ってやつさ」

「へえ……船に乗ったことは?」

「何度か。だが、海は初めてだ。やっぱ河とは違えな。何ていうかこう……揺れが不規則だな」

「その揺れん中でやる、あんたも大概だって思うがねえ……」

「普段経験しないことだからな。いい刺激になる」

「ふうん……そうかい。――まあ、気が済むまでやりな」

 朝食の時間になれば、船員が声くらいかけるだろう。死が聞こえる速度で大剣をぶん回しているのにビビらなければ、だが。

 甲板にはあとは船員しかいない。ならばとへレスが反対側へ行くと、今度は左後方の通路でカロンを見つけた。

 何がそんなに面白いのか、目をキラキラさせながら、ジーッと海を見ている。

(……そういや、昨日もこの獣人っ娘はこんな感じだったねえ……)

「――よお、カロンだったかい? よくもまあ飽きもせず見てるねえ……」

「ふぇ……? ふぇ!? あ、あぅ……えっとえっと……か、海賊の王様……!!」

「かっかっか! 間違っちゃあないが、それじゃいろいろと勘違いされそうさね!」

「あぅ……」

 何だかんだでへレスはこのカロンのことを気に入っていた。ザインの弟子だからと最初は多少警戒していたが、彼に比べればまだまだひよっこで、からかいがいがあるところが特に。

「それで? あんた、海は初めてなんだろ? どうだい、感想は?」

「ふぇ……!? えっと……た、たいぎゃ大きかばい」

「それから?」

「ふぇ!? あぅ……あぅ……」

「素直に思ったこと言っとくれ」

「…………たいぎゃ広うて……、どこまでも行けそうったい……。世界ってこぎゃん大きかったんかって……。あん頃はあん暗闇が全てやったばってん……。うん……主様がもっと好きになったばい」

「――――」

 返ってきたのは、思いもよらない答え。

「――かっかっか! 人生で初めて海見た感想が『男に惚れ直した』とは、鬼札にゃもったいないロマンチックな弟子だねえ!」

 少しからかってやろう、なんて見くびっていた自分もおかしくて、へレスは破顔した。

 ところが、カロンは静かに首を横に振り、

「……そぎゃんじゃなかと……。そぎゃんじゃ、なか……」

 そう呟いて、今度はどこか遠くを見るように海を眺め出した。

(ありゃ、何か触れちゃいけねえことに触れちまったかねえ……)

 当然のように居心地が悪くなり、頭をポリポリかいて、へレスは何も言わずにそこを離れた。

 そのまま一周して自身の船室へ戻ろうという途中で、別の船室から出てきたザインとばったり出くわした。

「――ん……? ああ、貴様か。ちょうどいい。酔い止めの薬を追加でくれ」

「っ――……ったく、あんたは相変わらず……。まあ、いいさね」

 へレスの怒気が抜けてしまったのは、先ほどのカロンの顔がチラついたからか。

 ちなみに、酔い止めの薬はザインが使うわけではなく、

「白布っ娘は今日も船酔いかい?」

「ああ。しかもかなり酷い」

「目が見えないからかねえ……?」

「かもしれん。いずれにしろ、誰かが付き添う必要がある。今日は俺が見ていることになった」

「なるほどねえ……」

 パンドラには悪いが、へレスにとってそれはいいことだった。少なくとも今日のところは、ザインは大人しくしているということだからだ。

「……ところで、獣帝国のチュロ辺境伯領にはいつ頃着く?」

「そうさねえ……遅くとも明後日、昼頃にゃ着くはずさね」

「そうか……」

「……白布っ娘を一度船から降ろすつもりかい?」

「明日も船酔いが酷ければな。さほど長くない時間のみだが、多少の気分転換にはなるだろう」

「まあ、荷の積み下ろしもあるから、四半日は停泊する予定だねえ」

 そんな話をしながら二人は船内を下る。酔い止めの薬は客しか使わないため、消耗品の中でも奥の方にしまってあった。

「――下僕十一号! いいところで会ったのですぅ」

 トテトテとラーが駆け寄ってきたのは、その帰り道のことであった。

「また抜け出したのか……。それで?」

「ふっふっふー、聞いて驚けなのですぅ。――何と! ラーちゃんはチェスの盤と駒を手に入れたのですぅ。相手をするのですぅ、下僕十一号」

 大物を仕留めた冒険者の如く、チェスの盤と駒の入った箱を掲げるラー。

 下っ端の船員はこういう時間がかかるものはやりたがらない。おそらく、船長が暇潰しのために持ち込んだものだろう。

(ってなると、もしやこの幼女、船長室に行ったのかい……?)

