44 決別に必要な再会もある(後)
剣闘都市モントゥの闘技場はリーグ制を採用している。
最も下がビギナーリーグ――要は見習いが足りないながらに戦う練兵場だ。観覧料は非常に安価で、子どもの小遣い程度でも観覧が可能だ。そうすることによって、将来、剣闘士になろうとする子どもを増やそうという狙いもある。重度の剣闘士ファンの中には、あえてビギナーリーグを見て、有望な見習いのファンを始める者もいる。
次はレギュラーリーグだ。ここに一兵卒から小隊長クラスが集まる。観覧料はそこそこで、分隊単位でのモンスター討伐と個人単位での試合を楽しめる。個人単位での試合は原則として総当たり戦だ。年間戦績の良い者が昇進し、戦績が過度に落ちれば降格する。重度の剣闘士ファンともなれば、分隊単位と個人単位で別々のお気に入りがいる。ちなみに剣闘で使うモンスターは剣闘士達自らが捕獲している。実のところ、剣闘試合よりもこちらの方がきつい。大隊単位の訓練も兼ねているからだ。
最後にエキスパートリーグ。中隊長から将軍クラスがしのぎを削る場だ。このリーグで頂点に立った者が剣闘士達の王となる。一年ごとに総当たり戦を繰り返し、四年間の通算戦績で王を決める。国家としても頻繁に王が変わるのは困るからだ。当然、観覧料は非常に高い。重度の剣闘士ファンは四年間かけて貯めた金をこれで使い切る。中には借金をしてまで見ようとする者もいるが……まあ、そういう者の末路は推して知るべしだ。各都市の王族すら喜々として見に来るくらいにはハイレベルな戦いを楽しめる。
少年時代のマックスは、中隊長への昇進をかけた試合で勝利して、その日のうちにモントゥを出た。中隊長まで行くと基本的に辞められないからだ。部下ができることによって、心情的にも辞めにくくなる。ちなみに、その時の試合相手はあのライラだったりするのだから、問答無用で殴られても文句は言えないだろう(喰らったのはヘッドバットだが)。
その日も闘技場は盛況――いや、噂を聞いた都市中の剣闘士ファンが詰めかけ大盛況だった。昨日の今日でよくもまあ集まったものだ、とマックスは闘技場を見回す。
「――ピンポンパンポーン♪ ご来場の皆様、お待たせしたっス! 本日最後の試合を行うっスよ!」
マイクを通して、昨日聞いたばかりの声が響く。その瞬間、観客達から歓声が上がった。
シャハドだ。
(ってか、そのアナウンス音、自分で出すのな)
「――まずはこの男を紹介しよう! ……この男は、十年前、若干十五歳にして中隊長昇進確実と言われながら、突如として闘技場から消えた。理由は不明。だがその名は瞬く間に広がった! 冒・険・者としてっ!! そして今日、A級まで至った男が再び闘技場に立つ! さあ、一発殴る用意はいいか!? 帰ってきた天才――『青い閃光』のマアアアアアアアアァァァァァァックスッッ!!!!」
リングコールが終わると同時に、マックスは闘技場の中央へと進んだ。
リングから見上げる観客席の光景と、観客達の歓声を一身に浴びる興奮に、十年ぶりに心が躍る。ふと、空を見上げれば、一羽の黒い鳥が飛んでいた。この門出の戦いを、自分だけの特等席から見ようというのか。
(さてさて、お相手は誰かねえ?)
『まずは一試合組んでやる。それに勝てたら一時的な復帰を認めてやってもいい』
サリムはマックスにそう言ったが、楽な相手ではないのは確かだ。加えて、これに負けたら観客全員に一発ずつ殴られるくらいの覚悟はマックスにもあった。金稼ぎは冒険者稼業でもできるというのに、ケジメのために命を懸けてしまうあたり、随分と生きづらい生き方をしているな――とマックスは自分で自分に若干呆れていた。
「――それに対するは、ご存じ剣闘士界の姉御ッ!! 砕いた骨は数知れず! 砕いた男心も数知れず! 美しきバーバリアン――『蛮姫』ラアアアアイラアアアアアアァァァァッッ!!!!」
「――誰がバーバリアンだごらああああああああぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」
リングコール以上に大きな怒声を上げながら飛び出してくるバーバリアン、もといライラ。
激怒しているように思えるが、ちゃんとリングコールが終わってから出てきている。つまり、あれはフリだ。
武器は十年前と変わらず両手用メイス。サイズが大きくなっているところに、身体の成長と鍛錬の成果が見て取れる。
だが、相手がライラと知り、マックスは少しばかり拍子抜けしていた。
(十年も経っているし、オレがどうなったか見るにはちょうどいいってとこなんだろうが……昨日、少しじゃれ合った感触からすると、差が開いている感じなんだがな……)
とはいえ、ライラはマックスが最後にしのぎを削った剣闘士である。その彼女にすら勝てないようでは話にすらならないということなのだろう。
そう思惑を察し、大剣を構え、この一時の敵を睨む――その緊張感を引き裂くように、マックスとライラの間に曲剣が突き刺さった。
「――そして!」
(は……? そして?)
「――ご存じ剣闘士界の舞姫! 歌も踊りも戦いも! 何でもござれのスーパーアイドルッ!! 華吹雪く剣舞士――『踊る曲剣』のシャアアアアハドオオオオオオォォォォッッ!!!! ――今日はマックス様のハートを奪っちゃうっスよ♪」
突き刺さった曲剣の柄に華麗に着地を決め、マックスに向かってウインクするシャハド。
つまり、二対一である。
(サリムのおやっさん、オレに勝たせる気なさすぎじゃね!?)
一方で会場は大盛り上がりだ。シャハドが出てきた時など、ひときわ盛り上がっていた。つまり、それだけ人気がある剣闘士ということであり――ひいては、それだけの実力がある剣闘士ということでもある。
「……はい、というわけで実況はワタクシ、バシールに変わりまっすぅ」
またしてもマックスにとっては初対面の剣闘士であった。
シャハドよりはやや年上だろうか。ライラより濃い褐色肌に、細長くまとめた紫色の派手な長髪。もはや閉じているとすら思えるほど薄く鋭く開かれた目が冷徹そうな印象を与える。
「えー、ここで皆様に一つ、お知らせが。我らが王からの情報によりますっとぉ、ライラの初恋は十二年前、同期の青髪青目の少年だったそうでっすぅ。おやおやおやぁ、どこかで聞いたような容姿ですなぁ」
(おい……? なぜ今その情報を言った……!?)
当然、マックスにとっては初耳だ。これから戦うというのにやりづらすぎる。顔を引きつらせながらライラを見ると、うつむいて完全に止まっていた。
「惚れた理由は――おや、これまたテンプレ的――自分より強かったからぁ。初めて負けた時から何となく目で追ってしまい、以来、何かと世話を焼くようにぃ。いいですなぁ……実に甘酸っぱい青☆春っ」
「ライラ落ち着けまずは落ち着くんだ今は試合中だ試合に集中するんだお前さんの前にいるのはオレじゃなく敵だ敵しかいない!」
「敵……」
「そうだ敵だ倒すべき敵だ剣闘士の心得その一を思い出せライラ!」
「剣闘士心得その一――敵は疾く滅ぼすべし……! 大丈夫だ、マックス、アタイは冷静だ――」
ホッと息を吐く。
どうやら杞憂だったらしい。
顔を上げたライラはプルプル震えており、それに合わせて両手用メイスも揺れ、その瞳は焦点があっておらずマックスを見ているようで見ていない。
つまり、端的に言って混乱の極みだった。
「――お前を殺してアタイも死ぬううううううぅぅぅぅ……!!!!」
「マックスVSライラ&シャハド、死合開始っ!!」
(こ、こいつっ、もう何かいろいろ限界になったライラが爆発したタイミングで試合始めやがった!!)