 これには船長も困ったことだろう。いくら客とはいえ素人に入られたくないが、相手が幼女では怒鳴るに怒鳴れない。

(……ああ、なるほど、それでチェスの盤と駒を……)

「ふむ……パンドラに薬を届けたあとならば構わんが」

「薬ですぅ? あの子、今日も具合悪いですぅ?」

「ああ」

「むぅ……、なら今日はドクロのおじちゃんとやるのですぅ」

「――ちょいと待ちな。ドクロのおじちゃんって、それうちの船長のことだろ? この時間、あいつにチェスをやってる暇なんざないよ」

「むぅ……! じゃあ誰ならラーちゃんと遊んでくれるのですぅ!?」

「目の前にいるじゃあないか」

「んあ……?」

「アタシだよ。これでも一国の王だからねえ、チェスくらいできるさね」

「…………お前、下っ端海賊Aじゃなかったのですぅ?」

「っっっっ――――だああああああれが下っ端海賊Aだってえ!? あんたホントにアタシの話聞いてなかったんだねえ!!」

「ラーちゃんはあいさつにも来ない奴の話なんか聞く気はないのですぅ。そして怒鳴る奴の話はもっと聞く気はないのですぅ」

「ぐっ……」

 あいさつしたか? と問われれば、確かにへレスはラーに名乗りすらしていない。そんな人物がさも自分のことを知っているのが当然かのようなことを言ったなら?

(――……チクショウ、どう考えてもアタシが礼儀知らずじゃあないかい……!)

「あー……クソッ、わかった、わかったよ! アタシが悪かった! ……アタシは港湾都市ヘケトの王、へレス・ヘケト・ヴェレさね」

「語呂悪いのですぅ……。改名をオススメするのですぅ」

「自覚はあるよ。だがそういうわけにもいかないのさ。祖父ちゃんがくれた名だからねえ」

「ご祖父様とのつながりの方が大切なら、ラーちゃんが言うことは何もないのですぅ」

(……なんだい、意外と素直に引くねえ……)

 ラーはいつも妙に尊大だ。へレスの持つイメージからすると、「ラーちゃんの言うことを聞かないとは不届き者なのですぅ」などと言っても不思議ではなかったのだが。

「……まあ、何にせよ、名乗りが遅れたのは謝るよ」

「王様なのに素直にごめんなさいできるのはいいことなのですぅ」

「それで?」

「んあ?」

「かく言うあんたは――」

「やめておけ」

 ――何者なんだい? とへレスが問おうとしたところで、それをザインが遮った。

「その問いは身を滅ぼすぞ」

「むぅ……ラーちゃんはラーちゃんでしかないのですぅ。ムーちゃんとは違うのですぅ」

「…………何だってんだい……???」

 ザインは静かに首を横に振り、それを見てラーは頬を膨らませる。

 そしてへレスは、ただただ困惑するしかなかった。




 結論を言えば、ラーの正体はわからずじまいだ。チェスの相手をしている間に何かしらつかめるかもしれない、などというのは、へレスの甘い見込みでしかなかった。

 いや、より正確に言えば、そのようなことを考えている余裕はなかった。見た目に反して、ラーは異常に強かったのだ。幼女がチェスをまともにできんのかねえ? などという侮りも一局目で吹っ飛んでいた。

 大人の意地で何とか一局だけ勝ったものの――それも、お情けで勝たせてもらったようにへレスは感じていた。

 一方、他の者達が何をしていたかというと、素振りを終えたマックスは、血の気の多い船員を相手に乱取り(勝てた者は誰もいない)。カロンはずーっと海を眺め、パンドラは酔い止めの薬で多少は症状が改善したが、結局、ベッドからは出られずに寝たり起きたりの繰り返し。ザインはパンドラの世話をしつつ、時折、へレスと交代でラーの相手をしていた。

 なお、ザインもラー相手には負け越している。そのことからしても、へレスが弱いわけではないのは確かだ。

 へレスがその腕前を褒めた際には、

「チェスと将棋はラーちゃんが一番強いのですぅ。でも囲碁はムーちゃんが一番強いのですぅ。そしてバックギャモンではルーちゃんが無敵で無敗だったのですぅ」

 ラーから何やら友達(?)の自慢をされたのだが、当然、「ムーちゃん」も「ルーちゃん」も彼女にはさっぱりである。

「その二人は友達かい?」

「ムーちゃんとルーちゃんは――……。……むぅ……余計なことを言いかけた気がするのですぅ……。人間、今の質問はしなかったことにするのですぅ。ラーちゃんも何も訊かれなかったことにするのですぅ。それがお前のためなのですぅ」

 結局、「ムーちゃんはムーちゃんで、ルーちゃんはルーちゃんなのですぅ」という答えになっていない答えしか得られなかった。

 これをへレスは警告と受け取った。同時に、ザインが「身を滅ぼす」と忠告してきた意味がよくわからなくなった。

 へレスはあの忠告を「あまり深く関わらない方がいい」という意味だと思っていた。ザインの態度や口調に、何とか押しとどめようとするような――そう、どことなく真摯さを感じたからだ。