「バシールとか言ったな! 後で覚えてろよおおおおおおぉぉぉぉ!!」
マックスとライラの悲鳴が響く中、バシールの嗤い声を背景に試合が始まった。
クソすぎる。
試合で使われる武器は、当然、刃を入れられておらず、棘やら何やらも除いてある。とはいえ、材質は金属のままであり、重さもほぼ同じだ。
マックスが使うのは大剣。両手用メイスをまともに受ければ折れかねない。
もちろん、ライラの方も大剣を防ごうとすればメイスが折れかねない。
故に、互いに相手の攻撃は避けるしかないわけだ。
一方で、シャハドの武器は二振りの曲剣。これは大剣で防いでも問題はない。シャハドの方は下手に受けられないが。
(ってなるとまずはシャハドの嬢ちゃんを先に……待て――シャハドの嬢ちゃんはどこだ!?)
つい先ほどまでライラと並んで立っていたはずのシャハドの姿は、すでにマックスの視界になかった。
爆発したライラはすでにメイスを振り上げて迫っている。これは絶対に避けなければならず、故に視界からライラを外すわけにはいかない。
だというのに、ギリギリまで視界を動かしてもシャハドの影すら映らない。
タイミングはわかる。誰だろうと攻撃を避けた瞬間を狙う。
真後ろか? いや、それではわかりやすすぎる。
右後ろか、左後ろか――
(いきなり勘と運任せとは……正直、舐めていたぜ)
シャハドはライラに対して、後輩であるというより明確に目下として接していた。それがマックスの勘を鈍らせたのか。警戒すべき相手を間違えていた、などと、今更、後悔しても遅すぎる。
(右に避けるべきか左に避けるべきか……)
背後から急襲してくるのは間違いない。だが、その結果、シャハドに真後ろを取られる形になってしまえば、いくらわかっていても反応は遅れるだろう。
つまりは敗北だ。
逆に、シャハドの裏をかければ、視界に優先目標を捉えられる可能性がある。
(右か左か――――いや、)
「違うな」
ついにライラが間合いに入る。
力任せに振り下ろされるメイス。
それを、マックスは真後ろに飛び退いて避け――直後、大剣をグルリと回して逆手に持ち、腰の後ろで横に置く。かん高い音が響いて曲剣を弾き、一拍遅れて大剣に衝撃が走った。
「――ありゃ? 二対一で防がれたことないんスけどね……。よくわかったっスね」
「二者択一と思わせておいて両方から刺す――オレの知り合いがやりそうな手だったんでな」
シャハドの曲剣は二振りだ。ならば、どちらか一方からだけ攻撃する必要はない。
マックスを左後ろから急襲したシャハドは、躊躇なくそこから離れると、弾かれた曲剣を俊敏に回収し、逃げるようにライラの背後に隠れた。
ライラが女にしては大柄で、シャハドが小柄だからこそ活きる手だ。
(自分でアイドルだの剣舞士だのリングコールしておきながら、その実は暗殺者だったとはな……)
しかもライラは暴走状態で何をしてくるか予想がつかない。当然、バシールもサリムもグルだろう。やはり勝たせる気など微塵もない。
だが、だからこそ燃えるのが剣闘士という生き物だった。A級冒険者に対する正当な評価でもあった。打ち破らなければ何もかもが嘘になってしまう。
メイスを右に構え、ライラが再び突っ込んでくる。
わかりやすい攻撃だ。大振りな上にフェイントもない。だからこそ、確実に避けなければならない。カウンターは狙えない。その瞬間、シャハドに刺される未来しか見えない。
大剣を引きつつ一歩下がり、左から来たメイスを避ける。
普通に考えればここで左からシャハドが来る。人体は左右を同時に見られるようにはできていない。返すように右からメイスを再び振るわれる可能性を考えれば、メイスを視界から外すわけにはいかないため、逆側への対応がどうしても遅れてしまうからだ。
だが、マックスは一瞬の間にその可能性を切り捨てた。剣闘士としての勝負勘と、冒険者としての経験勘が、共に「否」と叫んでいた。
思い出してほしい。試合開始直前、シャハドがどうやって登場したか。
人体は左右を同時に見ることはできない――そんなことは誰でも知っている。
(だからこそ、ここは――上から来る!)
人は頭上への警戒が最も薄い。マックスが視線を向けた時にはすでに、ライラの背よりも高く飛び上がったシャハドから曲剣が放たれていた。
一拍、遅い。
だが、予想通りであれば対処は充分に可能だ。
壊すか? と自問し、それでは次手で詰むという自答に、マックスは手元だけで軽く大剣を振り、曲剣を右に弾くだけにとどめた。
それを見たライラは、メイスを左に構えつつも、一拍、間を置いてからそれを振った。あわよくばライラが壊してくれないかという狙いもあったが、そう上手くはいかない。
マックスは左後ろに一歩下がって再びメイスを避ける。
「避けてんじゃねえよ、マックス! お前を殺せねえだろがっ!!」
「お前さんの後輩が怖くて避けるしかねえんだよ!」
嘘だ。
シャハドが怖いのは本当だが、避けることしかできないわけではない。
「ア、アタイよりシャハドの方がいいってのか!?」
「誰もそんなこと言ってねえよ!?」
突飛な言動から未だ暴走中に思えるが、ライラはもうほとんど正気に戻っている。でなければ、先ほどメイスを振った際、曲剣を壊さないために、一拍、置いたりなどしない。
試合直前の流れはおそらく全て本当だ。その上で、かつ全部織り込み済みなのだろう。実際、最初の攻防はマックスからして迷いのうちに刺されてもおかしくはなかった。暇潰しと実益を兼ねたザインとの乱取りがなければ、決断はもう数舜遅れていただろう。そして、その遅れは致命的だ。
(さあ、シャハドの嬢ちゃん、次はどう来る?)
視野を広く保ち、何があってもすぐに動けるように構える。
シャハドに動きはない。落とされた曲剣を回収しようという気配もない。ただライラの陰に潜んで不気味な沈黙を貫いている。
だが、首の後ろがピリピリと鳴る。嫌な予感がする。
(そしてオレはどうする……?)
迷う。
これまでに見せたシャハドの身体能力ならば、ライラの間合いの一歩外など、瞬きをする間に詰めてみせるだろう。わかっていて、一拍、遅かった――その事実が胃の中で重くのしかかる。
もちろん、ライラも侮れない。身体能力に任せた大振り故に、避けるという選択を取り続けられるだけだ。それを潰された途端、敗北の二文字が刻まれるだろう。
どうすべきか。
活路はないか。
自問を繰り返し――ザインならどうする? とその中でマックスは己に問うた。
答えがあった。
(ザインなら――もう一歩下がる……っ!)
「大人しく死にやがれええええぇぇぇぇぇぇ!!!!」
怒声とともにライラがメイスを振り上――刹那、眼下で刃が煌めき、それはクルリと素早く回転した大剣に折られ、驚愕に目を見開きつつも折れた曲剣でなお右首を狙うシャハドをマックスは左足で蹴り上げる。折れた刃は右の顎下を浅く傷つけながら視界の外に消えた。
大剣を右に構えつつ姿勢を低くし、マックスは左足でそのまま一歩目を刻む。蹴り上げたシャハドに当て身しつつ、勢いそのままライラに突進。メイスを振り下ろすわけにはいかなくなったライラは、踏み出した左足を引いて半歩下がり、ぶつかりながらもシャハドを左へ流すと、改めてメイスを振り下ろした。
――差は歴然だ。マックスの狙いは最初から、シャハドもまとめて潰すことだった。
左肩にメイスの柄がめり込む。そんなことはわかっていたと歯を食いしばり、マックスは大剣を振り抜いた。
「オラァッッ――!!!」
「――――グッ……!」
一方のライラは、防具の上からとはいえ大剣の一撃を脇腹に喰らい、シャハドは途中で吹っ飛ぶ方向を強制的に変えられた。
左肩は折れたかもしれないが、シャハドは気絶確実、ライラは実戦ならもう立つのも難しい。
ダメ押しで、右手のみで持った大剣をライラの首に添えれば――
次の瞬間、会場中を歓声と悲鳴が包んだ。
剣闘興行に賭け事は付き物である。
「次期大隊長候補筆頭!? そりゃ強えわ……」