 だが、ラー自身のあの口のつぐみ方はどういうことか。あれではまるで――知ることそのものに実害が伴うかのようではないか。

 やはり「わからない」としか言いようがないが、これに関してはわからないままの方がいいのかもしれない。

 そうして、わからないまま航海三日目を迎えた。

 とはいえ、朝は二日目とそう大差はない。

 マックスはまた素振りをしていたし、パンドラは相変わらず船酔いでダウン。ザインも変わらずパンドラのそばにいて、変化と言えば、そこにカロンとラーが加わったくらいだ。

「むぅ……! 何でラーちゃんは行っちゃダメなのですぅ!?」

「何度も言うが、貴殿は勝手気まますぎて間違いなくはぐれるからだ」

「おみやげにお菓子を買ってきますから。ね?」

「むぅ……! むぅぅ……!!」

 まあ、その理由がラーを説得するためだったのには呆れる他なかったが。

 航海は順調に進み、四日目の昼前には獣帝国のチュロ辺境伯領に着いた。

 へレスが出航を三つ鐘時すぐに決めたと伝えると、早々にパンドラとカロン、マックスは船を降りて港町に向かっていった。

「――って、あんたは降りないのかい?」

「こいつが勝手にどこかへ行かんか見ていなければならんし、降りたら面倒ごとが待っていそうなんでな……」

 ザインはそう言って、ラーを連れて船ばたに陣取り、釣りを始めた。

(じっとしててくれるなら願ったり叶ったりだが、あの幼女が大人しくしてるとは思えないんだがねえ……?)

 そう思ったへレスは、自分もその隣で釣りをすることに。

 だが、意外なことにラーは終始大人しかった。大人しくザインの膝の上に座っていた。

「……そういやさ、鬼札」

「……何だ?」

「何であんた、その娘っ子に『下僕十一号』なんて呼ばれてんだい?」

「…………」

「……昔――ずーっと昔に、ラーちゃんには十人の下僕がいたのですぅ」

「………………」

「………………」

(ってそれだけかい!)

「……ああ、それで『十一号』なわけか」

「……下僕になった覚えはないんだがな」

「その娘っ子が勝手に言ってるだけってことかい?」

「まあな。っ」

 答えるとともにザインは本日初の釣果を上げた。

「むぅ……下僕十一号は下僕の条件を満たしたから下僕なのですぅ。ラーちゃんが勝手に言ってるわけじゃないのですぅ」

「……ってことらしいが?」

「条件を満たしたら自動的に下僕になるなど、っ認めてたまるか」

 苦情を述べながら二匹目を釣り上げるザイン。

 なかなかの大物だ。

「…………あんた、もしかして釣り上手いのかい?」

「さあな。他人と比べたことがないからわからん」

「へえ……」

「ただ……故郷では釣りばかりしていたな」

「……たぶん、そいつは上手い奴の言うことさね」

「そういうものか?」

「そういうもんさね」

「そうなのか……」

 好きこそものの上手なれ、とは少々異なるかもしれないが。

 その後もザインは次々と釣果を上げ、一方のへレスは小魚を一匹釣り上げたものの即逃がし、以降はむしろザインが何匹釣れるか眺めている方が楽しいと、船員達相手に賭け事を始めていた。

 それが終わりを告げたのは、ザインが十六匹目を釣り上げた時のことで――

「――失礼。ちょっといいかな?」

「ん……?」

「お客人に会いたいって貴人が来ているんだが……」

「ふむ……誰だ?」

「それが……チュロ辺境伯だって言うんだよ」

 ――船長が告げたその名は、ザインが避けたかった「面倒ごと」が向こうからやってきたことを示していた。




「――いやまあ、普通ならそうなんだがねえ……」

「ん?」

「今、この船にゃアタシが乗ってるだろ? 港湾都市ヘケトの王であるへレス・ヘケト・ヴェレが」

「ああ。そうだな」

「そしてあんたはアタシの客さね」

「そういえばそう言っていたな」

「ええ、あっしもしっかり聞きましたね」

「なら、今、この船はアタシの城で、その中にいるアタシの客に会わせるかどうかはアタシ次第じゃあないかい?」

「……つまり、拒否しても問題ないわけか?」

「鬼札……あんたは大国の大貴族と都市国家の王、どっちが偉いって思うんだい?」

「まあ、実質的にはほぼ同じだろうが……建前上は後者だな」

「ならそれが答えさね」

「…………わかった、追加料金を払おう」

 その後、港町の方で多少いざこざがあったらしいが、マックスに勝てる者などそうそういるはずもなく。

 そうでなくとも、下手をすれば港湾都市ヘケトと敵対することになる。チュロ辺境伯もそれは避けるだろう。

 つまり。

 今日もヘケトの海賊船は何事もなく航海を再開した。

 へレスにも休みたい時くらいはあるのだ。

 細かい話は活動報告にて。

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