誰のことかと言えばシャハドのことである。あの自称スーパーアイドルは、ライラのことを先輩と呼びながら、その実、自分の方が強かったのだ。マックスと出会ったその時から、すでに罠を張っていたということになる。ちなみに、ライラは中隊長クラスの中堅だ。
「あの二人によく勝ったな、マー坊。特に最後のは、ありゃ狙ってやったのか?」
「とっさに閃いただけさ。相手の選択肢を狭めるってのは、知り合いがよくやる手の一つなんでな」
最後の攻防の直前、マックスがさらに一歩下がったのは、シャハドが後ろに回り込む余地を無くすためだった。そうなれば、必然的にシャハドはマックスと正面から勝負するしかない。
あとは囮と本命の考えだ。ライラが怒声とともにメイスを振り上げれば、その前の攻防もあってどうしても注目してしまう。シャハドならば必ずその隙を突いてくるとマックスは確信していたし、その隙を突いてくるなら下からだとも確信していた。
「てめえの知り合いってのはかなり嫌な奴だな……。シャハドより上を行くって相当だぞ。ま、いい、約束通り、復帰を認めてやる」
「あー……それなんだがな……。……やっぱ、いいわ」
「あ゛? やっぱいいって……どういうことだ、おい?」
「おやっさんだってわかっているだろ? オレが今、誰と一緒に旅しているか」
「…………」
サリムはそこで黙った。
黙ったまま、続きを喋れと言わんばかりに顎をしゃくった。訊きたいことがあるなら訊けと言わんばかりに。
「なあ、おやっさん……何でだ? モントゥは剣闘都市だろ? 戦争なんて起こしたら、誰も剣闘なんて見に来なくなる。そしたらモントゥは終わりだ。なあ……何で、戦争を起こそうなんて言ったんだよ……!?」
つい責めるような口調になってしまったのは、やはりモントゥがマックスの第二の故郷だからで――まだその心がこの闘技場に残っていて、剣闘士達が笑っていられる世界が続いてほしいからだった。
サリムは、終ぞマックスの目から目を逸らさなかった。
「……剣闘興行は盛況だ。年々、収入もファンも増えてる。だがな、マー坊、こんなもんは所詮一時代の興行よ。奴隷同士の殺し合いをやめたあの時、剣闘は無くなるはずだった。それが形を変えて生き延びたのは、ひとえに剣闘士達がそれ以外の生き方を知らなかったからだ。剣闘はいずれ必ず無くなる。その時、モントゥにゃ何が残る? ……何も、だ。何も残りゃしねえ。だからオレは伝説を創る。ライラやシャハド、バシールといった才ある者達がいる今しかねえ。今しかねえんだよ……!」
モントゥのためとサリムは言う。
次の世代のためとサリムは言う。
(オレ達に憧れて剣闘士になるガキ共のため、か……)
「……そうかい、オレにはさっぱりだな」
「っ…………てめえも……マー坊もいてくれれば……!」
「悪いな、おやっさん。どうなるかわからねえ未来よりも、次の嘆きを阻止する方をオレは選ぶぜ」
サリムに決別を告げ、背を向ける。
「――逃げ切れるつもりか? 左肩が折れたその状態で。なぜ一人で来た!? この都市から――剣闘士からてめえ一人で逃げ切れるってのか!?」
「……別に一人で来たわけじゃねえんだよ、オレも」
「何……!?」
指笛を吹く。
都市のど真ん中の、それも建物の中からだが、届くはずだ。空を見上げたあの時に、その可能性には思い至っている。
――暴れ馬だぁ!!
どこからかそんな悲鳴が聞こえ、思いは確信へと変わった。
「……行くのか」
「じゃあな、おやっさん。せいぜい長生きしろよ」
「ライラはどうするつもりだ。あいつはまだてめえのことを……」
その問いにはただ首を横に振り、マックスは廊下の窓を開けて飛び降りた。
すぐに駆け寄ってきた赤黒い馬に跨ると、呆然とする門番達を置いて街門へと駆けていく。
剣闘都市モントゥの王、サリム・モントゥの心の内は聞いた。
一路、学術都市トトへ。
そこで待つザインにこの情報を必ず届ける。
(――さらばだ、我が第二の故郷よ)
マックスはもう――振り返らない。
細かい話は活動報告にて。




